共鳴する鼓動
吹雪が荒れ狂う「境界の森」の夜。 帝国軍の追手を振り切り、洞窟の隅で身を寄せ合う私――ユナとレオンの周りには、数頭の神獣たちが、まるで私たちを守るように円を描いて眠っていた。
「……レオン、まだ手が震えてる」
私がそっと触れたレオンの拳は、氷のように冷たかった。 彼は剣を握りしめたまま、爆ぜる焚き火の炎を見つめている。その瞳に映っているのは、炎ではなく、彼が背負わされてきた「王子」としての責任と、肉親を敵に回したことへの拭い去れない罪悪感だ。
「悪い。……俺は、あの伝説の英雄のように強くはなれない。帝国を背負う覚悟も、それを壊す覚悟も、まだどこかで迷っているんだ」
レオンの独白が、風の音に混じって消えそうになる。 私は彼の手を両手で包み込み、ゆっくりと〈心詠魔法〉を紡ぎ始めた。それは言葉を介さず、魂の形をそのまま伝えるための旋律。
(聞いて、レオン。あなたの心は、壊れてなんていない。ただ、ずっと一人で耐えてきただけ)
私の意識がレオンの精神世界へと深く潜り込んでいく。 そこは、幾重もの重厚な鉄格子の奥に、震える小さな少年が一人で立っているような、冷たく静かな場所だった。「完璧な王子」であることを強要され、弱音を吐く名前さえ持たせてもらえなかった、彼の本質。
「……ユナ? これは……」
レオンの瞳が大きく見開かれる。 私の〈心詠〉を通じて、彼の中に流れ込んだのは、私の「恐怖」と、それを上回る彼への「信頼」だった。 名もなき娘として虐げられてきた私の痛みと、王子として空虚を抱えてきた彼の痛みが、一つの波となって重なり合う。
「レオン、あなたは一人で世界を背負わなくていい。過去の誰かが辿り着けなかった答えを、私たちは二人で見つけに行けるはず」
私は、レオンの冷たい拳を自分の胸元へと引き寄せた。 ドクン、ドクンと、私の心臓の鼓動が彼の拳を通じて伝わっていく。
「私の名前を呼んで。そして、あなたの本当の名前を教えて。……地位も、血筋も関係ない、ただの『あなた』の声を」
「ユナ……」
レオンの声から、迷いの霧が晴れていく。 彼はゆっくりと、祈るように私の肩に額を預けた。 その瞬間、私たちの魔力が一つに溶け合い、洞窟全体を柔らかな白銀の光が満たした。それはかつてないほど温かく、穏やかな「調和」の光。
「……俺の名前は、レオン。君を守り、君と共に新しい夜明けを見る……ただの、一人の男だ」
レオンが私の顔を覗き込み、その唇が私の額に優しく触れた。 それは契約の印ではなく、対等な命として響き合うための、静かな誓い。
神獣たちが安らかな鳴き声を上げ、オーロラのような光が極寒の夜空を貫いた。 私たちはもう、何者にも定義されない。 自分たちの鼓動が刻むリズムこそが、新しい世界の「理」になるのだと、私は確信していた。




