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不老の観測者

「境界の森」のさらに奥、物理的な地図からは消し飛ばされたはずの場所に、その隠れ家はあった。 苔むした石造りの書庫。そこには、帝国の検閲を逃れた「真実の歴史」が、無数の羊皮紙となって眠っている。


「……よく来たな、ユナ。そしてレオン。カイルの意志に選ばれし者たちよ」


奥から現れたのは、かつて学園の窮地でオレたちを救い出した時と、何一つ変わらない姿のネオだった。 だが、その瞳に宿る光だけは、若々しい外見に反して、気の遠くなるような年月を旅してきた者特有の、深く静かな哀しみを湛えていた。


「ネオ……あんたは一体、何者なんだ? 出会った時から、ずっと不思議だった。なぜ、誰も知らないカイル様の言葉を、あんたは知っているんだ?」


オレ――レオンの問いに、ネオは自嘲気味に口角を上げた。 彼は棚から一冊の、ボロボロになった魔導書を取り出した。表紙には、見覚えのある白炎と黒雷の紋章が刻印されている。


「私は、ただの『影』だ。数千年前、カイルという男が世界を書き換える瞬間に立ち会い、その『残り香』を未来へ繋ぐことだけを許された……出来損ないの弟子だよ」


「弟子……!? 数千年前から生きてるっていうの?」 ユナが驚愕に目を見開く。


「カイル様が『共問者』の理を完成させたあの日、彼は自分の一切の力を三つに分け、未来へ投げた。一つは、血脈に。一つは、武具に。そして最後の一つは……『記録』という名の呪いとして、私の魂に刻まれた」


ネオの手が、古びた頁をめくる。そこには、若き日のネオと、カイルが肩を並べて笑うスケッチが残されていた。


「私は不老ではない。カイルの魔力が、私の時間を無理やり止めているに過ぎない。彼が投げた『問い』に、世界が『答え』を出すその日まで、私は死ぬことさえ許されない観測者なのだよ」


ネオは、カイルがかつて定めた「共問者」の真実を語り始めた。 それは単なる身分の平定ではない。強者が弱者を、人間が神獣を「定義」することをやめ、互いに名前を叫び合うことで初めて成立する、危うくも美しい「魂の対等」だった。


「ユナ、君がかつて無意識に放った〈心詠〉……あれは魔法ではない。カイルが夢見た、世界を上書きする『真理の声』そのものだ」


ネオは一歩、ユナの前に進み出た。 「帝国は今、神獣を兵器へと作り替え、人々の『名前』を数字に変えようとしている。それは対話の完全なる拒絶だ。ヴァルディウスという男は、カイルが最も恐れた『沈黙の王』になろうとしている」


「……だから、私に『声』を届けてほしいというのね」


ユナがカイルの愛用した〈真理の剣〉を握りしめる。 ネオはその光景に、数千年前、師が理想を求めて荒野へと歩み出した背中を重ねていた。


「そうだ。君の名前――『ノクシア』には、奪われた者という意味だけでなく、夜を越えて光を呼ぶ者という意味を込めて、私が……いや、カイル様が名付けたのだから」


ネオの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。数千年の孤独を経て、ようやく「託すべき相手」に出会えた安堵。 彼は若き二人の前に膝をつき、かつて師と交わした古い騎士の礼を取った。


「さあ、行きなさい。ここにある記録は、すべて君たちの武器になる。私はここで、物語の結末を書き記す準備をしよう。……今度こそ、カイル様が微笑んで眠れるような、最高の結末をな」

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