境界の森の再会
王都の追撃を振り切り、私――ユナとレオンが辿り着いたのは、地図にない深い霧の森だった。 一歩足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような魔力が消え、代わりに懐かしい子守唄のような静寂が全身を包み込む。
「ここが……境界の森。カイルが遺した聖域……」
森の奥へ進むと、陽だまりの中に苔むした一本の石碑が立っていた。 その石碑の前に立った瞬間、私の胸にある〈真理の剣〉が、かつてないほど優しく鳴った。
「ユナ、見てくれ。この石碑に刻まれている文字を」
レオンの声に導かれ、私は石碑の表面に触れた。そこには、古代の言葉と共に、現代の帝国が抹消したはずの「名前」が刻まれていた。
『――アリア・ノクシア。愛する娘へ、問いを継ぐ者へ』
「お母さん……?」
声が震えた。母はノクス族としての誇りを捨てたわけじゃなかった。父と共に、この森の石碑に自分の「真名」を託し、私がいつかここへ辿り着くのを信じて守り続けていたんだ。
石碑にはカイルの筆跡でこう添えられていた。 『名前とは、魂の等身大の姿だ。誰に奪われることもない。君が君を認めた時、境界は消える』
「ユナ。俺たちは、ずっと一人で戦ってきた。でも、今は違う」 レオンが私の隣に並び、石碑に向かって静かに拳を突き出した。 「俺の母も、ノクス族であることを隠して死んだ。王家を恨んだこともあった。けど、君の母さんが残したこの名を見て確信したよ。俺が捨てるべきは王子の名じゃない。誰かを差別しなければ成り立たない、この歪んだ世界そのものだ」
霧の向こう側から、かつての戦いでカイルに救われた神獣の末裔たちが、そっと姿を現す。彼らは私たちを敵とは見なさず、ただ静かに見守っている。
「レオン。私、自分の名前が……ノクシアであることが、今は誇らしいわ」
私はレオンの手に、自分の手を重ねた。 カイルが戦後に刻んだこの石碑は、ただの墓標じゃない。数千年後の私たちが、自分を愛するための「約束の場所」だった。
森を抜ければ、再び帝国の追撃が始まる。 でも、今の私たちには、カイルが遺した沈静の光と、母が守り抜いた真名がある。
「行こう、レオン。この森の向こうにある、自由都市エルディアへ」
二人の絆は、もはや血筋や身分という境界を越え、一つの大きな「問い」となって世界へ響き始めた。




