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残響の境界(ボーダーライン)

血のような夕陽が、エルディアの丘を赤黒く染めていた。


 自由都市を襲ったのは、帝国の正規軍だけではない。カイルの「変革」を恐れた旧来の魔導師たちが放った、禁忌の魔導兵器群だった。  街は火の海に沈み、かつて共に笑い合った神獣たちは、暴走した魔力の波に呑まれて次々と息絶えていく。


「……カイル。もう限界だ。帝国の術式は、この土地の根源魔力そのものを汚染し始めている」


 傍らに立つネオの言葉に、カイルは返さなかった。  彼の手に握られた〈真理の剣・ヴァルセリオン〉は、無数の命を吸い上げた戦場の憎悪に晒され、白銀の輝きを失い、濁った灰色へと変色しつつあった。


「ネオ。オレがこのまま戦い続ければ、帝国はさらに強い力でここを叩くだけだ。この戦いに、終わりはない」


 カイルは傷ついた手で剣を握り直した。その瞳には、すでに底知れぬ決意が宿っている。  それは、自分自身が歴史から消えることで、エルディアという理想を「概念」として守り抜くという、残酷な選択だった。


「カイル、まさか……一人でその『呪い』を引き受けるつもりか!?」


「それでいい。……名誉なんて、最初からいらなかったんだ」


 カイルは力なく笑った。  彼は剣を高く掲げ、全身の魔力を逆流させた。それは「真理」を問うための力を、一時的に「封印」の檻へと変換する禁術。


「ヴァルセリオン……! 今は眠れ。いつか、オレと同じように『奪われた名前』を誇りに思える者が現れるまで。その者の手が、再び正しくこの剣を握るその時まで……!」


 ドォォォォォン!!


 カイルの魂を削り出した魔力の奔流が、エルディアと外界を分断する「境界の森」へと注ぎ込まれる。空間が歪み、物理的な距離を超越した不可視の防壁が、理想の地を包み込んでいく。  同時に、カイル自身の存在が因果の糸から切り離され、周囲の記憶からも、その色彩を失っていく。


「……ネオ。お前は生きろ。そして、いつか来る者を、オレの代わりに頼む」


 それが、彼の最後の言葉だった。  輝きが収まったとき、そこには焦土と化した戦場だけが残されていた。カイルの姿も、彼の愛した神獣たちの声も、すべては厚い霧の彼方へと消え去っていた。


 後に残されたのは、かつての戦いの証として地に突き刺さった、錆びついた一本の剣。  帝国は、この地を「呪われた禁域」として塗りつぶした。カイルという存在を最初からなかったことにするために。


 だが、その錆びついた剣の奥底で、灯火は消えていなかった。  誰にも届かない闇の中で、その「問い」は、数千年の静寂を耐えながら、正しく名前を叫ぶ者の訪れを待ち続けていた。

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