断章・理想の国エルディア
――これは、観測者たる私が、数千年の時を越えて語り継ぐべき最初の「答え」の記録である。
帝都エルディアを追われ、公式記録からその名を抹殺されたカイル様。その旅路は、決して絶望だけに染まっていたわけではない。 彼に導かれ、険しい連峰の「理の裂け目」を越えた先に広がっていたのは、帝国の魔導観測網が届かない、原始の魔力が吹き溜まる隠れ里だった。
「……なんだ、ここは。魔力の流れが、帝都とは根本から違う」
カイル様は、目の前の光景に言葉を失っていた。 そこには、命を縛る魔導の鎖も、支配を象徴する権杖もない。人々は神獣の背を撫で、共に畑を耕し、子供たちは小さな精霊たちと無邪気に追いかけっこをしている。神獣が「兵器」や「資源」ではなく、ただそこに在る「隣人」として、当たり前のように共存していた。
「これだ、ネオ。オレがアスカリオンの家を出た時から、ずっと頭の中にあった光景は……これだったんだ」
カイル様の震える声が、静かな里に溶けていく。だが、その瞳にはすぐに険しい色が戻った。ここにある平穏は、あまりにも脆い。
「ああ。だがカイル、エルディアはまだ『国』ではない。理の守りに隠れているだけの、一時的な避難所に過ぎないのだ」 オレは厳かな面持ちで、里の中央に鎮座する、風化した古い祭壇を指差した。 「帝国が一度この地を見つければ、彼らの魔導艦隊が数分でここを灰にするだろう。カイル、この理想を『現実』に変えるには、世界に宣戦布告するほどの力が必要だ。……君の覚悟を、形にする時が来た」
祭壇に置かれていたのは、一振りの錆びついた鉄塊。カイル様の父が、かつて「いつか真実を問う者が現れるまで」と守り抜いてきた無骨な剣だ。
カイル様は祭壇の前に立ち、ゆっくりとその剣を握った。 瞬間、右手の白炎と左手の黒雷が、意思を持つかのように激しく咆哮し、剣の柄へと流れ込む。相反する二つの極大魔力が剣の中で衝突し、大気が悲鳴を上げ、周囲の空間がガラスのようにひび割れていく。
「ぐ、ああああああ……ッ!!」
カイル様の腕の骨が軋み、精神を削り取るような衝撃が全身を貫く。支配の力ではない、対話のための力を定義するには、世界そのものを押し返すほどの精神力が必要だった。
「支配はやめだ……! 誰かを踏みにじって得る平和など、オレはいらない!」
カイル様は歯を食いしばり、魂の底から「問い」を叫んだ。
「オレは、対等であるための道を示す。誰もが自分の名前を、自分の誇りを、誰にも奪われずに叫べる場所を……このオレが、世界の理を書き換えてでも証明してやる!」
その瞬間、錆びた鉄塊が目も眩むような白銀の光を放ち、液状に溶けて再構築されていく。
“Exsurge, Gladius Veritas — VALSELION!” (昇れ、真理の剣 —— ヴァルセリオン!)
眩い光の中から現れたのは、鏡のように磨き抜かれた白銀の刀身。それは持ち主の「問い」の純度に応じ、既存の理を切り裂き、あるいは新たな秩序を定義する概念武装。
この瞬間、エルディアはただの隠れ里から、帝国に抗う「自由都市」へと昇華した。 剣から放たれた波動はエルディア全域を包み込み、神獣たちの心を縛っていた目に見えない不安や恐怖を一時的に無効化するほどの、圧倒的な「凪」の純度を見せた。
「この剣がある限り、エルディアは誰にも渡さない。ここは、未来へ繋ぐための聖域だ」
カイル様はヴァルセリオンを天に掲げた。 数千年後、絶望の淵に立たされたユナとレオンが、この地に辿り着き、彼が遺したこの「真理」に救われることになると信じて。
だが、この覚醒の輝きはあまりにも強すぎた。 皮肉にもその輝きは、帝国の最新鋭の魔導観測網に、明確な「反逆の火」として捉えられてしまう。
理想の国エルディアを巡る、凄惨な戦いの幕が今、上がろうとしていた。




