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始まりの問い

その日、世界から一人の男の「意味」が消えた。


帝都エルディアの最果て。吹き荒れる吹雪の中で、カイルは崩れ落ちた石碑に背を預けていた。 つい数時間前まで、彼は帝国の叡智を結集した「大賢者」として、万雷の拍手を浴びていたはずだった。だが今、彼の左腕にある魔導刻印は黒く濁り、その名はあらゆる公式記録から抹消された。


「……名前を奪う。それが、この国の『秩序』のやり方か」


カイルは、感覚の無くなりかけた指先で、雪を握りしめた。 この帝国において、名は単なる呼称ではない。神から与えられた「存在の許し」であり、魔導を操るための「鍵」そのものだ。名を剥奪された者は、社会的に死ぬだけでなく、世界そのものから拒絶される。


カイルが提唱した『共問法』――強者が弱者を導くのではなく、互いの魂に問いかけ、共鳴することで新たな真理を見出すという理想。それは、血筋と階級を絶対とする帝国にとって、最も排除すべき毒だったのだ。


「カイル様……! 行ってはいけません、これ以上は……!」


吹雪の向こうから、一人の少年が駆け寄ってくる。後に「観測者」として歴史の影に生きることになる少年、ネオだ。 彼は泣いていた。憧れ、信じていた師が、国中の人々に石を投げられ、泥を啜りながら追放される姿を見て。


「泣くな、ネオ。名前なんてものは、ただの記号だ。奴らがどれだけ記録を消そうと、俺がここで吐いている息、流している血、そして抱いている『問い』までは消せやしない」


カイルはよろめきながら立ち上がり、北の空を見上げた。 そこには、帝国の繁栄を支える巨大な魔導艦隊が、神の如き威容で浮かんでいる。その光に焼かれる無数の「名もなき民」の叫びが、カイルの耳には聞こえていた。


「俺は行く。この世界の理が、どれほど歪んでいるのか。それを正すための『答え』が、どこにあるのか。……地の果てまで歩いて、この魂で問い続けてやる」


カイルは、ネオの頭にそっと手を置いた。 「お前は、見ていろ。俺がこの世界の絶望に何を答え、何を遺すのかを。……いつか、俺の名前を呼んでくれる誰かが現れる、その時まで」


カイルは、一切の未練を断ち切るように背を向け、雪原へと歩み出した。 足跡は、瞬く間に吹雪に消えていく。 だが、その一歩こそが、数千年の時を超えて、一人の娘「ユナ」と一人の少年「レオン」の運命へと繋がる、長い物語のプロローグだった。


「教えてくれ、世界よ。お前は本当に、このままでいいのか?」


彼の呟きは、冷たい風に乗って世界へと溶けていった。 共問者カイル。その孤独な旅路が、今、ここから始まる。

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