列車
試しに夜をかじってみた。
虚空に広がる味がした。
大地に足はついていない。
古い橋に直にアスファルトに腰を下ろし柵の合間から両足を突き出して、
座っている。
その際、その間隙は実に細々しいものであったためジーンズは大腿部までめくれ上がった。
あまり日に当てられていなかった白い脚は月の目を見た。その足を客観的に眺め、主体であり続けることを一度、停止してみる。その後、それを空中で動かして、自分の所有物であることを確認する。
靴を脱ぎ棄ててみた。本性の足は指を拡げていた。
靴は確かに落下し、着水したはずであるが、何の音も聞こえなかった。感覚的には静寂であったのだが、これは飲み込まれたような静けさなのだと感じた。
そうして、そのような時間の後、蛙と虫の声をわずかに聞いた。
ただし、じっとは耳を澄ます気にはなれなかった。脚を鉄橋の外から内へ抜き取った。
はだしのままでアスファルトに触れる。その瞬間に蟻がつぶれてしまった。先ほどまで眩しいと感じていたのはロマンティックな月の明かりではなくてアルミニウムのように白々しさを保った街灯に由来するものであった。
そうした明かりの中で蟻が死んだ。その蟻は単に有機体となってしまった。そうしてそれはもはや次の還元を待ちわびているようにも見えた。しかし、それにはもう生はない。それを私は抜き取ってしまった。しかし、抜き取ったからとはいえ、それを吸収することもしなかった。それはその闇に吸い込まれたのだ・・・。そしてその闇は私にも語り掛けてくる。
見るのをやめることにした。ゆっくりと立ち上がり、天井の光のレールに導かれるようにして、つまるところ橋を渡った。ただし、真ん中を。
橋は意外に長かった。そしてあまり変わり映えのするものはなかった。ただ橋の外の闇は私を飲み込もうといつでも見通せない大きな口を開けていた。
先の方に列車は過ぎた。くたびれた空気も風と共に去っていった。それを離れたところで私は、見た。橋は渡り切っていた。
振り返れば、先ほどの有機体がこちらを覗くような気がした。そのため、振り返ることはしなかった。
もはや、家の明かりはほぼ消えている。時刻にしてどれほどだろうとかすかに思いつつも特に帰るべき場所がなくなったことを思い出す。
そして足を前に出していった。白い脚には徐々にジーンズがかぶさっていった。そうして、それが大変に汚れていることと、穴だらけになってしまっていることに気づかされる。
緑が照らされている。ケースの中で。目に優しかった。そして、それが読んでいる気がした。しかし近寄ってみるとそれはどこにでもかけられる便利なもので、私が縁を切りたがっているものの一つであった。
ただ、こいつはいつでもだれかを待っているということを私は知っている。そして、ほとんど忘れられたから、消えていく運命にあることを私は知っている。ただ、今この瞬間にはこいつは目立っていた。しかし、それは残酷でもあった。
やつに別れを告げて私は一瞬もと来たところを引き返そうかとも思った。まだそこには明かりが灯っているかもしれなかった。
しかし、かの有機体は私をそれ以上奥へとは返してくれない気がする。
振り返るのをやめた。よく考えたら、足が痛かった。
眠たさは皆無だ。疲れもほとんどなかったが、それ以外の何かがたまっていくのを感じた。それはきっと灰色をしていてカサカサとした何かであろう。
朝は来なくてもいいように感じていた。と、いうよりはもう少し切実に、朝から逃げたい気持ちがあった。それで足を進めるのだけれども、やわらかい皮膚にはもう血がにじんでいて、そこに土が混ざり合ってもう取れないような気がした。そうして気づいたときには立ち尽くしていた。
私はここから抜け出せるのだろうか。
この答えは実は明確なものであった。抜け出せるわけがなかった。
では、見つからずに私はどこかに隠れられるだろうか。
これには少し困ったが、十分に隠れられそうな気がした。そのため、少し楽しくなって私は全速力で暗闇のそこへ走ってみた。闇が私を飲み込もうとしているのが肌で感じられたが、そんなことはどうでもよかった。抽象的に浮き出た私のこの存在はきっと闇にも受け入れがたいものだと思ってそれと併存してゆけばいい。闇は異質をそのままに内包しうるが、外から見ればそれはわからない。わからないゆえに私は無限に隠れられ得るのだ。隠れていても静止していない。常に底でもがいている。




