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死神軍医と臆病ヴァンピール ~ケガレた私の処方箋〜  作者: 茶柱まちこ
5章 フローラル・フェスト(後編)
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3.種明かし

「はーい、市民の皆さん。ご協力ありがとうございました。拍手拍手~」


 シュナイダー少尉の絶叫を見届けて満足したのか、イオリは素の口調に戻っていた。

 周りの市民たちも、イオリに吊られて手を叩き出す。


「いつから!? いつから録っていた!?」

「オメーが転移した直後からだよ! ぐひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

「どう? 今の会話、きっちり収められた?」

「バッチリです! 名演でしたよ、中佐!」

「マズイところはちゃんとカットしましたんで、ご安心ください!」

「すげー! こんな特大ネタ、後にも先にもねえぞ!」


 楽しそうに機械をいじっているのは、ラジオの放送局の技術者たちだろうか。

 声をかけたイオリに向かって、彼らはぐっ! と親指を突き立て、爽快な笑顔を浮かべている。


「マジかよ……俺ら、本当に王国軍の捜査に協力しちゃったよ……」

「やべー! こんなん、一生武勇伝として擦れるぞ!」

「ちょっと! 向こう十年は他言無用だって言われてたの、忘れたの!?」


 放送機器のあるテントの傍では、私服姿の若者たちが目を輝かせてはしゃいでいる。

 おそらく、鏡の展示品を手がけた魔法学校の生徒だろう。

 シュナイダー少尉と一緒に騙されていたソフィアも、すべてのカラクリを理解して、これはお見事と感心してしまった。


「おのれ貴様……最初からソフィア嬢をおとりにしていたのか……!?」

「いや、本来は僕がおとりになって誘い込む予定だったんだ。そしたら、『金髪碧眼の変な男が、白髪の女性の後を尾けている』って目撃情報が入ったから、急遽この形に変更したわけ」

「なら、ゲートに待機させていた私の部隊はどこへ行ったんだ!?」

「さあ? どこだろうね?」


 *


 同時刻、シュナイダー邸にて。

 家主のシュナイダー子爵は、ぶつけどころのない怒りと焦りに顔を歪めながら、鞄に荷物を詰め込んでいた。


アレックス(あのたわけ)め……! 公共ラジオで堂々と失言をする馬鹿がどこにいるんだ!? ヒースコールもあっさりと捕まりおって! クソッ、クソッ、クソッ……!!」


 シュナイダー家とヒースコール家は代々協力関係――とはいえ、当代のヒースコール男爵はあまりにも頼りない。

 とっくに分かっていたことだが、それでも、ここまで意気地なしだとは思わなかった。

 息子も息子で馬鹿だし、父として情けないどころではない。

 こうなるくらいなら、さっさと見限って亡命するべきであった――。


「まだ間に合うはずだ……! こんなことで捕まったら、末代までの恥だ! 絶対に捕まるわけには……!!」


 体裁などもはや気にしても仕方がないが、それでも最低限守りたいプライドくらいはある。

 シュナイダー子爵は自身に言い聞かせるように呟きながら、亡命に向けて支度を進める。

 最低限の荷物を鞄に詰め、用心深く裏口から出た瞬間――彼は、氷像のように固まった。


「やあ、シュナイダー! いい星空だね、天体観測にはうってつけの空模様だ」


 彼の目の前には、ゆうに百は超える兵士たち――そして、軍服を身につけた、爽やかな笑顔のイスルギ中将が立っていた。


「い、イスルギ……っ! なぜ、ここへ……っ!? 後ろの兵は……!?」

「ああ、驚かせてすまない。なに、貴殿の息子の部隊に所属する隊員たちが、()()()祭の会場の前で暇そうにしていたのでな。私たちと一緒に楽しまないかと誘ったんだ」


 ――数日前、アレックスは死神軍医を捕らえてやると息巻いていたが、まさか……と子爵は推測する。

 まさか……アレックスは、この厳つい軍服姿のままで、隊員を待機させていたのだろうか。

 怪しすぎる。

 警備に必要な人数以上に、軍服姿の隊員を待機させたら、目立つに決まっている。

 あまりにも浅はかな息子に、子爵は内心で舌打ちをする。


「どうだろう、シュナイダー? いささか男臭くなったが、これから夜のピクニックとしゃれこむのも悪くあるまい?」

「い、いや……私は用事があるので、遠慮させて――」

「まあまあ、そう言わずに」


 子爵が振り切ろうとすると、イスルギ中将が行く手を阻むように移動する。


「積もる話もあるだろうし、この際すべてぶちまけてはくれんかね?」

「い、イスルギ中将……貴殿は勘違いをしているんだ。あれはうちの息子が一人で暴走した結果でだなぁ……?」

「ハハハ! お互い息子には苦労させられるなぁ!」


 冷や汗が止まらないシュナイダー子爵に対し、イスルギ中将は満面の笑みだ。

 子爵がどの方向へ逃げようとしても、イスルギ中将は的確な足運びで進路を遮ってくる。


「うちのイオリも実に悪知恵が働くものでねぇ、私も手を焼いているのだ。ここまで来るともはや痛快でなあ。いっそ突き抜けてくれと思っているよ、ハッハッハ!」


 大口を開けて豪快に笑い、子爵の肩に腕を回して、イスルギ中将は――懐からサッと書類を取り出した。


「さて、年寄りくさい冗句(ジョーク)はこのくらいにしておいてだ。シュナイダー中将、ここに貴殿の逮捕令状があるのだ。読み上げても構わんかね?」


 *


 イオリの傍らで、王国軍の兵士がシュナイダー少尉の逮捕令状を読み上げる。

 しかし、素人のソフィアにはいささか難解な言い回しで、部分的にしか聞き取れなかった。


「夕方に拘束したヒースコール男爵と、ヒースコール社の関係者が、取り調べで全部吐いてくれたんだよね。まあ、今の君にも理解しやすいように言うとだ」


 唖然としているシュナイダー少尉に対し、イオリは解説を始めた。


「ヒースコール社はある人物からもたらされた技術を悪用し、魔蝕症の発作を促す毒薬を密造していた。次に、販売員を装ったヒースコールの工作員が、魔蝕症の対症薬だと偽って市民に毒薬を売りつけた。そして、意図的に魔物化させた患者が暴走したところで、颯爽と現れた君が斬り伏せる――と」

「う、う……ッ!」

「毒薬の存在も、それによる患者の魔物化も、すべてを知っている……って君は言ったよね。ということは、だ。君はすべて承知していたにもかかわらず、王国軍への報告を怠った。その上、魔物化させられた市民だと知った上で斬り殺して、手柄を上げるために利用していた。……ってことになるよね? どう? 異論はある?」

「ぐ、うううっ……!」


 言い訳らしい言葉さえ返せず、ただ唸るばかりのシュナイダー少尉。

 それを見て、イオリはわざとらしく肩をすくめた。


「いやね、本当はこんな茶番をせずとも、リリアーネのおかげでネタは上がっていたんだ。ただ、君が築き上げた名声もなかなかのものでね。捕縛前に化けの皮を剥いで、世間の洗脳を解いておかないと、捜査に支障が出るって中将が判断したんだ。だから、あえて君にも踊ってもらったってわけ」

「ぐぎぎっ……こ、の……っ」

「最後の演説、ご苦労様! 最高のエンターテインメントだったよ!」


 イオリが満面の笑顔で煽ると、シュナイダー少尉は懐に手を入れ――


「この、死神があああ──!!」


 と、取り出した小銃をイオリへと向ける。

 ソフィアが危ない、と叫ぶ前に、イオリが一歩前に出て彼女を庇った。

 直後――シュナイダー少尉が銃の引き金を引いた瞬間、銃身がバツン! と異常な音を立てて破裂した。


「うわぁあっ!?」


 何が起こったか、ソフィアには分からなかった。

 気づいたら、シュナイダー少尉は銃を取り落としていて、銃を握っていた手を押さえて喚いていた。

 怪我をしたのか、手から激しく出血している。

 その隙を、イオリが見過ごすことはなかった――シュナイダー少尉の懐へ瞬時に潜り込むと、彼の軍服の襟と袖を掴み、自分よりも大きな体躯をくるりと軽く背負いあげた。

 シュナイダー少尉の爪先は美しい弧を描き、体がそのままドスン! と地面へ投げ落とされる。

 軍帽が脱げ落ち、無防備に晒された顔面を、イオリはトドメとばかりに容赦なく踏み下ろした。

 断末魔の叫びにしては情けない、「ぶべっ」という声が上がる。


(イオリさん、武術も強かったんだ……)


 もう何でもありじゃないか、この人……。

 鼻骨と前歯をへし折られて気絶した少尉の顔を見て、ソフィアはぷるっと震えた。


「ソフィ、どうやら君のおかげで命拾いしたみたいだ」


 少尉が落とした小銃を見ながら、イオリが言う。

 きょとんとするソフィアに、イオリは爪先で銃身を示しながら言った。


「あ……銃身が錆びてる……」

「多分、君の魔力波を受けたときに、剣と一緒に銃身も錆びたんだろうね。その影響で暴発したんだと思う」


 つまり、銃身が錆びていなければ、イオリは撃たれていたかもしれない、ということだ。


「強くなったね、ソフィ」


 にっ、と歯を見せて笑うイオリ。

 ソフィアに対してはいつも柔和に笑ってみせる彼が、こんなに晴れやかな笑顔を浮かべるなんて、少し意外だった。

 初めて見る表情に見とれつつ、ソフィアはこくんと一つ頷いた。


「中佐! イスルギ中将から、シュナイダー中将を拘束したとの連絡が入りました!」

「了解。こちらも計画どおり、シュナイダー少尉を捕らえたと報告しろ」

「はっ!」


 軍人口調で部下に指示を出した後、イオリは両腕を頭上に上げ、ぐぐっと大きな伸びをした。


「さて、あとは片付けるだけだ。明日に備えて早く寝られそうだよ」

「あ……」


 そうだ、今日は前夜祭で、本番は明日だ……と、ソフィアは思い出す。

 怒濤の展開だったから、ついすべてが終わったような気分でいた。


(お花、壊されちゃったな……)


 ついでに嫌なことも思い出して、落ちこみかけたソフィアだったが、それもつかの間。


「巻き込んですまなかった」


 イオリの腕が、ソフィアの細い体をきつく抱きしめる。

 こんなに強く抱きしめられたのは初めてだ……と、ぼんやり考えるソフィア。


「もう大丈夫だから」


 その台詞に既視感を覚えて、そういえばとまた一つ思い出す。

 舞踏会で発作を起こした時も、イオリはソフィアをねぎらって、『もう大丈夫』と言ってくれた。

 ああ、もう怯えなくていいんだ……と、心の底から安堵したのを、ソフィアはよく覚えている。


(──もう、大丈夫。私はもう、大丈夫)


 自分はようやく、一歩を踏み出せたのだ。

 イオリにも真に認めてもらえたような気がして、ソフィアは少し誇らしい気分だった。


「あの、イオリさん……ご褒美と言ってはなんですが、その……」

「ん? どうしたの――アッ」


 気がついたら、ソフィアはイオリの首筋にがぷ、と噛みついていた。

 魔力波を撃ったとき、多量の魔力を消費したようで、実は血が足りていなかったのだ。

 ソフィアが吸血している間、イオリは必死に声を抑えていた。


「ごめんなさい……抱きしめられたら、どうしても我慢できなくて……」


 汗っぽくなった肌から、魅魔血のいい匂いがして、こらえきれなかったのだ。

 こればかりは、誘惑に耐えられなかった自分が悪い、とソフィアは少し恥じ入った。

  

「ンッ、いいよぉ……でもソフィ、野外で吸血はちょっと大胆すぎて危険かも……っ」


 危うくやばい性癖に目覚めかけた……とイオリが頬を赤らめて言う。

 口を手で覆っているのは、おそらく笑いがこらえられないからだろう。

 イオリはハッと気づいた様子で、周囲を振り返る。


「え、今の、誰も見てないよね……?」

「見てないはずです。一応、ちゃんと確認してから噛みつきましたので……」

「よかった……下手したら僕が本物の変態になっちゃうからね……」

「……お互い、手遅れなのかもしれません」


 吸血に快楽を見いだしてしまったイオリも。

 そんな彼を見て、可愛いと思ってしまったソフィアも。

 単なる主治医と患者という関係には、間違いなく戻れなくなっていた。

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