3.種明かし
「はーい、市民の皆さん。ご協力ありがとうございました。拍手拍手~」
シュナイダー少尉の絶叫を見届けて満足したのか、イオリは素の口調に戻っていた。
周りの市民たちも、イオリに吊られて手を叩き出す。
「いつから!? いつから録っていた!?」
「オメーが転移した直後からだよ! ぐひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「どう? 今の会話、きっちり収められた?」
「バッチリです! 名演でしたよ、中佐!」
「マズイところはちゃんとカットしましたんで、ご安心ください!」
「すげー! こんな特大ネタ、後にも先にもねえぞ!」
楽しそうに機械をいじっているのは、ラジオの放送局の技術者たちだろうか。
声をかけたイオリに向かって、彼らはぐっ! と親指を突き立て、爽快な笑顔を浮かべている。
「マジかよ……俺ら、本当に王国軍の捜査に協力しちゃったよ……」
「やべー! こんなん、一生武勇伝として擦れるぞ!」
「ちょっと! 向こう十年は他言無用だって言われてたの、忘れたの!?」
放送機器のあるテントの傍では、私服姿の若者たちが目を輝かせてはしゃいでいる。
おそらく、鏡の展示品を手がけた魔法学校の生徒だろう。
シュナイダー少尉と一緒に騙されていたソフィアも、すべてのカラクリを理解して、これはお見事と感心してしまった。
「おのれ貴様……最初からソフィア嬢をおとりにしていたのか……!?」
「いや、本来は僕がおとりになって誘い込む予定だったんだ。そしたら、『金髪碧眼の変な男が、白髪の女性の後を尾けている』って目撃情報が入ったから、急遽この形に変更したわけ」
「なら、ゲートに待機させていた私の部隊はどこへ行ったんだ!?」
「さあ? どこだろうね?」
*
同時刻、シュナイダー邸にて。
家主のシュナイダー子爵は、ぶつけどころのない怒りと焦りに顔を歪めながら、鞄に荷物を詰め込んでいた。
「アレックスめ……! 公共ラジオで堂々と失言をする馬鹿がどこにいるんだ!? ヒースコールもあっさりと捕まりおって! クソッ、クソッ、クソッ……!!」
シュナイダー家とヒースコール家は代々協力関係――とはいえ、当代のヒースコール男爵はあまりにも頼りない。
とっくに分かっていたことだが、それでも、ここまで意気地なしだとは思わなかった。
息子も息子で馬鹿だし、父として情けないどころではない。
こうなるくらいなら、さっさと見限って亡命するべきであった――。
「まだ間に合うはずだ……! こんなことで捕まったら、末代までの恥だ! 絶対に捕まるわけには……!!」
体裁などもはや気にしても仕方がないが、それでも最低限守りたいプライドくらいはある。
シュナイダー子爵は自身に言い聞かせるように呟きながら、亡命に向けて支度を進める。
最低限の荷物を鞄に詰め、用心深く裏口から出た瞬間――彼は、氷像のように固まった。
「やあ、シュナイダー! いい星空だね、天体観測にはうってつけの空模様だ」
彼の目の前には、ゆうに百は超える兵士たち――そして、軍服を身につけた、爽やかな笑顔のイスルギ中将が立っていた。
「い、イスルギ……っ! なぜ、ここへ……っ!? 後ろの兵は……!?」
「ああ、驚かせてすまない。なに、貴殿の息子の部隊に所属する隊員たちが、なぜか祭の会場の前で暇そうにしていたのでな。私たちと一緒に楽しまないかと誘ったんだ」
――数日前、アレックスは死神軍医を捕らえてやると息巻いていたが、まさか……と子爵は推測する。
まさか……アレックスは、この厳つい軍服姿のままで、隊員を待機させていたのだろうか。
怪しすぎる。
警備に必要な人数以上に、軍服姿の隊員を待機させたら、目立つに決まっている。
あまりにも浅はかな息子に、子爵は内心で舌打ちをする。
「どうだろう、シュナイダー? いささか男臭くなったが、これから夜のピクニックとしゃれこむのも悪くあるまい?」
「い、いや……私は用事があるので、遠慮させて――」
「まあまあ、そう言わずに」
子爵が振り切ろうとすると、イスルギ中将が行く手を阻むように移動する。
「積もる話もあるだろうし、この際すべてぶちまけてはくれんかね?」
「い、イスルギ中将……貴殿は勘違いをしているんだ。あれはうちの息子が一人で暴走した結果でだなぁ……?」
「ハハハ! お互い息子には苦労させられるなぁ!」
冷や汗が止まらないシュナイダー子爵に対し、イスルギ中将は満面の笑みだ。
子爵がどの方向へ逃げようとしても、イスルギ中将は的確な足運びで進路を遮ってくる。
「うちのイオリも実に悪知恵が働くものでねぇ、私も手を焼いているのだ。ここまで来るともはや痛快でなあ。いっそ突き抜けてくれと思っているよ、ハッハッハ!」
大口を開けて豪快に笑い、子爵の肩に腕を回して、イスルギ中将は――懐からサッと書類を取り出した。
「さて、年寄りくさい冗句はこのくらいにしておいてだ。シュナイダー中将、ここに貴殿の逮捕令状があるのだ。読み上げても構わんかね?」
*
イオリの傍らで、王国軍の兵士がシュナイダー少尉の逮捕令状を読み上げる。
しかし、素人のソフィアにはいささか難解な言い回しで、部分的にしか聞き取れなかった。
「夕方に拘束したヒースコール男爵と、ヒースコール社の関係者が、取り調べで全部吐いてくれたんだよね。まあ、今の君にも理解しやすいように言うとだ」
唖然としているシュナイダー少尉に対し、イオリは解説を始めた。
「ヒースコール社はある人物からもたらされた技術を悪用し、魔蝕症の発作を促す毒薬を密造していた。次に、販売員を装ったヒースコールの工作員が、魔蝕症の対症薬だと偽って市民に毒薬を売りつけた。そして、意図的に魔物化させた患者が暴走したところで、颯爽と現れた君が斬り伏せる――と」
「う、う……ッ!」
「毒薬の存在も、それによる患者の魔物化も、すべてを知っている……って君は言ったよね。ということは、だ。君はすべて承知していたにもかかわらず、王国軍への報告を怠った。その上、魔物化させられた市民だと知った上で斬り殺して、手柄を上げるために利用していた。……ってことになるよね? どう? 異論はある?」
「ぐ、うううっ……!」
言い訳らしい言葉さえ返せず、ただ唸るばかりのシュナイダー少尉。
それを見て、イオリはわざとらしく肩をすくめた。
「いやね、本当はこんな茶番をせずとも、リリアーネのおかげでネタは上がっていたんだ。ただ、君が築き上げた名声もなかなかのものでね。捕縛前に化けの皮を剥いで、世間の洗脳を解いておかないと、捜査に支障が出るって中将が判断したんだ。だから、あえて君にも踊ってもらったってわけ」
「ぐぎぎっ……こ、の……っ」
「最後の演説、ご苦労様! 最高のエンターテインメントだったよ!」
イオリが満面の笑顔で煽ると、シュナイダー少尉は懐に手を入れ――
「この、死神があああ──!!」
と、取り出した小銃をイオリへと向ける。
ソフィアが危ない、と叫ぶ前に、イオリが一歩前に出て彼女を庇った。
直後――シュナイダー少尉が銃の引き金を引いた瞬間、銃身がバツン! と異常な音を立てて破裂した。
「うわぁあっ!?」
何が起こったか、ソフィアには分からなかった。
気づいたら、シュナイダー少尉は銃を取り落としていて、銃を握っていた手を押さえて喚いていた。
怪我をしたのか、手から激しく出血している。
その隙を、イオリが見過ごすことはなかった――シュナイダー少尉の懐へ瞬時に潜り込むと、彼の軍服の襟と袖を掴み、自分よりも大きな体躯をくるりと軽く背負いあげた。
シュナイダー少尉の爪先は美しい弧を描き、体がそのままドスン! と地面へ投げ落とされる。
軍帽が脱げ落ち、無防備に晒された顔面を、イオリはトドメとばかりに容赦なく踏み下ろした。
断末魔の叫びにしては情けない、「ぶべっ」という声が上がる。
(イオリさん、武術も強かったんだ……)
もう何でもありじゃないか、この人……。
鼻骨と前歯をへし折られて気絶した少尉の顔を見て、ソフィアはぷるっと震えた。
「ソフィ、どうやら君のおかげで命拾いしたみたいだ」
少尉が落とした小銃を見ながら、イオリが言う。
きょとんとするソフィアに、イオリは爪先で銃身を示しながら言った。
「あ……銃身が錆びてる……」
「多分、君の魔力波を受けたときに、剣と一緒に銃身も錆びたんだろうね。その影響で暴発したんだと思う」
つまり、銃身が錆びていなければ、イオリは撃たれていたかもしれない、ということだ。
「強くなったね、ソフィ」
にっ、と歯を見せて笑うイオリ。
ソフィアに対してはいつも柔和に笑ってみせる彼が、こんなに晴れやかな笑顔を浮かべるなんて、少し意外だった。
初めて見る表情に見とれつつ、ソフィアはこくんと一つ頷いた。
「中佐! イスルギ中将から、シュナイダー中将を拘束したとの連絡が入りました!」
「了解。こちらも計画どおり、シュナイダー少尉を捕らえたと報告しろ」
「はっ!」
軍人口調で部下に指示を出した後、イオリは両腕を頭上に上げ、ぐぐっと大きな伸びをした。
「さて、あとは片付けるだけだ。明日に備えて早く寝られそうだよ」
「あ……」
そうだ、今日は前夜祭で、本番は明日だ……と、ソフィアは思い出す。
怒濤の展開だったから、ついすべてが終わったような気分でいた。
(お花、壊されちゃったな……)
ついでに嫌なことも思い出して、落ちこみかけたソフィアだったが、それもつかの間。
「巻き込んですまなかった」
イオリの腕が、ソフィアの細い体をきつく抱きしめる。
こんなに強く抱きしめられたのは初めてだ……と、ぼんやり考えるソフィア。
「もう大丈夫だから」
その台詞に既視感を覚えて、そういえばとまた一つ思い出す。
舞踏会で発作を起こした時も、イオリはソフィアをねぎらって、『もう大丈夫』と言ってくれた。
ああ、もう怯えなくていいんだ……と、心の底から安堵したのを、ソフィアはよく覚えている。
(──もう、大丈夫。私はもう、大丈夫)
自分はようやく、一歩を踏み出せたのだ。
イオリにも真に認めてもらえたような気がして、ソフィアは少し誇らしい気分だった。
「あの、イオリさん……ご褒美と言ってはなんですが、その……」
「ん? どうしたの――アッ」
気がついたら、ソフィアはイオリの首筋にがぷ、と噛みついていた。
魔力波を撃ったとき、多量の魔力を消費したようで、実は血が足りていなかったのだ。
ソフィアが吸血している間、イオリは必死に声を抑えていた。
「ごめんなさい……抱きしめられたら、どうしても我慢できなくて……」
汗っぽくなった肌から、魅魔血のいい匂いがして、こらえきれなかったのだ。
こればかりは、誘惑に耐えられなかった自分が悪い、とソフィアは少し恥じ入った。
「ンッ、いいよぉ……でもソフィ、野外で吸血はちょっと大胆すぎて危険かも……っ」
危うくやばい性癖に目覚めかけた……とイオリが頬を赤らめて言う。
口を手で覆っているのは、おそらく笑いがこらえられないからだろう。
イオリはハッと気づいた様子で、周囲を振り返る。
「え、今の、誰も見てないよね……?」
「見てないはずです。一応、ちゃんと確認してから噛みつきましたので……」
「よかった……下手したら僕が本物の変態になっちゃうからね……」
「……お互い、手遅れなのかもしれません」
吸血に快楽を見いだしてしまったイオリも。
そんな彼を見て、可愛いと思ってしまったソフィアも。
単なる主治医と患者という関係には、間違いなく戻れなくなっていた。




