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死神軍医と臆病ヴァンピール ~ケガレた私の処方箋〜  作者: 茶柱まちこ
5章 フローラル・フェスト(後編)
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2.英雄の大演説

「嵌められたな、これは」


 イオリはさほど焦っていないようだが、ソフィアは目の前に整列した、圧倒的な数の兵士に戦慄していた。


「どうして、王国軍がイオリさんを……!?」

「その男が罪人だからだ、ソフィア嬢」


 余裕綽々に勝ち誇った表情を浮かべたシュナイダー少尉は、ソフィアに知らしめるよう、声高に叫んだ。


「悪しき実験を繰り返した“死神”よ! 貴様の命運もこれまでだ! 私は全てを知っている! 貴様はこの毒薬を街の患者たちに飲ませ、人を魔物に変える実験を行っていた! 国家転覆を目論んでな!」


 そう言って、シュナイダー少尉は懐から薬の小瓶を取り出し、見せつけるように掲げた。

 ソフィアはありふれたつまらない演劇を見せられている気分だった。

 少尉の、悪人を追い詰めた正義の味方のような態度――恥ずかしくて目も当てられない。

 こんな馬鹿げた主張など信じる気も起きないが、状況がまずいことは違いない。

 少尉は、イオリに無実の罪を着せるつもりだ。


「そして、私の婚約者たるソフィア嬢を奪い、惑わし、我が物にしようとした!」

「誰がお前の婚約者だよ、気持ち悪い」


 ああ、そこは真っ先に否定してくれるんですね、とソフィアは心の声で言う。

 イオリが婚約者のくだりに対して即座に反論してくれたのは、ソフィアとしてもやや嬉しいところだ。


「目を覚ませ、ソフィア嬢! 君の隣にいるその男は、紛れもない犯罪者だ!」


 そんなソフィアの心境など露知らず、シュナイダー少尉はしつこくソフィアに訴えかける。


「私のもとへ来るんだ。今なら君だけは保護してやってもいい。先ほどの無礼な行いについても目を瞑ってやる。私は寛大だからな」

「もう嫌です、あの人……」

「分かるよ。七面倒くさいよね、あいつ」


 ソフィアからあんなに拒絶されたというのに、プライドはまだまだ青天井のようだ――そんな上から目線の言葉に、誰が従うと思っているのか。

 ソフィアの心はとうにイオリのもの、と理解するつもりが、彼にはまるでないのだろう。

 返す言葉も出ないソフィアは、かわりにイオリの手を今一度強く握り、シュナイダー少尉を睨み返すことで、意志を示した。


「事実無根だ。そんなものを作った覚えはない」


 ソフィアの意志を受け取ったイオリも、毅然と反論する。

 けれど、少尉は


「では他に誰が作るというのだ? 貴様以外の誰が、こんなものを使うというのだ!」


 と、イオリをはなから悪人と決めつけるように言う。

 ちりっ、と小さな火が燃えるような苛立ちを覚えたソフィアは、ここで声を上げた。


「……使った人なら、一人知っています! 私は、お仕えしていたヒースコール社のお嬢様に、その薬を飲まされました!」

「はっ?」


 ソフィアの反論は、シュナイダー少尉にとって想定外のものだったらしい。

 突然何を言い出すのだ、とばかりに口を開けて呆けている。


「そのせいで、私は先日の舞踏会で発作を起こし、魔物になりかけたのです」


 ソフィアの主張に衝撃を受けたのか、少尉はしばらくぎくしゃくと動揺していたが、少しして持ち直したかと思うと、またイオリを指さして罵った。


「ソフィア嬢! それはそこの死神が与えた、事実と異なる情報だ! 君は死神に騙されて……」

「いいえ。お嬢様ご自身がお認めになりましたので、事実です」

「!?」

「私が飲んでいた治療薬を、その毒薬にすり替えて飲ませた。そして、発作を起こした私をシュナイダー少尉に討ち取らせる算段だった――とお話しておいででしたよ。貴方はご存じではなかったのですか?」


 ここで自分の名前が登場してしまい、少尉は再び狼狽えだした。

 忌々しそうに歯噛みした少尉の顔が、ひどく醜い。


「私はそんなことを望んだ覚えはない!! だというのに、あの小娘が余計なことを……っ!!」


 どうやら、ソフィアが発作を起こした件については、リリアーネの独断だったらしい。

 ソフィアはそう推察する――が、それは些末(さまつ)なことだ。


「あの時、助けを求めた私を、少尉はすぐに見捨てました。穢らわしい魔物だと言って、私を斬り殺そうとしましたね」

「っだから! その件についてはもうお詫びしただろう!」

「私は貴方を許すとは一言も言っていませんよ」

「ではどうすれば許してくれるのだ!?」

「許しません」

「っ!?」


 当たり前だ――許せるわけがない。

 だって、少尉はこれまで、一度たりともソフィアに誠意を見せてこなかった。

 うわべだけの謝罪ですべてを帳消しにできたつもりで、勝手に話を終わらせていたのだから。


「貴方は、自分が悪いなんて欠片も思っていないのでしょう。私が自分の思い通りにならないと分かったら、また斬ろうとしたんですから。そんな人を許せるほど、私は寛大ではないのです」

「っ……では、どうして死神の肩を持つ!? どこの馬の骨かも知れない、悪しき噂にまみれたその男を、どうしてそこまで……」

「私を救ってくれたからです」


 未だに理解できない様子の少尉に、ソフィアは突きつけるように言う。


「魔物になりかけた私を、みんな恐がって逃げていく中で……カラスマ中佐だけは、私を最後まで見捨てませんでした。応急処置をして、私の命を繋いでくれました。私が今ここに立てているのは、すべて彼のおかげです」

「っ、それは君という症例を手に入れたかったからで……」

「いい加減にしてください!!」


 難癖をつけてでもイオリを貶そうとする少尉に、ソフィアはとうとう二度目の爆発を迎えた。


「身勝手な貴方と、私に寄り添ってくれた中佐とでは、比較にならないと言っているんです!! 貴方は私を思いのままにしたいから、手を差し伸べるふりをしているだけ!! 私は貴方の人形やペットではありません!!」


 たとえ、イオリとの仲が引き裂かれることがあったとしても、こんな見かけだけの男の手を取ることだけは、絶対にあり得ない。


「私を救ってくれたのは、カラスマ中佐です。この人を貶めることは、私が許しません」


 嫌悪と敵意を込めて、ソフィアは力強く言い放った。

 なにがあっても、この心が少尉へと傾くことはないと告げた。


「ソフィ、ありがとう。もう十分だ」

「イオリさん……」


 怒りで上下しはじめたソフィアの肩に、イオリの手がそっと置かれる。

 ここまであえて見守りに徹してくれていたのだろう――興奮したソフィアを落ち着けるよう、穏やかに微笑んでいた。


「シュナイダー少尉、苦しい演技はやめておけ。こちらも既に調べはついている」

「っ!?」


 イオリはナイフを突きつけるような鋭い口調で、反撃に出た。


「昼間のリリアーネの件を皮切りに、ヒースコール社の関係者たちが拘束されたことは、貴様もさすがに耳にしているだろう? ヒースコール男爵はすでに、毒薬を密造した事実を認めている。『死神軍医が毒薬を開発した』……と悪意を持って主張している時点で、貴様はもう虚偽告訴をしたことになるぞ」

「う……っ」

「世間がどれだけ貴様の味方をしようと、私をどれだけ悪しざまに見せかけようと、王国軍が私を犯罪者として扱うことはない。却って、貴様がただ罪を犯すことになるだけだ」


 死神軍医は世間でこそ恐ろしい人物と噂されているが、王国軍での信頼はシュナイダー少尉よりも圧倒的に上だ。

 権力よりも実力を重視する王国軍の中で、イオリが中佐階級まで昇進している事実が、なによりそれを物語っている。


「そもそも、少尉はどうやって毒薬の存在を知った? どうして街に現れていた魔物が、発作で魔物化した元患者だと分かった? 我々医療部隊の力を借りずに、どうやって突き止めた?」

「そ、それは……っ、直感でそう思ったのだ! 現場を捜査して情報をかき集めて……!」

「直感だと? 発作を起こしたソフィアを患者と見抜けなかった貴様が? ちゃんちゃらおかしいわ、ド阿呆(アホ)が」

「あ、阿呆だと……っ!?」


 イオリは悪役じみた底意地の悪い笑みを浮かべて、分かりやすく少尉を侮辱し始めた。


「こんな能無しが()()()()として街を闊歩(かっぽ)しているくらいなら、この王国も平和だな。実に馬鹿馬鹿しい」

「黙れぇぇ!!」


 挑発に乗った少尉が、唾を飛ばしながら喚き散らす。

 すでに散々煽られている状態なので、額には青筋が立ち、目は血走りと、まさしく鬼の形相だった。


「私はお前とは違う! 私はシュナイダー家の次期当主で! 賞賛されて然るべき人間だ! 魔物に穢された人間もどきを排除し、市民の生活を守ってやっているのだからなあ!!」

「……人間もどき?」


 それまで少尉を嘲笑していたイオリだったが、その一言だけは、医者として許し難かったのだろう。

 手を握っていたソフィアにも、彼が一気に殺気立ったのが伝わった。


「そうだとも! 私が斬ってきたのは、人間の皮を被った魔物予備軍だ!! 魔蝕症の人間はもはや倒すべき仇敵! 人間だった事実など知ったことではない! 倒された者たちも、この私の栄華の礎となるのだ。さぞ誇らしかろうよ!」


 ソフィアの中にもまた、イオリと同じような殺意に近い怒りが湧いた。

 こんな男、もはや軍人の風上にも置けない──人間でさえない、おぞましい悪魔だ。

 この悪魔のせいで犠牲になった人々のことを思うと、はらわたが煮えくり返りそうだ。


「市民を(あざむ)く、偽りの英雄か。こんなものに騙されていたと知ったら、市民はどんな顔をするのだろうな」

「なに、心配はいらない。貴様を全ての元凶として仕立てあげれば、バカ市民どもは信じるはずだ! 私は英雄で! 貴様は忌むべき死神なのだからなあ!!」


 シュナイダー少尉はついに、市民までコケにし始めた。

 ソフィアがイオリの味方だと理解した時点で、とうに本性を隠す気はなくなっていたのだろう。


「さあ、死神を捕らえろ!! 哀れなソフィア嬢もまとめて牢に送ってやれ!!」


 少尉の号令に身構えたソフィアだったが、しかし。

 隊員たちはまったく動かない。

 二人に武器を向けたままの状態で、まるで時が止まったかのように静止している。

 そして、イオリもまた、平然としている。

 四方を囲む兵士のことなど少しも気にもせず、ただ一人――シュナイダー少尉だけを見据え続けている。


「な、何をしている!? 早く捕らえろ! ……私の命令が聞こえないのか!?」

「──げひゃひゃひゃひゃ!!」


 少尉が再び兵士たちに呼びかけたところで、少年の奇怪な笑い声が、空間にこだました。


「もう無理だよぉ、イオリ! こいつマジで気づいてねえ! もうおかしくてっ、我慢できねえよぉ! あっひゃひゃひゃひゃ!」


 まるで閉鎖空間で反響するような、聞き馴染んだ笑い声。

 ソフィアは少尉よりも早く、違和感に気づいた。

 ――なぜ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「誰だ!? 何を笑っている!?」

「本っ当、英雄の最後を飾るに相応しい演説だったよ。まさに愉快痛快ってやつだ。――じゃあ、そろそろ幕引きと行こうか」


 イオリがそう言った途端――三者を囲んでいた風景にヒビが入り、卵の殻のように割れ始めた。

 天井から壁に向かって、あたり一面の風景がガラガラと崩れ落ちていく。

 夜露のにおいをまとった風が吹き抜け、淀んだ空気が新鮮なものへと入れ替わっていく。


「は……? ここは、広場……?」


 祭の会場ゲートではない。

 昼間、ソフィアがニコラとともにランチをとっていた広場だ。

 それに付随して、ソフィアはもう一つ、あることを思い出した。

 ――確か、ここには()()()()があったような……。


「はいどーぞ! 今のお気持ちをひとつ叫んでみなぁ」


 シュナイダー少尉の足元からぬるっと現れたヌイが、彼の口元へ、音声収集用の『マイク』と呼ばれる機械を持ってくる。

 ここで、ようやくすべてを察したシュナイダー少尉が、見るも無惨に青ざめた。


「ま、まさか……っ!? 貴様ああああああああ――っっっ!?」


 キィィィィン!! という鼓膜が裂けるような不快音。

 それと共に、シュナイダー少尉の悲鳴に似た絶叫が、王都中のスピーカーとラジオから響いた。

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