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死神軍医と臆病ヴァンピール ~ケガレた私の処方箋〜  作者: 茶柱まちこ
5章 フローラル・フェスト(後編)
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裏4.英雄の思惑

「この腑抜けめ!! なぜソフィアを死神のもとに送った! あの娘だけは絶対に手放してはならぬと、あれだけ忠告しただろう!」

「しっ、仕方ないでしょう! あの死神に逆らったら、どんな恐ろしい目に遭わされるか……!」

「王国軍に我々の行いを察知されたら、それこそ一巻の終わりなんだぞ! 捜査の手を阻むための手札だったのに、王国軍の忠臣に引き渡してどうするんだ!! この大間抜けめ!!」


 それが、アレックスの父・シュナイダー子爵と、ヒースコール男爵が先日交わした会話のやりとりだ。

 その時、すぐ側で聞いていたアレックスは、父の怒りも当然だ、と賛同するように頷いて聞いていた。


「死神は当然用心するとして……イスルギ中将も油断ならん。軍医あがりのくせに、どうにも勘が鋭くて困る。それに、最近は少し目立ちすぎてしまったからな……さすがに王国軍にも勘づかれたやもしれん」

「そ、それは……当家のせいというより、アレックスが派手に活躍しすぎたせいでは――」

「口答えをするな! 貴様はうちの息子よりも重大なミスを冒しただろうが!」

「まったくです。よもや、あの悪人に麗しいソフィア嬢を明け渡すとは。ヒースコール男爵は何を考えているのですか?」

「……アレックス?」


 父に加勢するつもりで、アレックスが口を尖らせながら割り込む。

 それに対し、シュナイダー子爵はやや困惑した表情を浮かべていた。


「ソフィア嬢はリリアーネに虐げられ、使用人からも理不尽に暴力を振るわれていたと聞いております。実に痛ましいことです……。それを黙って見ていたなんて、それでも貴方は誇り高き貴族ですか!?」

「いや、アレックス。お前は何に怒っているのだ……?」

「そのうえ、今度は悪逆非道の死神のもとへ送られるなんて……! あまりに彼女が不憫だ!」


 ヒースコール男爵はよりにもよって、アレックスの最たる仇敵・死神軍医に、ソフィアを渡してしまったのである。

 このままでは、ソフィアはあの死神の餌食となって、もっと悲惨な結末を迎えてしまう。

 そうなる前に、一刻も早くソフィアを救い出さねば。

 ……と、アレックスは、父とは違う方向に息を巻いていた。


「彼女は私が幸せにしてみせる。彼女に巣食った病魔も、この私の力で打ち払って見せましょう。東洋の胡散臭い治療などに任せてなどおけません」


 哀れな少女を救い、悪の死神を打倒してこそ、国の英雄としても箔がつくというものだ。

 アレックスは真剣に、至極真面目に、自身の覚悟を父に訴えた。


「っ、お前も何を馬鹿な――……いや、いい。お前が望むなら、そうすればよかろう」


 子爵はそう言って、前のめりになった姿勢から一度、椅子に座り直す。

 ほんのしばらく思案して、アレックスへと笑いかける。


「……そうだ、アレックス。ソフィアはお前が娶るのだ。死神が付け入る間もないほど彼女を愛し、一生離れることのないよう、幸せにしてやるといい」


 そして、口元に意味深な笑みをたたえて、アレックスに囁く。

 それに目を剥いて抗議したのは、ヒースコール男爵だった。


「お、お待ちください! それでは我が娘との、リリアーネとの婚約はどうなるのですか! あの子が生まれたときからの婚約だというのに、なんと説明すれば……!」

「そんなことは自分で考えろ。貴様がソフィアを手放さなければ済んだ話なのだ。此度の婚約破棄は、すべて貴様の不甲斐なさが招いたのだぞ」

「恐れながら、リリアーネは私の花嫁として相応しくない。貴族の令嬢としての振る舞いもできぬ娘に、英雄の妻となる資格はないということです。ヒースコール男爵」

「……お前は少し空気を読むことを覚えなさい、アレックス」


 子爵は顔を顰めて頭を抱えた。

 その後、ふう、と一度息を大きく吐き出し、幼い息子に言い聞かせるような態度で、アレックスに語りかける。


「いいか、アレックス。お前がソフィア嬢を斬りつけようとした事実は変わらん。まずはその事実を認め、誠心誠意謝罪するのだぞ」

「ええ、当然ですとも。自らの非を認めることも、時には重要ですからね」

「幸い、死神軍医の悪評はすでに巷に浸透している。かたやお前は国の英雄だ。根気強く訴えかければ、ソフィアの心もきっと傾くだろう。なんとしてでも死神の手からソフィアを取り戻せ。そうでなければ、すべてが手遅れになる!」

「もちろんです、父上。必ずやソフィア嬢の誤解を解き、彼女を私の手で救ってみせます!」


 なに、さしたる問題ではない――この英雄に言い寄られて微笑まなかった女は、今まで存在しなかった。

 ソフィアにも、多少の障害はあるが、思いは通じることだろう。

 ソフィアが死神に惑わされているのならば、一刻も早く目を覚まさせてやらなければ。

 アレックスは決心を固めていくように、拳をぐっと握りしめた。


(……そうだ。この一連の病魔事件、真犯人はあの男だということにしてしまえばいい。きっと、ソフィア嬢も信じるはず)


 光あるところに影はあるもの――とはいえ、英雄の影の一面を民衆に見せることは、やはり避けたいものだ。

 であれば、影はすべてあの男に背負ってもらうことにしよう。

 元々、そのために広めてきた悪評なのだ、今こそその手札の使い時ではないか。


(こういうのは派手な方がいい。あの男を捕らえて、民衆の前に罪を晒してしまうのがいいか。……ならば、動くのは祭の日が最適だろうな)


 あれこれと計画を考えているうちに、アレックスは実行の日が楽しみになってきた。

 あの目障りな男の面目を、いよいよ潰してやるときが来たのだ。


(あの男には今まで散々邪魔をされたが……これですべてを取り返せる。私は真に国の英雄なのだと、軍にも認めさせられる)


 英雄として称えられるべきアレックスの手柄を、次から次へ横取りしていった、憎き死神軍医にも。

 偽りの功績を称え、不当に彼を昇進させた軍上層部の間抜けどもにも。

 ようやっとひと泡吹かせてやれる。

 そもそも、おかしいではないか――どうして出自の怪しいよそ者がどんどん出世して、由緒正しいシュナイダー家の自分がこんなところで足踏みしているのだ。

 地位も名誉も、美しい花嫁も、すべて手に入れるべきはこのアレックス・シュナイダーだ。

 断じてあの男ではない。


「待っていてくれ、ソフィア嬢――私が必ずや、君を救ってみせる」


 そうして英雄は、白髪の麗しいかの少女へ、じっとりと想いを馳せた。

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