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死神軍医と臆病ヴァンピール ~ケガレた私の処方箋〜  作者: 茶柱まちこ
4章 フローラル・フェスト(前編)
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5.失墜

「ぐっ、ンンンッ……! ――はあ……ソフィ、落ち着いた?」

「はい。イオリさんは大丈夫ですか?」

「平気だよ、ありがとう」


 事態が収束した頃には、既に日が傾いていた。

 魔法学校の一室を借り、手早く吸血をさせてもらった後、ソフィアとイオリは祭の救護所へと向かう。

 救護所となった学校の敷地は、事故の負傷者で埋め尽くされていた。

 救護スタッフとして控えていた医療部隊の隊員たちが、慌ただしく応急処置にあたっている中、負傷したスピラーもまた、レベッカの応急処置を受けていた。


「レベッカさん。スピラーはどうですか?」

「大丈夫よ、大した怪我じゃないわ。ソフィアちゃんがすぐに治癒してくれたから、深刻な影響もないでしょう」

「よかった……!」


 スピラーは既に猫の姿に戻り、シートの上に横たわっていた。


「とはいえ、ユニコーンの魔力波をモロに受けたから、一応今夜だけ入院しましょ。なにも問題がなければ、すぐに帰れるからね」

「ありがとうございます、レベッカさん。……スピラーも、私を守ってくれてありがとう。退院したら、貴方の大好きなご飯を作りますからね」


 ソフィアは横たわるスピラーの頭を撫でてねぎらう。

 スピラーは返事の代わりに、視線だけをソフィアに向けながら、尻尾の先をふわっと浮かせた。


「ソフィアちゃんが大切にしてくれるから、スピラーちゃんも大切にしなきゃって思ってるんでしょうね。格上の霊獣を相手に体を張って、よく頑張ったわ」

「本当に、スピラーには何度も助けてもらっていますね……」


 シュナイダー少尉に言い寄られた時は、ソフィアを庇って威嚇してくれたし、吸血衝動を起こした時は、イオリを呼びに行ってくれた。

 スピラーのおかげで、ソフィアは何度も命拾いをしている。


「レベッカさん、医療部隊の指揮を引き続き頼む。僕は少し、彼女と話をしてこないとだから」

「ハイハイ、あんまりおブスになるんじゃないわよ」


 レベッカの台詞を聞いて、ソフィアは、踵を返したイオリをふっと見た。

 そして、ほんの一瞬だけ見えた横顔に、背中がひやりと冷たくなったのを感じた。


(怒ってる……? ……いや、違う。これ、怒っているんじゃない)


 これまで、イオリの怒りを何度か目にしてきたソフィアだったが――今の彼の横顔から読み取れたものは、そんな感情的かつ短絡的なものではなかった。

 まるでよく研がれたナイフの刃先のような。

 むしろ感情を極限まで殺した、そんな冷血さだ。

 胸騒ぎがしたソフィアは、お手洗いに行ってくるとレベッカに告げ、イオリの後をそっと追いかけた。


 イオリがやってきたのは救護所から離れた一室だった。

 ドアを開け、中にいた学校の教員らしき人と何かを話してから、イオリは中に入っていく。

 入れ替わりで出てきた教員に見つからないようやり過ごしたあと、ソフィアはドアの前に立って、こっそり聞き耳を立てた。


「か、カラスマ様……っ!」


 聞こえてきたのは、リリアーネの声だ。

 問題を起こしたとして、別室で一人だけ隔離されていたのだろう。

 自分が厳しい立場にいることを理解しているのか、リリアーネはイオリの前でしゃくりあげて、しおらしく振舞っていた。

 先ほどの悪意に満ちた笑みとは真逆の、媚びたような可愛い泣き顔が脳裏に浮かぶ。


「うう、私、怖かったです……っ! みんな私の言うことを聞いてくれなくて、本当にどうなることかと思いましたわ……!」 

「……君、どうして霊獣たちが言うことを聞かなかったか、分かってる?」


 はあ、とあえて聞かせるようなため息をつくイオリ。

 本気で分からないのか、「え……?」と聞き返すリリアーネに、イオリは淡々と述べた。

 

「霊獣たちにとって、魔力は生命を維持する糧だ。十分な魔力を得られない術者には従わないし、強制的に従わされようものなら反発する。そういうものだろう。さっきの暴走現象は、未熟な術者が冒す典型的な失敗例だ」

「未熟……? 私が、未熟……?」


 ソフィアは、リリアーネが両親からずっと甘やかされ、褒めそやされてきたことを知っている。

 ゆえに、今の彼女の『信じられない』といった反応もむべなるかな、と思った。

 ――彼女には、怒られる耐性がないのである。

 これまで、誰かから明確に酷評されたことがなかったがために、イオリの言葉を受け止められずにいるのだ。

 

「特にユニコーンは繊細で気難しい上級霊獣だ。中途半端な強さの魔力で無理やり従えようとすれば、ああして暴走するに決まってる。そんなことも想像できなかったわけ?」

「し、仕方ないではありませんか! 上位霊獣を呼んだのは初めてだったし、そこまでの知識もなくて――」 

「知識がない、だ?」


 厳しく責められたリリアーネは、しどろもどろと言い訳をするが、イオリには逆効果だった。

 

「君は魔法学校で何を学んでいた? 生態を知らない霊獣を呼び出すのがどれだけ危険か、学校に通ってるならいの一番に教わるはずだ。君が実力を驕り、甘い認識のままむやみに召喚した結果がこれだ」


 先ほどの悲惨な光景が、ソフィアの脳裏に蘇る。

 ユニコーンのせいで崩壊した屋台や展示品の残骸が散らばる中、瓦礫から救助されていた人がいた。

 鳥に攻撃されて、血を流しながら逃げ回っていた人たちもいた。

 あれはもはや、町が魔物に襲われた時と、何ら変わらない状況だったといえる。


「霊獣に蹴られて気絶した市民もいる。一歩間違えたら死人が出ていたんだ。退学レベルの重大事案だぞ!」

「……っ私は、悪くありません!」


 真正面から怒鳴られて、リリアーネは恐怖と怒りに声を震わせながらも、反論した。


「全部、私を怒らせたソフィアのせいですわ! ケガレの分際で私のスピラーを奪って、アレク様を惑わせたのよ! あの女が()()()()()()()()()()()、アレク様に殺されていれば、私だってこんなことには──!!」


 ここまで冷静にやりとりを聞いていたソフィアだったが、リリアーネが零したその台詞を聞いた瞬間、彼女は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

 

「どういう、ことですか……? 『計画どおり』って……」

「! ソフィ、君、ついてきて……!」

「お嬢様……私の発作は、仕組まれたことだったのですか……?」


 気づけば、ソフィアは部屋のドアを開け、真実を問いただしていた。

 唇が震えて、上手く動かなかった。

 あの夜、決定的な発作を起こしてしまってから……ソフィアは吸血衝動に、魔物に変わっていく自分に、葛藤することになったのだ。


「答えてください……あの日、私が発作を起こしたのは、お嬢様のせいなのですか……?」


 ――あの不幸な出来事さえなければ、自分はまだ平穏でいられた。

 ――けれど、自分は本当に運が悪かったのだ。

 そう思って、ソフィアはもがいて苦しんで、運命を受け入れていた。

 けれど、あれが偶然ではなく、第三者の悪意によって引き起こされた『必然的な出来事』だったのなら……話は大きく変わってくる。


「……ふふふ、あはははっ!」


 リリアーネはソフィアの登場に最初こそ驚いたものの――彼女の当惑した顔を見て何を思ったのか、高笑いをしだした。


「盗み聞きなんていい趣味をしているのね、卑しいケガレのやることだわ。でもね、私のせいだというのは間違いよ? だって、私はただ薬を渡しただけだもの。それを勝手に治療薬だと勘違いして飲んだのは、お前自身よ、ソフィア」


 リリアーネは開き直ったのか、ソフィアやイオリに問われるまでもなく、ペラペラと詳細を喋りだす。


「そもそも、魔蝕症のケガレを相手に、私が親切に薬をあげると思ったの? あれは発作を促す薬よ! それをお前は疑いもせずに飲んだの。滑稽ですこと、本当に何も学習しないお馬鹿さんなんだから!」

「……そして、魔物化したソフィアをシュナイダー少尉に討伐させ、戦績のひとつに加えてもらおうとした……か?」

「ええ、そうですわ。だって、婚約者に献身するのは当然ですもの。なのにあの方と来たら――」

「もう結構」


 イオリは心の底から蔑むような冷たい口調で、リリアーネを強制的に黙らせる。

 そして、二回ほど深呼吸をしてから、再度口を開いた。


「ありがとう、教えてくれて。一応聞くけど、ソフィアを騙したことと、今の発言もすべて含めて……君は今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだけど、その自覚はあった?」

「えっ……えっ?」

「魔蝕症の治療薬を製造する会社の社長令嬢が、魔蝕症の患者に発作を促す毒薬を飲ませた。……これって、とんでもないスキャンダルだよ」

「――っ!!」


 イオリの言葉の意味を理解したリリアーネは、一瞬で青ざめた。

 リリアーネには、ソフィアを貶めたことに対する罪悪感など、欠片もなかった――だからこそ、動揺したソフィアを見た瞬間、面白くて喋ってしまったのかもしれない。

 けれど、ヒースコール社の社長令嬢として、彼女は致命的な判断ミスを冒した。

 社長令嬢として家族や会社の体面を考慮するならば、リリアーネは軍属のイオリに対し、堅く口を閉ざすべきだったのだ。

 厳しく叱責され、プライドをへし折られたリリアーネには、乱れた感情を制御することができなかった。


「さて、詳しい話は屯所で聞かせてもらおうか。リリアーネ・ヒースコール」


 すると、部屋の隅に控えていた王国軍の兵士たちが、彼女を両脇から拘束しはじめる。

 

「え……? い、いや……嘘でしょ……!? 私、まだ学生なのよ!? 男爵令嬢なのよ!?」 

「だから? そんな肩書きが免罪符になると思ってるの?」

「こんなの、子供がやったことでしょう!? 連れていくなんて大袈裟じゃない!」

「…………子供がやったこと?」


 イオリの声が、低く響く。

 地震でも起きているのではと錯覚するほどの、重い振動。

 冷たい刃物のようだったイオリの瞳が、一瞬で全てを焼き尽くすような熱を帯びた。


「……貴様は、あの薬が魔蝕症の発作を引き起こす『毒』だと知っていた。その上で、魔蝕症の患者に『薬』だと誤認するように与えた。魔蝕症の発作で不可逆的に魔物化した人間は、現行法では死亡者として扱われる。……これの意味するところが分かるか、小娘(クソガキ)


 イオリは両脇を抱えられたリリアーネに詰め寄りながら、淡々と述べて──彼女の制服の胸倉を掴みあげた。


「“子供だから”で済むわけがないだろう。お前は自分の身勝手で、人を殺そうとしたんだ。しかも、魔蝕症の患者を平然とケガレの蔑称で呼び続けて、発作で苦しめた挙句に『滑稽』だ? 人命軽視も甚だしいぞ、畜生が」


 殺意を隠すことなく滾らせて、あらん限りの憤怒を込めて、イオリは矢継ぎ早に言い切る。

 もはやなにも言い返せず、青い顔でひゅ、ひゅ、と浅く息をするリリアーネ。

 イオリは掴んでいた胸倉を離すと、今一度冷静に、そして冷徹に言い放った。


「覚悟しろ。お前はこれから社長令嬢ではなく、前科者として生きることになる。命を弄んだ罪がどれだけ重いか、この先の人生をかけて思い知るといい」


 完全に戦意を失ったリリアーネが、顔面蒼白の状態でうなだれる。

 兵士たちに両脇を抱えられ、リリアーネはずるずると連行されていった。


「……リリアーネが加害を自白した。これよりヒースコール社を捜査する。イスルギ中将にもそう伝達しろ」

「はっ」


 イオリに命令された兵士が、敬礼をして速やかに去っていく。

 ソフィアは茫然自失として、その場にへたりこんだ。


「すまなかった、ソフィ。君に残酷なことを聞かせた」


 しゃがんだイオリが、ソフィアの肩をさする。

 その手は少し熱くて、まだ余韻を残しているようだ。

 

「……もしかして、イオリさんは……最初からお嬢様を疑っていましたか……?」

「……ああ。鎌のひとつもかける前に、向こうが勝手に馬脚(ばきゃく)(あら)わしたのは予想外だったけど。君にはもっとマシな形で、真実を伝えるつもりだった。僕の意識が及ばなかった。本当にごめん」

「大丈夫です……勝手につけてきたのは、私ですから」


 イオリは茫然としながら答えるソフィアを、そっと抱きしめ、背中をさすった。


「でも、何が起きているのですか……?」

「……それは、言えない。捜査に支障が出るから、教えられないんだ」

 

 イオリはまだ、ソフィアが知らないソフィアの真実を抱えているのだろうか。

 気になって仕方がないが、イオリは口を堅く閉ざして、ただ首を横に振るのみだった。


「この件が落ち着いたら、必ず話す。それまでは不安かもしれないけれど、今は耐えてくれ」

「……はい」


 ――イオリは、いたずらに誰かを傷つけるような人ではない。

 それを信じて、ソフィアは彼を抱きしめ返した。

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