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死神軍医と臆病ヴァンピール ~ケガレた私の処方箋〜  作者: 茶柱まちこ
4章 フローラル・フェスト(前編)
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1.大失敗

「『循環回復術』?」

「そう。医療部隊で使う基本的な治癒魔法で、ソフィが使ってた木属性の治癒術とは色々と違うんだよ」


 医療部隊研究室へ職場見学に来てから、はや一週間――ソフィアは今、イオリの講義に熱心に耳を傾けていた。

 誰かに勉強を教えてもらうのは初等教育以来なので、元々勉強好きなソフィアは胸を高鳴らせていた。


治癒士(ヒーラー)の魔力の作用で傷病を癒すのが、西洋魔術の考え方。対して、患者の体内に流れる魔力の循環を利用して自己治癒力を高めるのが、東洋魔術の考え方なんだ」

「傷病に体外からアプローチするのが西洋魔術で、体内からアプローチするのが東洋魔術……ってことですか?」

「そう! ソフィは理解が早くていいね」


 ソフィアが自分なりの解釈を返せば、イオリはニッと嬉しそうに笑った。


「西洋魔術で一番治癒魔法の適性があると言われているのは、木属性の魔力だよね。植物の細胞分裂を促す魔力は、人体の治癒にも応用ができるから」

「百年くらい前までは、傷口を火属性魔法で焼いて止血する手法もありましたよね。現代でも手術で使うと聞きました」

「腕のいい外科の先生はよく使ってるね。でも素人は絶ッ対にやっちゃダメ」

「絶対、ですか……」

「うん。死亡リスクが一気に跳ね上がるからね。だから、まずは圧迫法を使えって毎年の研修で教えてるんだけど、なぜか三年に一回は火で焼いて止血しやがる“古代勇者”が出てくるんだよね」

「こ、古代勇者……」

「火傷で雑菌は入るし、体の水分は失われるし、内蔵はホルモン焼き状態で処置が大変なんだよ。こんなのが運び込まれると、他の治療の手も止めざるを得ないから、『いっそ召されろ』って舌打ちしたくなる」


 ……今のはきっと、軍医としての恨み節だ。

 背後の隊員たちからも「分かる、分かる……」と小さく賛同の声が上がっているのが聞こえる。

 ソフィアは軍医の知られざる苦労を垣間見た気がした。

 

「ごめん、話が脱線した。で、僕は医療部隊の新人に対して、『循環回復術』を会得するのを最初の課題にするんだ。応用の幅が広いし、自分が怪我したときも使えるしね。なにより、こいつの最大の利点は、属性の縛りがないことだ」

「! 誰でも使えるってことですか?」

「そ。めちゃくちゃ強いでしょ?」


 確かに、『治癒術といえば木属性』と限定されてしまう西洋魔術に対して、これは非常に画期的だ。

 この利点だけでも、医療に東洋魔術を用いる意味合いは大きい。


「もちろん、デメリットもある。これは患者の体力を消耗させる方法だから、虚弱体質の人に対しては使えない。だから、状況によっては西洋魔術も使うし、魔術を使わない処置もできるようにしないとだよ」

「なにごとも一長一短ですね……」


 治癒士を目指すなら当然、状況に応じて手段を選べるようにしておくのが望ましいだろう。

 学ぶべきことがたくさんあって、ソフィアとしても実に張り合いがある。


「というわけで、ソフィにもこの課題に挑戦してもらうよ。これが使えるようになったら、入隊試験の実技科目はほぼ合格できるからね」

「はいっ、頑張りますっ!」


 課題といういかにもな響きに、ソフィアも気合いが入る。


「いったあ! 誰っスか、こんなところにペーパーナイフ置いたの!」

「あ、ちょうどいいや。テオ、そのままこっちにおいで」


 イオリは少し離れた位置にいた隊員を手招く。

 ソフィアと歳の近い、若い男だ。

 ペーパーナイフで手を切ったのか、手のひらに血の赤い線があった。


「じゃあ、今からこの人の魔力の循環を促して、怪我を治してみるね。脈を触ってて」


 言われたとおり、ソフィアはテオの怪我をした腕の脈に触れてみる――患部から付近の魔力が流出して、周辺の魔力の流れが停滞しているのが分かった。


「テオもついでに見てな」

 

 イオリはそう言うと、ソフィアの怪我を治した時と同じように、テオの怪我をした手と、反対側の肩に触れた。

 イオリの魔力が患部の近くからすっと入り込み、周辺の魔力の流れが促されているのを感じる。

 すると、テオの手の怪我はみるみる塞がり、あっという間に消えてしまった。


「すごい……!」

「うわー! やっぱ副長の循環、早いっすね! 治療痕も全然見えないし!」


 もはやどこを怪我していたのかも分からないほど綺麗に治っているのに、ソフィアのみならずテオも感動していた。


「これと同じことを、私もするのですか?」

「うん。というか、ソフィは料理の魔法で、生体以外の物質にも魔力を通せてるからね。コツさえ掴めばすぐに上達すると思うよ」

「ソフィ……って、ええ!? この人が《《副長の彼女》》っすか!?」


 テオが大声で言い放った『彼女』という言葉に、ソフィアは「ふえっ……!?」と仰天した。

 対して、傍らのイオリはじっとりと暗い視線でテオを睨んでいる。


「なんでお前が知ってるんだよ、テオ」

「けらけら、オレがみんなに暴露しといた」


 イオリの影から、ヌイが上半身だけ出てくる。

 まるでお風呂に浸かっているような状態のヌイを、イオリは首根っこを掴んで引きずり出した。


「だと思ったよ、この野郎」

「いいだろぉ? いっそオープンにしたほうが、悪い虫がつかなくて済むぜぇ」

「まあ、それはそうだけど」


 イオリは恨めしげな視線をすぐさま引っ込め、すべてを諦めたようにヌイから手を離す。

 すると、それぞれの作業に集中していた周囲の隊員たちも、こぞってイオリのほうに集まりだした。


「ああっ、やっぱりこの子が噂の彼女ッスか!?」

「彼女いないことが唯一の欠点だった副長に!」

「才色兼備の彼女ができたって聞いたから!」

「もう男としての勝ち目がないじゃないッスかあ!」

「だあああ超可愛い、羨ましいいいい!!」


 男性隊員たちが高波のように押し寄せる光景に、ソフィアは思わず「ひえっ」と声を上げた。


「おい、独り身どもが一気に集まってくるな! ソフィが怖がってるだろ!」


 イオリが防波堤のように立ちはだかりながら、隊員たちを押し返す。


「うわー、めっちゃ美人っスね! あ、自分、テオって言います! 今年から入隊した新人っス! ソフィアさんがすごい才能の持ち主だって、副長やレベッカさんが話してたから、自分も一回会ってみたいなって思ってて――アッ!」


 さらに、どさくさまぎれにソフィアに絡んだテオの首を、イオリは腕で素早く絡め取る。


「上官の彼女に対してずいぶん接近するねぇ~テオ? お前まだ課題パスしてないんだから、優秀なソフィに越されないように練習しなよ? ん?」

「ずびばぜん副長ぉ……! ギブギブギブ……っ!」


 笑顔で怒りながら、部下を締め上げるイオリ。

 もちろん、加減はしているのだろうけれど、テオは青い顔でイオリの腕をパシパシ叩いていた。


「ごめん、ソフィ。うちの野郎ども、同僚に彼女ができるといつもこれをやるんだ。もはや恒例というか、一種のお祝いソングみたいなもんなんだけどさ……」

「な、仲がいいんですね……」


 吃驚したが、お祝いの意味でやっているなら、ソフィアとしても悪い気分ではない。

 イオリは締め上げていたテオをようやく解放すると、咳払いをしてソフィアに向き直った。


「じゃあ、ソフィ。イメージトレーニングにちょっと練習してみようか」

「え!? い、いきなりですか……!?」

「大丈夫、大丈夫。普段料理の時にやっていることを、僕に対してやるだけだよ」


 それならば、なんとかできるだろうか。

 臆病なりに勇気を出そうと、ソフィアは深呼吸する。

 気持ちを十分に落ち着けてから、イオリの手を握り、そこからゆっくりと魔力を送ってみる。


「そうそう、上手。その調子でもう少しキープして」


 しばらくすると、イオリの魔力が自分の体内に伝ってくるのが分かる。

 じっくりと理解するように感覚を研ぎ澄ませていると、やがて魅魔血に似た甘美な香りを感じた。

 魔力にも匂いがあるのね、としみじみしていると、それにたぐりよせられるような形で――先日の吸血や口づけの光景が、ソフィアの中でフラッシュバックした。


(って、私ったら何を――!)


 瞬く間にソフィアの心がざわめき出すのと同時に、バリーン! と布が破けるような音が響いた。


「えっ?」

「あっ」


 ソフィアが驚いて目を開けると、彼女の視界の正面に、同じく目を丸くするイオリが映る。

 握った手も微妙に硬直していて、ソフィアの背筋に嫌な汗が伝った。


「あー……ちょっと失敗したね。循環させてた魔力が背中から突き抜けて行っちゃったみたい」

「ぐひゃひゃひゃひゃひゃ!! 今、イオリの服がっ、バリッて!! バリッて吹っ飛んだ!! ぎゃはははははは!!」


 ヌイがイオリの背中を指さして爆笑している。

 ひいひい苦しそうに転げ回っているヌイに、イオリが「笑うな」と注意した途端――ソフィアは、タトゥーを刻んだ彼の背中が丸見えになっているのに気づいた。


「ごっ、ごごごごごごめんなさいぃっ……!!」

「大丈夫、大丈夫。失敗したのが僕でよかったよ。もしこれが女性隊員だったら大惨事だったし。今日はここまでにしようか」


 ソフィアはその後、十回は頭を下げていたが、イオリは最後までニコニコと笑ったままだった。

 それがソフィアにとっては余計に申し訳なかった。

【茶柱のつぶやき】

『どんなにシリアスな話を書いていても、ギャグシーンやクスッと笑えるシーンは必ず入れる』というのがマイルールです。

そのため、イオリにはちょっと犠牲になってもらいました。

ごめんな、カッコイイだけのヒーローじゃ納得しないんだ、私(ひどい

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