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2.スピラーの仮契約

 イオリと同い年だというニコラだが、驚いたことに、彼女には三つ子の子供がいるという。

 そのおかげなのか、彼女の検査の手際は、見ていて気持ちがいいほど手早かった。

 何かともたついてしまう自分とは大違いだ、とソフィアは感心しきりだった。


「ソフィアちゃん、採血は痛くなかった?」

「はい、痛くなかったです」

「よかった~! 顔色もよくなってるね。魔力の流れもいいし、順調に回復してるみたいで安心したよ~!」


 ニコラの話によれば、患者にある程度関わっていると、魔力の流れ具合だけでおおよその体調が分かるようになるという。

 入院していた頃のソフィアは、全身の魔力の流れが滞留していて、肌もなんとなく淀んで見えていたそうだ。


「気分は悪くなってない? このまま検査を続けても大丈夫そう?」

「ええ、大丈夫です」

「りょーかい、具合が悪くなったらすぐに言ってね。今回はあえて負荷をかける検査だからさ。んじゃ、次は五属性診断いってみよ~!」


 ニコラはそう言って、奥からラグマットのような分厚い布を持ってくる。

 目の前の机の上に広げたそれには、二種類の紋様が描かれていた。

 一つは王国内で用いられる魔術でもおなじみの、魔力の五属性――火・土・金・水・木を表す五芒星(ペンタクル)

 その中心にもう一つ、白と黒の二色が絡み合うような、奇妙な円形の模様が配置されている。


「これって確か、イオリさんの背中のタトゥーにあった……?」

「そうそう、これは副長の十八番(おはこ)でね。東洋魔術の陰陽(いんよう)の記号なんだよ」

「いんよう?」

「んーと、この世のすべてのものは『陰』と『陽』っていう両極の要素に分けられるって意味かな。東洋の学問ではよく出てくる考え方なんだけど、これがまた覚えとくと便利でさあ」


 イオリに出会ってから、東洋魔術にも興味を持ち始めていたソフィアだったが、実際の道具を目にするのは初めてだ。

 紋様や術式をまじまじと見つめているソフィアに、ニコラは笑いかけながら言う。


「興味があるなら、副長に聞いてみるといいよ。副長は教えるの上手だし、医療部隊に東洋魔術を浸透させたのもあの人らしいからさ」

「そうなのですか!?」


 いつの時代も、新技術というものは冷遇されがちだ。

 それまで西洋魔術を重く用いてきた王国に、東洋魔術の有用性を認めさせたというのなら、イオリの功績はそれだけで大きいのだろう。

 あの若さで中佐の地位を与えられているのも納得だ。


「確認だけど、小児科の健診では木属性が一番強かったんだよね?」

「はい。治癒術もほんの少しだけ使えます」

「あ、それ副長から聞いた! 学校も行かずに独学で身につけたんだってね! ソフィアちゃんもなかなかすごいことしてるよねぇ~」

「そ、そうでしょうか……? ありがとうございます」


 ニコラもイオリも、ソフィアのことを気持ちよく褒めてくれるので、お世辞と分かっていても、嬉しくて顔がにやけてしまいそうになる。


「じゃあ、ここに両手を置いて。治癒術を使う時のように、魔力を当ててみて。……そうそう、そこから魔法陣の線を辿っていくように」


 ニコラの指示に従い、魔法陣全体に薄く引き伸ばすよう、魔力を行き渡らせる。

 魔法陣の線が淡く光を放ったところで、ニコラは


「おーやっぱり変異してるねえ。ほら、ここ見てみ?」


 と、五芒星のある一点を指で示した。


「金属性に強い反応が出てるのは分かる? 普通、木属性の反応が出たとき、相克関係にある金属性は反応しないはずなの」


 火は金属を溶かし、製金されたものは木を切り倒し、木は土を割って根を張り、土は水の流れをせき止め、水は火を消す。

 それが属性の相克関係――つまり、相性の考え方だ。


「相克同士の属性が同時に反応するのが、魔蝕症の典型的な所見……なんですよね。これって、私は金属性の魔術にも適性が出てきたということですか?」

「そだね。魔力の変異自体は悪いことじゃないし、そう捉えておくのがいいと思うよ」


 最近は、軍人でも研究者でも、複数の属性を扱える魔術師が多いのだという。

 かくいうニコラも、生来の水属性魔術に加え、木属性魔術も少し使えるらしい。

 ここでソフィアは、はたとあることを思い出した。

 

「そういえば、イオリさんの魔力属性はなんでしょうか? あの人も、複数の属性を使っているようですが……」


 病魔に火の魔術を使って攻撃しているところは、実際に見たことがある。

 自宅の庭の管理も魔術でしていると言っていたから、ここでは木属性や水属性などの魔術が関与しているはずだ。

 少なくとも二つ以上の属性を使えるのは間違いない。


「あー副長ね。あの人は五属性を全部使えるんだ」

「……え?」

「五属性全部に適性があって、自由自在に切り替えられるの」


 予想のはるか斜め上を行く回答に、ソフィアは言葉を失う。

 五属性すべてを帯びた魔力を持つ人は、世界でも数人しかいない、非常に稀な存在なのだ。

 魅魔血と病魔への抗体を持っているだけでも稀なのに、そこにきて五属性すべてを使いこなす天性の才能……。


「わっかるぅその反応。ウチも副長以外には見たことないもん。マジで設定ぶっ飛んでるよね」

「……根っからの魔術師なんですね、彼……」


 天は彼に二物も三物も与えたようだ……あまりにも要素がてんこ盛りである。


(なんだろう……なんだか、神様によしよし褒められてたようなものだったのかしら、私)


 イオリは先日、ソフィアの素養に驚いていたけれど、彼のほうがよほどビックリ人間じゃないか。

 それとも、母・エミリアが彼にとって尊敬の対象だから、ソフィアもついでに持ち上げてくれたのだろうか。

 少し浮かれていただけに、ソフィアはやや複雑な気分だった。


 *


「ソフィアちゃん、ちょっとこっちに来てもらっていいかしらん?」


 ソフィアが検査を終えて待機していると、別室からレベッカが呼びに来る。

 案内された部屋に入ると、回転椅子に座っている、げっそり顔のヌイが目に入った。


「ちきしょぉ……イオリのやつはなんでこんなのが好きなんだよぉ」

「あぁ~副長はわりと注射好きっぽいよね~」

「そうなのですか?」

「そうそう。採血の時、ガン見されるから緊張するんだよ~」

「癖なんでしょう。イオリちゃんは子供の頃からそうよ」


 子供の頃から、というレベッカの言葉に、ソフィアは引っかかりを覚える。

 イオリはそんなに昔から、ここと関わりがあるのだろうか。

 ソフィアは考えてみるけれど、彼の子供時代などまるで想像がつかない。


「で、スピラーちゃんの状態なんだけど、至って健康よ。病気もしていないし、魔力も全回復して、絶好調ってカンジ!」

「! よかった……」


 診察台の上に座ったスピラーは、「ああ酷い目に遭った」と言いたげな仏頂面だった。

 目つきがあまりにも恨めしげだったので、ソフィアは「お疲れ様でした」とスピラーを撫でてねぎらう。


「ヌイちゃんから、貴方が料理の魔法で回復させたって聞いたわ。エミィの才能をしっかり受け継いだのね」


 感慨深そうに目を細めるレベッカ。

 そうだ、そういえばレベッカは医療部隊のベテラン職員だ――エミリアのことを知っているからこそ、ソフィアを出迎えたときも喜んでくれたのかもしれない。


「母が……私が将来困らないように、魔法の使い方を手帳に遺してくれたんです」

「じゃあ、ソフィアちゃんはお母さんの教えを忠実に守っているってことだよね。きっとお母さんも嬉しいんじゃないかなぁ」

「そうだといいのですが……」


 ソフィアは早くに母を亡くしてしまったから、満足に親孝行ができたわけではない。

 それでも、そう言ってもらえただけで、ほんの少し救われたような気がした。

 レベッカがスピラーにおやつをあげながら話す。


「それでね、ソフィアちゃん。今、スピラーちゃんの使い魔契約は外れてる状態なんだけど、この状態だと野良の魔獣と同じ扱いになっちゃうのよ。それじゃあ保健所行きになっちゃうから、アタシは仮契約だけでも結んでおいたほうがいいと思うの」

「いいのでしょうか? その子、元々は別の人に飼われていて……」


 酷い扱いを受けていたとはいえ、元々の契約主はリリアーネだ。

 彼女になにも知らせないまま契約してしまうのは、彼女からスピラーを無理やり取り上げているようで気分が悪い。

 ソフィアがそんな心配をしていると、傍らにいたヌイが言う。


「仮契約は、こいつの管理者がいるっていう目印みたいなもんだ。使い魔を強制的に従わせる力はねえし、むしろやっといた方が安心だぜ?」

「でも、スピラーは嫌がらないでしょうか?」

「気になるなら、そいつに委ねてみれば? 中級霊獣なら、人間の子供程度の知能もあるからよ」


 ヌイは回転椅子からぴょんと立ち上がると、診察台の隅に置いてあった赤いリボンをソフィアに差し出した。


「このリボンは……?」

「仮契約用の魔道具。装着させた人間の魔力を一時的に記憶する仕組みになってる。ソフィがつければ、多分嫌がらねーと思うぜ」


 ん、とヌイが促してくるので、ソフィアはリボンを受け取り、スピラーの首にゆるく巻きつけた。

 ヌイの言うとおり、スピラーはリボンを巻く手をじっと見つめながら、大人しく受け入れていた。

 首の後ろでしっかり蝶結びにすると、スピラーはおもむろに立ち上がって、ぎゅっと伸びをする。


「うん、平気っぽいな」

「そうね。スピラーちゃんもソフィアちゃんは大丈夫って分かってるみたい」

「そうなんですか?」


 ソフィアは念のためにスピラーに尋ねてみるが、スピラーは特にこれといった返事はせず、くぁ、とただ欠伸をして見せた。

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