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4.料理の魔法

(ひんやりしてる……これも魔道具の力なのね)


 さすがは軍属の家というべきか――建物の至る箇所に、魔力を動力源とした設備があった。

 特に、この冷たい貯蔵庫はいい。

 食材が傷みにくい温度に調整されていて、便利なことこの上ない。


(でも、備蓄用の穀類しかないということは……イオリさん、自炊するほうではないのね)


 家に帰ってこないことも多いと言っていたので、基本は外食で済ませているのかもしれない。

 ヌイいわく、前の家主が置いていったというキッチンの調理器具も、イオリはほとんど使っていないそうだ。


「ったく、こんなに買ってこさせやがって……」

「ごめんなさい、人間用の食材もお願いしちゃったので……」


 ぶつくさと文句は言いつつも、ヌイは超特急で買い物に行ってくれた。

 彼は彼で、スピラーのことを心配しているのだろう。

 使い魔らしく親切に動いてくれるのに、口だけが素直じゃないのは、彼なりのプライドがあるからなのか。

 

「あっそ。それならオレらの分も、ちゃんと美味いモンを作れよ? ろくでもねーモン作ったら承知しねーからな」

「はい。精一杯作りますっ」


 ソフィアは拳を握りしめ、気合を入れる。

 料理の魔法はソフィアが使える数少ない魔法の一つだ。

 ようやく自分の力を役立てられる機会がやって来たのだ――失敗は絶対にしたくない。


(久しぶりだけど、お母さんの手帳を見ながらやっていけばできるはず……)


 ――食べる人のことにじっくりと想いを馳せる。

 ――食べる人が今日も健やかでありますように、と祈りを捧げる。

 ――喜ぶ顔や元気な姿を思い浮かべて、そうなるようにと願いを込める。


 母・エミリアから教わった、料理の魔法を使う時の作法だ。

 ソフィアは頭の中で唱えて、スピラーのための食事からとりかかる。


「なあ。ヤギの乳にしたのって、なんか理由があんのか?」

「はい。ヤギの乳はお腹に優しいですし、栄養も豊富なので、体調が悪い時にはちょうどいいんですよ」

「じゃあこのカボチャは?」

「スピラーの好物みたいです。お屋敷でもよく食べていたので、食いつきがよくなるかなと思って」

「……ふーん?」


 蒸した鶏肉を手で細かくほぐし、ラズベリーを潰して作ったソースと和える。

 そこへ人肌まで冷ましたヤギの乳をかけ、最後に蒸したカボチャをトッピングすれば、スピラーの食事はできあがりだ。


「あ、スピラー! 動けるようになったんですね」

「うん。魔力を供給したら、少し調子が戻ったみたいだ」

 

 イオリのもとを離れたスピラーは、ゆったりとした足取りでソフィアの足元までやってくると、早くご飯を寄越せとばかりにミャーミャー鳴き声を上げた。


「はい、どうぞ。ゆっくり食べてくださいね」


 果たして食べてくれるだろうか、猫の体に悪いものは入れていないはずだけど、と少し緊張しながら見守る。

 ソフィアの心配とは裏腹に、スピラーは皿が置かれるなり、ムチャムチャと音を立ててご飯を貪り始めた。

 いい食いつきにひとたび安心したソフィアだったが、ふと、スピラーがカボチャを避けているのに気づく。


「スピラー、カボチャは食べないの?」

「カボチャは嫌いだってよ」

「えっ? お屋敷ではあんなに食べてたのに……」

「押しつけられてたのを仕方なく食ってたんだと。そりゃ嫌にもなるわな」


 確かに、常に自分が正しいと思っているリリアーネならやりかねない。

 彼女を怒らせないよう無理をしていたのだと思うと、スピラーが可哀想だった。

 けれど、こうして残しているということは、スピラーもこの場では無理をしなくていいと理解しているのだろう。


「美味しかったですか?」

「ンミャ」

「悪くない、ってさ」

「よかった。じゃあ、今度はスピラーの好きな食べ物で作りますね」

 

 スピラーがカボチャ以外を完食したのを見届けて、今度は人間用の食事に取り掛かる。


 ――庭から拝借したバジルとオリーブオイルでソースを作る。

 ――玉ねぎは先に炒めてうまみを出す。

 ――蒸しておいた米と野菜、角切りにしたベーコンを入れて馴染ませ、仕上げにバジルのソースとミルクで煮詰めていく。

 毎日料理をしている人のように手際よく、とまではいかないが、要領はきちんと体に染みついているものだ。 


(二人とも、喜んでくれるかしら……)


 回復したスピラーと戯れているイオリとヌイを見ながら、ソフィアは想いを馳せる。

 ケガレと呼ばれていたヒースコール家では、ついぞ日の目を見なかった料理の腕。

 決して豪勢なものではないけれど、彼らの日頃の疲れも癒されるようにと、念はたっぷり込めたつもりだ。


 *


「……美味しい! これ、君が作ったんだ?」

「ええ、そうですよ」


 バジルのリゾットとベリーサラダしか用意できなかったのだが、そんなにいい反応をされるとはソフィアも予想外だ。

 イオリは料理を口に運ぶなり、分かりきったことを確認しながら目を輝かせた。


「そんなに美味しかったですか?」

「もちろん。誰かが自分のために作ってくれたご飯なんて、すごく久しぶりだしね」


 傍らのヌイは、もくもくと何度か咀嚼して、さらに確かめるようにもうひと口と食べている。

 なにか違和感があったのだろうか? とソフィアが気になりだした頃、ヌイが少し俯きながら口を開いた。

 

「……まあ、まずまずってところじゃねーの」

「素直に美味しいって言えばいいのに、このへそ曲がりは……ソフィ、悪く捉えないでね。こいつは多分、ダメ出しできるところがなくて困ってるだけだから」

「うっせ、バーカ!」

「大丈夫です。全然気にしていませんよ」

「けっ!!」


 ヌイの口がどうしても悪いのは、やはり魔物の本能かなにかなのか――けれど、本物の悪意を向けられることに慣れているソフィアとしては、彼の悪態など可愛らしいものだ。

 どうやら、母直伝の“料理の魔法”は成功したらしい――イオリはまるで救いの女神にでも出会ったかのような、感激に満ちた顔をしていた。


「はあ、ご馳走様。それにしても、本当にすごいな。スピラーのもそうだったけど、魔力がしっかり込められてる。この技術って、どこかで習ったの?」

「母の直伝です。ここに書いてあることを忠実に守っただけですよ」


 ソフィアはポケットから母の遺品である手帳を出し、そのページを開いて差し出す。

 どれどれ、と手帳を受け取り、文字を目で追うイオリとヌイ。

 すると、次第に二人の表情が妙な色を帯びてきた。


「……これ、昔ながらの技法を使ったやり方なんだね。魔道具も魔術式も使わない、一番難しい方法だ……」

「……知ってるか、お前。モノに魔力を込めるって、そこそこ高等な技術なんだぜぇ」

「え? そうなのですか?」


 二人は、信じられないと言わんばかりの表情で、ソフィアの顔と手帳を交互に見ている。

 

「機械を使う時に魔力を吹き込むのと、やっていることは同じでしょう?」

「いや、魔力を動力源にした機械って、魔力を通しやすい鉄鋼を動力部に使っているからね。多少魔術をかじってれば、実は誰でも扱えるんだよ。けど、料理は単なる食材に魔力を込めるってことだから、難易度が全然違う。魔法学校の生徒でも、四苦八苦しながら修得するような技術なんだよ」


 確かに、屋敷でメイドをしていた頃も、リリアーネが似たような課題を出されて苦戦していた記憶がある。

 上手くいかない苛立ちをぶつけられて、あの時は大変だったっけ……とソフィアは回顧する。


「魔術式を使わないから、むしろ簡単な魔法なのでは……」

「いやいや、魔術式は魔法を補助するための手段だよ。魔術式や魔道具の補助なしにやるのは、簡単どころかすごく難しいことなんだよ」


 魔術式が補助の役割をしていたなんて、ソフィアはまったく知らなかった。

 魔法学校に通ったことがないのだから、知らなくても仕方のないことではある。


「私は小さい頃からできてましたけど……」 

「小さい頃からぁ!? そこいらの人間よりよっぽど才能あるじゃねえか! お前、今まで何してたんだよ!?」

「えっと……メイドとして雑用を……」

「宝の持ち腐れじゃねーか! 医療部隊で治癒士(ヒーラー)やってる方がぜってーいいって!」


 悪態をついていたヌイですら、声がひっくり返るほど驚愕する事案らしい。

 さすがアッシュフィールド家の娘……となにやら感心している様子の二人。

 しかし、それでもソフィアは腑に落ちなかった。

 だって、ソフィアは手帳にある初歩的な魔法を、半分も使いこなせていないのだ。

 いつまでも表情を曇らせているソフィアを見かねたのか、イオリが「ちょっと待ってて」と庭へと向かう。

 しばらくして戻ってきた彼の手には、まだ熟していない、白いラズベリーの実が数粒あった。


「ソフィ。料理の時と同じ要領で、これに魔力を通してみてごらん。魔術式の構築だけ、僕が補助してみるから」

「え? は、はい……」


 よく分からないが、とりあえずイオリの手のひらに魔法陣が現れたところで、ソフィアは未熟なベリーに魔力を通してみた。

 すると、白かったベリーはみるみる赤く熟して、つやつやの赤黒い完熟の実になった。


「え……あれっ? できちゃいました……」

「やっぱり。これ、手帳に書かれてた魔術式が間違ってたんだよ」

「えええ……!?」


 今まで徹夜で練習してきた苦労はなんだったのだろう。

 まさか、こんな単純なことが原因だったなんて……とソフィアは脱力した。

 

「もしかしてソフィ、魔術式の使い方は習ったことがなかったとか?」

「はい……私は魔法学校には通えなかったので、母の手帳の真似をするしかなくて……」


 ソフィアが魔法の使い方を勉強するにあたって手に入れられたのは、母の手帳だけだった。

 ヒースコール邸には学生向けの教科書なんて気の利いたものはないし、外出を制限されていたせいで、図書館で調べることもできなかったのである。 

 イオリはソフィアの話を聞きつつ、しばらく手帳とにらめっこをする。

 そしておもむろに顔を上げて、ソフィアに尋ねてきた。


「ねえ、ソフィ。この手帳、一日だけ借りてもいいかな?」

「えっ?」

「魔術式を確認してみるよ。ソフィの素養なら、ここにある魔法くらい、難なく使えるはずだ。それに、僕もエミリアさんの魔法を見てみたい。もちろん、大切な形見の品だから、丁寧に扱わせてもらう」

「え、ええ。いいですよ」


 少し戸惑いはしたが、イオリなら母の遺品を粗末に扱いはしないだろう。

 一日だけなら、とソフィアは了承した。

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