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十三塚ノ村  作者: 山岸マロニィ
【陸】第二ノ事件
26/70

(24)

 五月八日は、気持ちよく晴れ上がった初夏の空だった。

 この日は友引であるが、神式の葬儀な上、六曜がこの国に入ったのは鎌倉時代。平安からのしきたりを守るこの村に、そういう概念は関係ないのだ。

 一応、土御門保憲と蘆屋いすゞも葬儀には参列し、玉串を奉ると他の弔問客に混ざって野辺送りを見送った。

 その後、百々目のところへ顔を出し、昨日お梅に聞いた「村の掟」から、村人による犯行の可能性に思い当った次第を彼に伝える。

「何と……」

 百々目は驚いた様子を見せたが、すぐに深く頷いた。

「何かに執着した人の心というのは、時に考えられないほど恐ろしい行動を起こし得ます……関東大震災直後の騒動は、この辺りでも聞きました。混乱の最中、あらぬ疑いを掛けられ、無実の人々が凶刃に斃れた事例もあったと」

「……はい」

「方向性として調べる価値はありそうです。その線でも、捜査を進めてみましょう」

 と、長谷刑事を呼んだところに、だが駆け込んできたのは熊造だった。

「村のモンは誰も相手になってくれねえ。でもあんたなら、俺の話を聞いてくれるだろ?」

 (すが)るような眼差しに、百々目は答えた。

「何があったのですか? 話してください」

「婆さんがいなくなった。あちこち探したがどこにも居ねえ」

「あなたのお婆様ですか?」

「そうだ。うちの曾祖母(ひいばあ)さんだ。一緒に住んでる、ただひとりの家族だ」

 熊造によると、昨晩、清嗣翁の通夜に行くと家を出たきり、戻っていないようだ。

「あなたは昨夜、どこで何をしていましたか?」

「俺ァ、夜狩りに行っていたンだ。山の獣は目が光るから、夜の方が見やすいんだ」

 村じゅうが裳に服している時に狩りとは……と、保憲と百々目はチラリと顔を見合わせたが、彼は村へ入れないとされている身、関係ないのだろう。すぐに熊造に目を戻し、百々目は言った。

「しかし、銃声は聞こえませんでした」

「夜は弓を使う。うるせえと文句を言われるでな」

 弓――という言葉で、保憲は思い出した。夏子の元に送られた矢文の件である。獣のように粗暴な彼が、あのような手の込んだ事を考えつくとはどうにも思えないのだが……。

 その横で、百々目は熊造に真摯に向き合う。

「あなたが家に戻ったのは?」

「明け方だ」

「なら、お婆様はお通夜から戻っていないのか、一度戻った後で姿を消したのかは分かりませんね」


 それから熊造に連れられて、百々目と保憲と三名の警官が、彼の荒屋(あばらや)へ向かった。危険を伴う可能性があるため、いすゞは役場に待機である。

 橋の袂の小屋の、傾いた戸の横には、前夜の獲物だろう、鹿が置かれたままになっていた。小屋の内部も外観と同じく粗末な有様で、土間に()の子が敷かれ、藁の寝具が置かれているような生活感である。馬小屋の方がマシではないかと思えるほどだ。

「ここであなたは、お婆様と二人暮らしをしていたのですか?」

 表情には出さないようにしているものの、百々目の言葉に少々の驚きが混じるのは仕方ないだろう。

「お父ォもお母ァも、兄貴も姉貴も全部死んじまった。死に損ないの婆さんの世話をしながら、(オラ)ァもいつ死のうかと考えているところだ」

 彼の境遇を考えれば、そのような言葉が出るのも無理はない。保憲は軽く眉を寄せる。

 しかし百々目は、彼の肩をポンと叩くと軽く微笑んだ。

「今はその時ではありません。お婆様を探しましょう」


 家の裏の竹藪から捜索を始める。警官三名と二手に分かれ、声を掛け合いながら奥へと進む。

 保憲は百々目と熊造に付き添って、周囲を見回しながら二人の会話を聞いていた。

「お婆様の事を詳しく教えていただけますか?」

「名前はおぬい。酷い皮膚病でな、村の嫌われ者だ」

「…………」

「うちはこんな身分だで、医者にも掛かれんから病気のモンが多いんだ。婆さんの娘にも病気持ちがいたらしい。だから婆さんはそれが感染(うつ)ったんだ」

 (ただ)れた皮膚を隠すため、顔や手足に布を巻き、普段は人目に出ない生活を送っていたようだ。

「それなのに、お通夜には行かれたのですね」

「嫌がらせだろうな」

 熊造は答える。

「穢れた身分の嫌われ者が、小綺麗にしてお高く留まってる奴らのとこへ顔を出せば、嫌がるだろ」

 この一族の積年の恨みは、とんでもなく根深いようだ。保憲は暗澹(あんたん)たる気持ちになった。百々目も同じようで、しばらく黙々と竹藪を進んだ。周囲に視線を走らせるが、人影はどこにもない。

 やがて三人は竹藪を抜け、片口川の川べりに出た。清流は穏やかで、空の青さを映して美しい。

 ……と、そこに赤く漂うものが見えた。金魚の(ひれ)のように流れにたなびくそれを見て、熊造が声を上げた。

「婆さんだ!」


 ――赤い布を全身に巻いた老女は、清流に突っ伏していた。

 息がないのは、一目瞭然だった。


「婆さん! 婆さん!」

 熊造が腰まで水に浸かりながら小さな体を引き上げる。

 その時、顔を覆った布が外れ、素顔が露わとなったのだが、それは心構えをしていたはずの百々目と保憲の喉の奥から、小さく悲鳴が漏れるほどのものだった。

 目鼻立ちは無数の(こぶ)ですっかり覆われ、瞼を失った片目の奥に、濁った眼球が覗いているのが見えた。その上、長時間水に浸かっていた浮腫で灰色になり、到底直視できる様相ではなかった。

 思わず後ずさった二人に、熊造は冷めた目を向けた。

「やっぱりあんたらも、他の奴らと変わらねえな」


 ◇


 おぬいの遺体は役場に運ばれ、再び老仏温泉から呼ばれた医師により検死が行われる事となった。

 事務所では、百々目が熊造から話を聞こうとしているのだが、すっかり心を閉ざしてしまった彼は、一言も発しようとしなかった。


 一方、保憲はいすゞに呼ばれ、役場の奥、集会所に隣接する調理場で困惑していた。

「また家出をしたのですか?」

 聡の娘の半夏子である。彼女は喪服のまま、泣き出しそうな表情で鼻をすする。

「酷いのよ。お通夜の晩、まるで初夜みたいに、私と太輔さんの部屋を一緒にするのよ」

「…………」

「その上、太輔さん、やれ酒を注げだの着物の畳み方が悪いだの、口うるさい(しゅうとめ)みたいで。嫌になって部屋を飛び出したの。そうしたら、父も母もものすごく怒るのよ。お爺さまのお見送りだけはと我慢してたけど、もう無理。私、あの家にはいられないわ」

「で、私が役場にいるのを見掛けて逃げ込んで来た、って訳」

「なるほどな……」

 夏子の話が本当なら、さすがにやり方が強引すぎる。保憲でさえも、同情を禁じ得ないと思った。

「とはいえ、すぐに見つかるだろう」

「だから、いすゞお姉さまにお願いなのよ。どうか、私を(かくま)ってくださらない?」

 夏子の目は怯えを孕んでいる。困り果てた表情でいすゞは保憲を見た。

「彼女をこのままご両親の元へ送り届けるのは忍びないわ。何とかうまく話をつけられないかしら」

「ふむ……」

 保憲は腕組みをする。

「もうすぐ検死が終わるだろう。君は医師と一緒に、老仏温泉の療養所へ行ったらどうかね?」

「どんな言い訳で?」

「祖父の死による心労、でいいだろう。恐らく明日、遺言が開封される。君の両親はその件が片付くまで、村を離れられない。一件落着するまで、君はそこでゆっくりしなさい」

 遺言が表に出れば、夏子の婚姻など吹き飛ぶ大騒動となる。保憲はそう確信していた。

「ありがとうございます」

 夏子は深々と頭を下げ、警察車両で療養所へ送られる医師と共に村を出て行った。いすゞもそれに付き添い、先に紀ノ屋へ戻るそうだ。


 ――そして保憲は、おぬいの検死の結果を百々目から聞く事となった。

 外はすっかり暗くなっている。ランプの明かりで書きかけの調書を見れば、熊造は結局、何も語らずに自宅へ戻った事が推察できた。

 事務所の粗末な机を挟んで百々目と向き合う保憲に、彼は疲れ切った声で言った。

「死因は紐状のもので頸部(けいぶ)を圧迫されての絞殺、死亡推定時刻は深夜二時頃――つまりは、殺人だ」

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― 新着の感想 ―
水死体(溺死体)は遺体の中でもとりわけ、見るのが辛いものと聞いております。 百々目さんや保憲さんの反応は自然です。 熊造さんの批難は、少し違うと感じました。
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