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十三塚ノ村  作者: 山岸マロニィ
【肆】十三塚
19/70

(17)

 ――夕方。

 待ちに待ったハイヤーの到着と同時に座席に飛び込み、二人は一目散に老仏温泉へと戻った。

 夕食の整った保憲の部屋で、いすゞは声を荒らげる。

「冗談じゃないわ。なんて村なの。おぞましくて鳥肌が立つわ」

「君は帰りたまえ」

 保憲にそう返され、天ぷらをかじりかけたいすゞはその手を止めた。

「先生は残るんですか?」

「まだ荻島弁護士の依頼が達成できておらんのでね。清嗣翁の反応で、写真の青年が清一氏の子に間違いないとは分かったが、翁が敢えて荻島弁護士に捜索を依頼したという事は、彼の子が生きているという確信があっての事だろう。その人物を特定するまでは帰れない」


 清嗣翁との会談で彼が言った謎めいた台詞。

 ――形式に囚われ過ぎれば、それ自体を目的と勘違いしてしまう――

 「形式」と「目的」というのにメッセージが込められている気がして、保憲はずっと考えていた。翁が遺言に込めた「目的」を考えた時、それがただ、清一氏の孫に遺産を継がせるためだけでない気がしてきたのだ。

 遺産を継がせる相手の存在を知った上で、敢えて捜索させる。それが「目的」のための「形式」ではないのか。

 だが未だ、その「目的」に辿り着けるだけの材料がない。或いは、目にした上でそれに気付けていない。

 そして、保憲の出任せ――五芒星やら六芒星やらという蘊蓄(うんちく)は、当然デタラメだ――それに乗せられた西宮司が(ほの)めかした「大熊一座」の失踪の真相。彼らが消息を絶ったのは、十三塚村で間違いないだろう。そして、十五の白骨の大部分である事も。

 そうであるなら、なぜ彼らは十三塚村に向かったのか?

 彼らと十三塚村を結び付けるのは、やはり半清一氏だ。

 彼が大熊一座を村に招いたとして、その目的は十三塚への人柱としてだろうか? いや、それは余りにリスクが高い。現に少しばかり大熊一座を知った保憲がこの宿にやって来ただけで、彼らが村へ向かったのは容易に判明したのだ。

 なら清一氏は何を目的に、一座を村へ招いたのか?

 そして、清一氏はなぜ姿を消したのか? 彼もまた十三塚へ埋められたとして、一体誰が?

 なぜ彼の息子までも同じ場所に?


 保憲の脳裏に、十三塚神社を退出する際、チラリと見てきた十三塚のあった場所が思い浮かぶ。

 社の裏手、片口川を見下ろす崖の上。

 かつて十三の塚による結界のあった場所は、その大部分が崩落し、崖の下にゴロゴロと石が積み重なっているだけになっていた。周囲を木々に覆われ湿度の高いあの場所であれば、土葬されれば骨の形は百年と持つまい。

 あの村が発見されたのが江戸中期。西宮司の言っていたように、村に迷い込んだ者を埋めたとして、沼田藩に編入されて以降もそのような事をしていたとは考えにくい。村の存在を隠す意味がないからだ。

 江戸中期以前、二百年も前の骨ならば、既に形がなくなっているだろう。

 つまり、あの十五の白骨が老仏温泉に流れ着いたのは、西宮司の言うようにたまたま十五(・・・・・・)だったのではなく、全てで十五(・・・・・)だったのだ。


 江戸の中期以降行われていなかった人柱を行った五十年前に、一体何があったのか? そこに、全ての謎を解く鍵が隠されているような気がしてならない。

 それを知るためには再び、村へ足を向けねばならないだろう。


 しかし、ひとつだけ分かった事はある。

 村人たちが崇め、畏れる神──それは、自らが十三塚に込めた『呪い』に違いない。

 大正の世にあって、今だに落人当時の怨みと恐怖を抱えたまま生きている……それが昨今の開放的な風潮に当てられた時、大きな歪みが生まれるに違いない。

 何も起こらなければ良いが。


 保憲が物思いに耽っている間、黙々と食事をしていたいすゞは、箸を置くと呟いた。

「私も残ります」

「…………」

「記者として、このまま帰っては進歩がない気がするんで」

「しかし、ミステリィとして面白おかしくは書けない内容かもしれないが」

「私は小説家じゃなく記者ですから。それが使えるか使えないかを判断するのは、編集長の仕事です」

「次は村から戻れないかもしれないぞ」

 すると、いすゞは首を竦めた。

「もしもの時のために、父から群馬県警に、一言言っておいてもらおうかしら」


 ――二人は知らなかったが、実はこの時既に、保憲の兄の忠行によって、群馬県警のとある人物に連絡が入っていたのである。

「……弟さんが、十三塚村に?」

「ええ。老仏温泉に宿を置いて行き来しながらのようですが、不肖の弟がご迷惑を掛けるかもしれませんので、宜しく頼みます」

「子爵は家族思いであられますね」

「あなた様にそう言われるとは恐れ多い。あなた様も、どうか御身(おんみ)をお大事に――百々目(どどめ)警部補殿」


 ◇


 ――翌日、五月六日は朝から雨だった。深夜より降り始めた雨が、旅館の玄関先の躑躅(ツツジ)を艶やかに濡らす。

 さて今日はどうしたものかと、保憲は一人、部屋から温泉街の通りを眺めていた。元々客が少ないところにこの雨である。人影のない通りは閑散としている。

 ……と、そこを自動車が通り過ぎた。観光地であるからハイヤーは珍しくないが、二台三台と連なって行くのは只事ではなかった。

 そして、その後に警察の赤色に塗られたバイクが続いたから、保憲は確信した。

 ――事件だ。

 彼は寝間着に上着を引っ掛けて旅館の玄関を飛び出した。そして車列の最後尾が温泉街を抜けて先へと進むのを見て、血の気が引くような思いを抱いた。


 この先にあるのは、十三塚村より他にない。


 ――保憲の予感は的中していた。

 片口川を渡る橋の手前の原っぱで車列は停まり、雨の中へと降り立ったのは、制服私服の警官たちの集団であった。

「現場は半家の裏手の養蚕研究所である。本官に続け」

 上官らしい警官の後に、手に縄やら道具箱やらを持った警官たちが続く。

 隊列を組んで進む彼らを見送った、車列の最後の後部座席で、書類に目を通していた男が運転手に問うた。

「被害者は、半製糸工業の会長・半清嗣氏に間違いないのかね?」

「はい。通報者――熊造という男ですが、そいつが早朝、老仏温泉の駐在所に駆け込んできて、そう言ったそうです」

「その男が第一発見者なのか?」

「いや、遺体を発見したのは使用人の女だそうです。確か、千代と言っておりました」

「ふむ」

 男は書類を運転手に渡すと、厳しい目を村に向けた。

 雨に煙る藁葺き屋根は陰鬱(いんうつ)で、薄墨を塗りたくったような雲が一層、冥冥(めいめい)たる趣きを増している。

 殺人事件を扱う部署にいる以上、これは日常のはずなのだが、彼は事件に向き合う事にどうにも慣れない。いや、現場に向き合うほどに、彼の心は削られ、より深く痛むようになった。

 きっと警察官という職に向いていないのだろう。彼はそう自覚していた。それでも彼がそこに身を置くには理由があった。

「……御身をお大事に、か……」

 彼は昨晩、電話越しに言われた一言を思い出した。

 ――最も国民生活に関わる公職に就く。

 そう決めたのは彼自身であるからには、弱音を吐く訳にはいかない。

「我々も行きましょう、百々目警部補」

 書類を鞄に収めた運転手が振り返る。彼は部下の長谷(はせ)刑事だ。

「そうだな」

 彼は三つ揃いの襟元を正し、車を降りた。


 ――だがこの時、彼はまだ知る由もなかった。

 この事件が、十三塚村に()ける忌まわしい連続殺人事件の、幕開けに過ぎない事を。

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