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十三塚ノ村  作者: 山岸マロニィ
【肆】十三塚
18/70

(16)

 東馬家を後にした二人は、十三塚神社へと向かった。用のついでと、川上家の新家のとし子という若い女工が案内してくれる。

 吊り橋への辻にあるペンキ塗りの建物に来ると、玄関先で煙草を吸っている男に彼女は軽く頭を下げた。

「村長さん、こんにちは」

 だがでっぷりとした腹を持て余すように紫煙を吐き出しただけで、男は挨拶しなかった。

 少し過ぎてから、いすゞが呟く。

「感じ悪いわね」

「ええ、昔からああいうお人です」

 とし子は苦笑した。

 ――川上(かわかみ)琢敬(たっけい)。川上家の当主であり、村長だ。

 彼が立っていたあの建物は、かつては繭の加工場として使われていたが、今は半家の研究所にその場を移したため、名目上は「役場」となっているらしい。とはいえ、役人が詰めている訳ではない。名こそは「村」となっているが、病院も駐在所もない僻地だ。実質、老仏温泉の飛び地の扱いのため、役場の建物はほとんど空っぽであり、たまに集会所として使われる程度だという。

「それでも、村長だってところを見せたいんでしょうね、暇があると役場に来て、ふんぞり返ってるんです。でも、御館様ご一家にはペコペコして、まるで提灯(ちょうちん)持ちなんですよ」

 一応身内ではあるのだが、とし子は辛辣だ。


 いすゞに聞いた通りのスリル満点の吊り橋を渡り、石段を上ると鳥居が見える。開室の儀でもそうだったが、やはり、赤い紙垂の下がった注連縄というのには、どうにも慣れない。

 午前中の務めを終えた西宮司は既に普段着に着替え、境内を掃き清めていた。そこにとし子が声を掛ける。

「こんにちは。喜子ちゃんにこれを。お饅頭を頂いたものですから」

 と、先程の炭酸饅頭を幾つか包んだものを、彼女は西宮司に差し出した。

「それは有難い。神前にお供えしてから、家内に食べさせよう」

「元気なお子さんが生まれるといいですね」

 いすゞから「御新造さんがいる」とは聞いていたが、身重だったとは。栄養を付けようという心遣いなのだろう。二人の仲の良さが伺えると、保憲は思った。

「では、これで」

 とし子が会釈をして去ると、西宮司は残った二人を見て顔を曇らせた。

「まだ、何かご用で?」

 そこで保憲は前に踏み出し、内ポケットから名刺を取り出した。

「土御門と申します」

 西宮司は目を見開いた。


 ――いすゞにとっては、再びの社務所の座敷。身重の御新造さんに茶を呈され、保憲は湯呑みに口を付けた。

「土御門と申されますと、やはり陰陽頭(おんみょうのかみ)の」

 陰陽頭とは、平安の頃より暦を取り仕切ってきた陰陽寮の長官である。安倍晴明を祖とする土御門家は、代々陰陽寮にて重職に就いてきた。

 現在の暦とは、ただ日付を確認するためのものに過ぎないが、昔は吉凶を(かんが)み全ての行事を定める重要なものであったのだ。そのため、戦に陰陽師が従軍した例もあったらしい。

 西家がそのような立場であったのではと、保憲は推測していた。そして先程の東馬雄二の話で確かなものとなった。


 案の定、土御門の名を聞いた途端、西宮司は反応を見せた。

「私どももかつては『陰陽師』を名乗っておりました。もちろん、末席ではございますが」

 西宮司は額の汗に手拭いを当てる。

「まさか、宗家の方にお越しいただくとは」

「いえ、ただの居候です」

 のらりくらりと返答をする保憲に、西宮司は訝しい目を向けた。

「そのようなお方が、何のご用で?」


「『十三塚』には、どのような呪いを込めていたのですか?」


 仏頂面の保憲の言葉に、西宮司は固まった。噴き出した汗が血の気の引いた頬を伝う。まるで溺れた魚のようにアワアワと口を開閉してから、彼は乾いた声を絞り出した。

「な、なぜ、それを……」

十三(・・)という数です。十三塚は、真ん中にひとつと、残り十二を周囲に配していたそうですね」

「え、ええ、まあ……」

「その形は、六芒星を模してはいませんでしたか?」

 保憲が指で宙に描く形を見て、中宮司はギクッと身を震わせた。

「あなたも陰陽師ならご存知でしょう。通常、陰陽道では五芒星を使います。五行の調和を示す安定の形です。一方、六芒星の用途は違う。悪しきものを封じる、(ある)いは力の伝播に使う……違いますかな?」

 いすゞは唖然と保憲を眺めた。彼が家柄に似つかわしい事を言い出したので驚いたのだろう。

「この村の成り立ちからして、だいたいの想像はつく。十三塚の起源は、源氏の目を(あざむ)くためというのは方便で、実は、源氏を呪うものだったのではありませんか?」

 静寂が座敷を包む。やがて西宮司は大きく息を吐くとガクリと肩を落とした。

「仰る通りです」

「お認めになりましたね。では……」

 保憲の声色は淡々としている。しかし有無を言わさぬ冷酷さがあった。

何を(・・)、呪いの核にしたのですか?」

 空気が張り詰めた。重苦しい緊張が、いすゞの呼吸をも止めた。

 保憲は追い詰める。

「その呪いが強ければ強いほど、代償としてのモノも大きくなる。千年もの間、白い色を禁じるほどの怨みを募らせてきたくらいですから、形だけという事はないでしょう――十三塚の中身は、空ではなかった」


 針が刺すような緊張は、諦めた西宮司の薄笑いで解かれた。

「……敵いませんな、さすが陰陽頭だけはある」

「私は陰陽師などではありません。それに、明治以降、陰陽師というものは存在しません」

 西宮司は茶を一口飲み、乱暴に盆に戻した。

「確かに、人柱(・・)が埋まっていました」

「旅芸人の一座ですか?」

「あぁ、そんなのもいたかもしれません」

 そう言ってから、西宮司は血走った目を保憲に向けた。

「この村の成り立ちをご存知なら、この村がどのようにしてこの地で生きてきたのかも、想像できるでしょう。源氏の目から逃れるため、ひっそりと、息を潜めるようにして生きてきた。けれども時折、迷い人が訪れる。それをそのまま送り出しては、村の存在が他に知れてしまう」

 西宮司の口がニッと吊り上がる。


「そういう人たちを、十三塚に埋めたんですよ」


 いすゞは息を呑む。ハイヤー運転手が言っていた「十三塚村に行った者は戻らない」という噂話は、本当だったのだ。

「それがたかが十五や十六だとお思いですか? この千年、三桁は下らない数を埋めたという話ですよ。そのうちのたった十五が、下流に流れ着いたというだけの事です……あなた方も、気を付けた方がいい」

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