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ミステリショートショートシリーズ

雨ざらし

掲載日:2025/02/28

弦のある楽器というのは。

その楽器の一部、または全体に。木材が使われていることが多い。


もっとも、エレキギターなどは少し、別ということにはなるが。

楽器によっても、選定される木材というのは変わってくる。

選びに選び抜かれて、何年か歳月を経た後に。

ようやく下準備開始、とか。







木の幹。

一部ナイフで切り取って、口に含む。

どんな味がするか。彼は何も言わない。


更にもう一回。

隠岐(おき)カンナは、黙ってその様子を見つめている。


「変なの」


と思いつつ。


若山という名の彼は、作り手だ。

カンナは一応、弾き手側。







片方、飛行機。

隠岐カンナと出雲(いずも)ミハヤは、地続きの道を列車で。


二手に分かれた、箏曲会(そうきょくかい)のメンバーたち。

それぞれに、受験を控えてもいる。

でも、ちょっとした修学旅行気分のところもある。


「ほんとは、飛行機がよかったなあ」


シート上で、トンネルに入る前に、ミハヤがそう言った。

トンネルに入ってからは音が凄くて、声がよく聞こえない。

桧垣野(ひがきの)中学校の三年生。

隠岐カンナも同じく。


「経費削減でしょ」


カンナはそう返す。

列車側は北海道。

飛行機側は阿蘇山を頂く、かの地へ。


まるで逆だ。

ただ各々、箏曲会メンバーであることには変わりない。







頭にタオルを巻いている、若山という名の男。


カンナが黙って見ていると、若山は幹から切り取った一部を、カンナにも差し出してきた。


「食べてみる?」


「嫌です」


カンナは即答する。


若山。


「だろうなあ」


「なんで、口に入れる必要があるんですか?」


「勘だよ。(こと)に良さそうだと思う桐の木は、ちゃんと選ばないと」







駅に着いたあと、出雲ミハヤの意見は変わっていた。

駅弁が、明らかに美味しそうであるという、理由により。


海産物の色の鮮やかさ。

粒の大きさ。

明らかに、カンナやミハヤの知っている同じものの、大きさではなかった。


「そう? こっちは温泉があるもんね~」


電話に出た。阿蘇側へ入った、メンバーからの一言。


「こっちはこっちで、温泉あるし」


とミハヤ。

その分、交通費は浮かせたに。違いない。


「経費削減には、変わりない」


とカンナ。







函館山には杉の木が多いとされているが、職人の若山が居る工房では。

箏の製造のために、桐を取り扱っている。

一部、そのための森林を、拵えているという話で。


箏曲会メンバー北側到着組は、まず。サミットで使うであろう知識のために。

函館山のあまり、知られていない工房へ。

担当教員の、甘木(あまぎ)に連れて来られた。


サミットというのは、各国交流のサミットのことで。

中学三年生のカンナたちにとっては、参加するという点において。

有利に働くという点も、一応付け加えられている。

主に推薦などで、だ。


サミットの規模としては、決して大きくはない。

しかし、受験を控えた学生たちにとっては、大仕事と言えば大仕事。


各国交流という点で、「日本の伝統」を紹介するコーナーがあり。

そこに桧垣野中学校が、招かれたのである。

名誉と言えば、名誉なことで。

サミットは、北海道は函館。

一方、阿蘇のほうも似てはいる。ただこっちは、国内のみの交流イベントだ。


「どっちとしても。箏曲会にとっては、大きなポイントよ」


と担当教員の甘木。


カンナとミハヤの担任でありかつ、数学教員。

カンナの苦手分野。

補修ではよく、お世話になる。


「加えて、推薦でも大きなポイントになる」


甘木は、メンバーへ念を押して言った。







桐は数年、風雨にさらし。

雨ざらしの状態で、外に出したまま「乾燥」をさせるという。


結局、桐から切り取った幹を。「食べなかった」カンナだが。

大量に平積みにされたその桐。

角材として山積みにされている、を圧巻の(てい)で眺めている。


工房へ来て、知識を蓄える。

その後、旅館へ。







箏曲会は、プロ集団ではない。

師範が居て、箏を本格的に習っていたとしても。

習う当人が師範代になれるのは、二十歳前後だからだ。


カンナもミハヤも、中学に入って始めた感じだった。

部活で。プロ集団ではなく、箏曲会という部活集団。

それでも、演奏の腕前は。

まあ交流イベントに呼ばれて、推薦ポイントも貰えるというだけあるからなあ。

と、ぼんやり、カンナは考えている。


工房内では、職人の何人かが作業中。

年月を経て、楽器として使えるまでに乾いた桐を。

手でひとつひとつ、彫っていくのである。







職人の若山が、桐の幹を食べたように。

箏を演奏する前。爪を付ける前だ。

指を舐める者が居る。

教員の甘木がそうだ。


本当のプロになると、やらない人が多いが。

カンナの眼から見ると、アマチュア勢はよくやるのではないだろうか。

という推量に至っている。

師範代にも、やる人は居るらしい。


「甘木先生だったら、桐。食べたりするのかな」


職人には女性も多い様子で。

乾ききった桐の角材を、彫っていく作業を進めている。

表現が滑らかで、美しい角材。


「食べるわけないじゃない」


とカンナ。


「カンナだって、指舐める派でしょう。あんたの方が食べそう」


「うえー、食べるわけないでしょう」


「真面目に見学しろ」


「分かった」


工房を見に来たメンバーは、総勢で十二人。

甘木も含めて。


当の甘木は、若山の隣に居て説明の補足をしている。


甘木が、女性の職人たちを見る。

その視線。カンナは気になった。

何だか、妙に鋭い。







ミハヤも甘木と同じく、箏を弾く前に。

爪を付ける前に、指を舐める。

というより、しゃぶる。

一番手っ取り早く、指を湿らすことの出来る方法だから。


箏の爪は基本的に、固い。

指に湿り気があったほうが、フィットしやすい。

だが、この日の練習前。

甘木は指を舐めなかった。

ミハヤは、相変わらず。


旅館で合同練習。

それも夕食後だ。

温泉とは言うが。観光ではない。

観光目的が、推薦へのポイントになるというのなら。話は別だが。


「なんかさあ」


とミハヤは言った。


カンナとミハヤ、他三人が相部屋。


「甘木先生、様子ちょっと違わなかった?」


「どのへん?」


とカンナ。


「血の気が上がっていたのよ。演奏の最中。あれかなあ」


「なに」


「若山って人と、出来ていたりして」


「バカ」


とカンナは言ったものの。


若山の隣に居た甘木は。

なんとなく、照れくさそうにしていたようにも。

カンナにも、見えたかもしれない。


「わざわざ、工場見学させたのって。それかもね。若山に、自分が会いに行くためとか」


とミハヤ。


「おい、推薦に響くぞ」


とカンナ。


そして、温泉のため。

ブラウスのボタンを取り。







実際、旅館の料理もまずくはなかった。

駅弁と同様、海産物は粒が大きく。

ご飯もツヤツヤしていた。


ただ、ミハヤの場合。

食べ過ぎも、あったのかもしれないし。

緊張もあったのかも、しれないが。


ミハヤを含めた二人、次の日の本番を休むことになった。


「知恵熱ってやつかしらねえ」


と甘木。


二人は熱を出して、夜中に別室へ移った。


「疲れもあったのかもしれないですが、困りましたね……」


「隠岐には頑張ってもらわないとな」


「ハイ……」


カンナが顔を上げると。

甘木は言葉自体は優しかったものの。

眼が全然、笑っていない。

表情がない。







カンナは普段でも。

あまり指を舐めることはしないが。


教員の甘木が、いつもの癖を。

偶然ではない、サミットの本番でも指を舐めないのだ。

三回のリハーサル中、三回とも。


だから、より注意しなければならないのかもしれない? とカンナは思った。

北海道へ来てから、一度も指を舐めていないのは。

偶然じゃない。

普段の部活では、当たり前のように。舐めているのに。


昨日のミハヤは、いつもと変わらずに。

指を舐めて、爪を付けていた。

それで? 今の演奏本番には、来ていない。







「折角の推薦ポイントが、こんなんじゃ台無しだわ」


布団。

旅館の布団で。

ミハヤは、べそをかきながら訴えた。


「どうしよう」


「そこは、甘木がなんとかしてくれると思う」


カンナは、見舞いながら言う。


「本当かなあ」


グスグスいう、ミハヤ。


三日目。

北海道は函館に来て三日目だ。

何人か、体調がすぐれないと言ってくる生徒が出てきて。


甘木は困り果てていた。

困り果てながら、再び函館山の工房へ。


「地球」のシンボルを特別にあしらった、箏。

若山が特別に、サミットに向けて作製したものだ。

それで、車で取りに行くのに、甘木と担当者。

カンナと生徒数人で。


「先生……」


とカンナ。


「ミハヤ、推薦どうなるんでしょう」


甘木は何も言わない。


やがて、


「今は残ったメンバーで、頑張りましょう」


とだけ一言。


カンナは考えを巡らせる。

本当に、悪いものを食べただけ、なんだろうか? と。







「悪いものを食べた? 言っとくけれど、ここらに食べ物に関して。悪さする連中なんかいないと思うけれど」


工房に若山がいなかった。

カンナはふと思って、桐の木の密生する場へ来て見て。

やはり居た。


今日も、桐の幹を食っている若山。


「お腹、壊しません?」


「壊さない壊さない。で」


工房に戻って渡された、特注の箏。

合計で三面。

十七弦が一面。


「じゃあ、車へ……」


と言って、甘木が一つ担ごうとする。

若山が手を添えようとして、ふいにふらついた。

床に手をつく。


カンナはよく見ていなくて。

箏一面に手を掛けたところで、気が付いた。


気が付いたときには、甘木が若山の元へ駆け寄っていた。

手に光るもの。

カンナは箏を、話した。

一面が倒れた。ものすごい音。

それよりも、甘木のところへ駆けて。

若山と引き離す。


「せ、先生……」


とカンナ。


甘木の眼の鋭さは、そのまま。

函館に来た時からずっとの、鋭い眼光だ。


ミハヤは、正しかったのかもしれない。


『甘木は、若山に会いに来る口実が欲しかった』


「先生……」


カンナは言った。


「函館入りしてから。指、舐めてないですよね。一度も」


甘木は何も言わず、カンナを睨んでいる。


若山も、ミハヤも。

恐らく。

証拠なんかないが。


特注の箏で演奏することになった当日。

カンナは参加しなかった。

ボイコットした。


推薦のポイントはどうなる?


カンナは旅館の部屋で、寝込むミハヤの元に居て。


甘木じゃない教員に、訴えるしかないだろう。

とカンナは思っていた。


たぶん。

サミットの演奏は、台無し。


証拠はない。

何人も倒れた、というだけで。

  

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