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ミステリショートショートシリーズ

雨ざらし

弦のある楽器というのは。

その楽器の一部、または全体に。木材が使われていることが多い。


もっとも、エレキギターなどは少し、別ということにはなるが。

楽器によっても、選定される木材というのは変わってくる。

選びに選び抜かれて、何年か歳月を経た後に。

ようやく下準備開始、とか。







木の幹。

一部ナイフで切り取って、口に含む。

どんな味がするか。彼は何も言わない。


更にもう一回。

隠岐(おき)カンナは、黙ってその様子を見つめている。


「変なの」


と思いつつ。


若山という名の彼は、作り手だ。

カンナは一応、弾き手側。







片方、飛行機。

隠岐カンナと出雲(いずも)ミハヤは、地続きの道を列車で。


二手に分かれた、箏曲会(そうきょくかい)のメンバーたち。

それぞれに、受験を控えてもいる。

でも、ちょっとした修学旅行気分のところもある。


「ほんとは、飛行機がよかったなあ」


シート上で、トンネルに入る前に、ミハヤがそう言った。

トンネルに入ってからは音が凄くて、声がよく聞こえない。

桧垣野(ひがきの)中学校の三年生。

隠岐カンナも同じく。


「経費削減でしょ」


カンナはそう返す。

列車側は北海道。

飛行機側は阿蘇山を頂く、かの地へ。


まるで逆だ。

ただ各々、箏曲会メンバーであることには変わりない。







頭にタオルを巻いている、若山という名の男。


カンナが黙って見ていると、若山は幹から切り取った一部を、カンナにも差し出してきた。


「食べてみる?」


「嫌です」


カンナは即答する。


若山。


「だろうなあ」


「なんで、口に入れる必要があるんですか?」


「勘だよ。(こと)に良さそうだと思う桐の木は、ちゃんと選ばないと」







駅に着いたあと、出雲ミハヤの意見は変わっていた。

駅弁が、明らかに美味しそうであるという、理由により。


海産物の色の鮮やかさ。

粒の大きさ。

明らかに、カンナやミハヤの知っている同じものの、大きさではなかった。


「そう? こっちは温泉があるもんね~」


電話に出た。阿蘇側へ入った、メンバーからの一言。


「こっちはこっちで、温泉あるし」


とミハヤ。

その分、交通費は浮かせたに。違いない。


「経費削減には、変わりない」


とカンナ。







函館山には杉の木が多いとされているが、職人の若山が居る工房では。

箏の製造のために、桐を取り扱っている。

一部、そのための森林を、拵えているという話で。


箏曲会メンバー北側到着組は、まず。サミットで使うであろう知識のために。

函館山のあまり、知られていない工房へ。

担当教員の、甘木(あまぎ)に連れて来られた。


サミットというのは、各国交流のサミットのことで。

中学三年生のカンナたちにとっては、参加するという点において。

有利に働くという点も、一応付け加えられている。

主に推薦などで、だ。


サミットの規模としては、決して大きくはない。

しかし、受験を控えた学生たちにとっては、大仕事と言えば大仕事。


各国交流という点で、「日本の伝統」を紹介するコーナーがあり。

そこに桧垣野中学校が、招かれたのである。

名誉と言えば、名誉なことで。

サミットは、北海道は函館。

一方、阿蘇のほうも似てはいる。ただこっちは、国内のみの交流イベントだ。


「どっちとしても。箏曲会にとっては、大きなポイントよ」


と担当教員の甘木。


カンナとミハヤの担任でありかつ、数学教員。

カンナの苦手分野。

補修ではよく、お世話になる。


「加えて、推薦でも大きなポイントになる」


甘木は、メンバーへ念を押して言った。







桐は数年、風雨にさらし。

雨ざらしの状態で、外に出したまま「乾燥」をさせるという。


結局、桐から切り取った幹を。「食べなかった」カンナだが。

大量に平積みにされたその桐。

角材として山積みにされている、を圧巻の(てい)で眺めている。


工房へ来て、知識を蓄える。

その後、旅館へ。







箏曲会は、プロ集団ではない。

師範が居て、箏を本格的に習っていたとしても。

習う当人が師範代になれるのは、二十歳前後だからだ。


カンナもミハヤも、中学に入って始めた感じだった。

部活で。プロ集団ではなく、箏曲会という部活集団。

それでも、演奏の腕前は。

まあ交流イベントに呼ばれて、推薦ポイントも貰えるというだけあるからなあ。

と、ぼんやり、カンナは考えている。


工房内では、職人の何人かが作業中。

年月を経て、楽器として使えるまでに乾いた桐を。

手でひとつひとつ、彫っていくのである。







職人の若山が、桐の幹を食べたように。

箏を演奏する前。爪を付ける前だ。

指を舐める者が居る。

教員の甘木がそうだ。


本当のプロになると、やらない人が多いが。

カンナの眼から見ると、アマチュア勢はよくやるのではないだろうか。

という推量に至っている。

師範代にも、やる人は居るらしい。


「甘木先生だったら、桐。食べたりするのかな」


職人には女性も多い様子で。

乾ききった桐の角材を、彫っていく作業を進めている。

表現が滑らかで、美しい角材。


「食べるわけないじゃない」


とカンナ。


「カンナだって、指舐める派でしょう。あんたの方が食べそう」


「うえー、食べるわけないでしょう」


「真面目に見学しろ」


「分かった」


工房を見に来たメンバーは、総勢で十二人。

甘木も含めて。


当の甘木は、若山の隣に居て説明の補足をしている。


甘木が、女性の職人たちを見る。

その視線。カンナは気になった。

何だか、妙に鋭い。







ミハヤも甘木と同じく、箏を弾く前に。

爪を付ける前に、指を舐める。

というより、しゃぶる。

一番手っ取り早く、指を湿らすことの出来る方法だから。


箏の爪は基本的に、固い。

指に湿り気があったほうが、フィットしやすい。

だが、この日の練習前。

甘木は指を舐めなかった。

ミハヤは、相変わらず。


旅館で合同練習。

それも夕食後だ。

温泉とは言うが。観光ではない。

観光目的が、推薦へのポイントになるというのなら。話は別だが。


「なんかさあ」


とミハヤは言った。


カンナとミハヤ、他三人が相部屋。


「甘木先生、様子ちょっと違わなかった?」


「どのへん?」


とカンナ。


「血の気が上がっていたのよ。演奏の最中。あれかなあ」


「なに」


「若山って人と、出来ていたりして」


「バカ」


とカンナは言ったものの。


若山の隣に居た甘木は。

なんとなく、照れくさそうにしていたようにも。

カンナにも、見えたかもしれない。


「わざわざ、工場見学させたのって。それかもね。若山に、自分が会いに行くためとか」


とミハヤ。


「おい、推薦に響くぞ」


とカンナ。


そして、温泉のため。

ブラウスのボタンを取り。







実際、旅館の料理もまずくはなかった。

駅弁と同様、海産物は粒が大きく。

ご飯もツヤツヤしていた。


ただ、ミハヤの場合。

食べ過ぎも、あったのかもしれないし。

緊張もあったのかも、しれないが。


ミハヤを含めた二人、次の日の本番を休むことになった。


「知恵熱ってやつかしらねえ」


と甘木。


二人は熱を出して、夜中に別室へ移った。


「疲れもあったのかもしれないですが、困りましたね……」


「隠岐には頑張ってもらわないとな」


「ハイ……」


カンナが顔を上げると。

甘木は言葉自体は優しかったものの。

眼が全然、笑っていない。

表情がない。







カンナは普段でも。

あまり指を舐めることはしないが。


教員の甘木が、いつもの癖を。

偶然ではない、サミットの本番でも指を舐めないのだ。

三回のリハーサル中、三回とも。


だから、より注意しなければならないのかもしれない? とカンナは思った。

北海道へ来てから、一度も指を舐めていないのは。

偶然じゃない。

普段の部活では、当たり前のように。舐めているのに。


昨日のミハヤは、いつもと変わらずに。

指を舐めて、爪を付けていた。

それで? 今の演奏本番には、来ていない。







「折角の推薦ポイントが、こんなんじゃ台無しだわ」


布団。

旅館の布団で。

ミハヤは、べそをかきながら訴えた。


「どうしよう」


「そこは、甘木がなんとかしてくれると思う」


カンナは、見舞いながら言う。


「本当かなあ」


グスグスいう、ミハヤ。


三日目。

北海道は函館に来て三日目だ。

何人か、体調がすぐれないと言ってくる生徒が出てきて。


甘木は困り果てていた。

困り果てながら、再び函館山の工房へ。


「地球」のシンボルを特別にあしらった、箏。

若山が特別に、サミットに向けて作製したものだ。

それで、車で取りに行くのに、甘木と担当者。

カンナと生徒数人で。


「先生……」


とカンナ。


「ミハヤ、推薦どうなるんでしょう」


甘木は何も言わない。


やがて、


「今は残ったメンバーで、頑張りましょう」


とだけ一言。


カンナは考えを巡らせる。

本当に、悪いものを食べただけ、なんだろうか? と。







「悪いものを食べた? 言っとくけれど、ここらに食べ物に関して。悪さする連中なんかいないと思うけれど」


工房に若山がいなかった。

カンナはふと思って、桐の木の密生する場へ来て見て。

やはり居た。


今日も、桐の幹を食っている若山。


「お腹、壊しません?」


「壊さない壊さない。で」


工房に戻って渡された、特注の箏。

合計で三面。

十七弦が一面。


「じゃあ、車へ……」


と言って、甘木が一つ担ごうとする。

若山が手を添えようとして、ふいにふらついた。

床に手をつく。


カンナはよく見ていなくて。

箏一面に手を掛けたところで、気が付いた。


気が付いたときには、甘木が若山の元へ駆け寄っていた。

手に光るもの。

カンナは箏を、話した。

一面が倒れた。ものすごい音。

それよりも、甘木のところへ駆けて。

若山と引き離す。


「せ、先生……」


とカンナ。


甘木の眼の鋭さは、そのまま。

函館に来た時からずっとの、鋭い眼光だ。


ミハヤは、正しかったのかもしれない。


『甘木は、若山に会いに来る口実が欲しかった』


「先生……」


カンナは言った。


「函館入りしてから。指、舐めてないですよね。一度も」


甘木は何も言わず、カンナを睨んでいる。


若山も、ミハヤも。

恐らく。

証拠なんかないが。


特注の箏で演奏することになった当日。

カンナは参加しなかった。

ボイコットした。


推薦のポイントはどうなる?


カンナは旅館の部屋で、寝込むミハヤの元に居て。


甘木じゃない教員に、訴えるしかないだろう。

とカンナは思っていた。


たぶん。

サミットの演奏は、台無し。


証拠はない。

何人も倒れた、というだけで。

  

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