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予感 2




隆之さんが機転を利かせて予約を入れてくれたカラオケ店、

通された部屋は10人が入れる広い部屋で、プラネタリウムみたいな天井を見上げていると、あの日浩二とはじめて入ったホテルの天井を思い出した。




「………誰かとこういう天井がある所に来た事あるの?」



「むかし、彼と……」



「彼のこと……好き?」



「いえ、今は分からな………」



言いかけて、振り向きざまに私の耳に届く位置に腰を折った伊織 要……要さんとバッチリ眼が合って、心臓が跳ね上がった。



「ひあぁぁっ!!」



突然の事に悲鳴が上がり、体勢がふらりと崩れるも、またしても伸びてきた長い腕によってそれを防がれた。



「……くっくっ、大丈夫?」



「なっ!なんでそんなっ!」



「はいはーい、イチャつくのは中に入ってからにしてくださーい」



出入り口を塞いでしまっていた私達を窘め、亜紀が柏手を打つように手を叩く。



「んなっ!?」



抗議しようにもなだれ込んできたみんなに押し流され、ラッキーな事だと言えるか分からないけれど、彼との間に距離ができた。



「なにやってんですか?芽衣先輩」



「芽衣ちゃん先輩?どうしたんですか?」



「み、美奈子ちゃん!咲希ちゃっ!よろしくっ!」



「はい?」



ふたりがそろって首を傾げる中、何かを察知した敦くんと大樹くんが要さんの肩に手をまわし、向かって左壁に設置されているソファー中央へと導いてくれた。



部屋は至って単純、入り口を入ると左右の壁に沿ってビニールレザーの5人掛けソファーが置かれ、中央には人工大理石のテーブルが据え置かれている。



私は出来るだけ彼から離れていようと心に決め、彼らの反対側、右側のソファーの端っこに腰掛けて隆之さんと亜紀の二重ガードを手に入れていた。



「もぉー、あんたいいの?」



「え、なにが?」



呆れたように前方を指差す亜紀と、憐れみながらもどこか楽しそうな隆之さんがチラリと視線を向ける。


彼……要さんは左右を咲希ちゃん敦くんペア、そして美奈子ちゃんと大樹くんのふたりに挟まれ、感情の見えない表情でメニュー表に目を通しながら、時折ふたりに話し掛けられると優しげな微笑を浮かべてそれに応えていて……。



「…………………」



なによ、結局のところ誰でもいいんじゃないの?

元々ふたりのどちらか、もしくはふたりともを気に入ってわざわざ敦くん達に声を掛けさせたんだもの。


あんなに楽しそうに笑っちゃって。

さぞかし気分がいいはずでしょう。



でも……。


でもなんでだろう、ほんの少しだけ胸の内側がモヤモヤする。


咲希ちゃんは大丈夫だろうけど、美奈子ちゃんの気持ちは分からない。


もし美奈子ちゃんが彼に好意を寄せていたら?


そう考えると、まるで胸の中に小さな棘が刺さったようにチクチクした。



でも待って。

私がこんなモヤモヤした気持ちになるのっておかしくない?


そう……、



「気のせい、よ」



そんな呟きで自身の気持ちを誤魔化しているって、本当は分かっているんだ。


でも今の私はそれを認める訳にはいかない。




やがて注文を入れた飲み物がそれぞれに届き、2度目の乾杯を済ませると敦くんのアップテンポな曲が始まった。



隣の亜紀と隆之さんは、


『男女の友情は成立するのか?』


をテーマに、熱い談義を繰り広げていて、



「ヤッちまったらダメだろー」



「そもそも下心のない男なんて居るのぉ?」



どうやら意気投合したようで、話題が途切れる事はなさそうだ。



そして目の前の5人に目をやると大樹くんと美奈子ちゃんが次の曲を選んでいて、


その様を如何にも興味なさげにのんびり眺める要さんの姿があって、グラスを傾けると同時に喉仏が滑らかに上下している。



迂闊にもその姿に見とれてしまう自分がいて、私は急いで頭を振り、自分の意識を目の前のグラスへと戻したのだった。

 


そして飲みかけのピーチフィズを口に含みながら、スマホを開いて履歴を確認する。



着信履歴  なし

新着メッセージ 0件



やっぱり浩二からの連絡はない。


元々そんなに頻繁に連絡を取り合っている訳ではないけれど。



でもね、何だか寂しいよ、


浩二……。





「別れちゃいなよ」



ふと顔を上げると、

亜紀と隆之さんが心配そうに顔を覗き込ませていた。



「少し話聞いたんだけどさ、思うに、つき合うってそんなんじゃないだろ?

よく“空気みたいな存在”って言うけどさ、空気を感じる時間すら作らないヤツはダメだ」



隆之さんの言葉に亜紀が同意と言わんばかりに強く頷く。



「女はさぁ、例え少ない時間でも

そこに愛を込めて貰えれば幸せじゃん? 芽依は今、幸せ?」




そんな亜紀の問いに、



幸せだよ!

と言い返せない自分が、

そこにはいた。




「まぁ、よく考えなさいよ」



黙ったままの私の手を、亜紀がポンッ!と叩く。



「お薦め物件ならあそこに……」



そう言って隆之さんは要さんの方を指差して、ニッ!と笑いジワを浮き立たせた。



「もともと俺等、合コンとかしないんだけどよ、なんか今回やけにあいつが乗り気でな。

しかもどんな女にも興味を示さないのに、どうやら相当、芽依ちゃんの事を気に入ってるみたいなんだよな」



チラッと目をやると、当の本人はジンの入ったグラスを傾けながら中の氷を眺めている。



「あいつ、めちゃくちゃ一途でマメだぞ? 俺があの顔だったら絶対遊びまくってるな!」



はいはい、と隆之さんの顔を押し退けながら、亜紀も賛成の意を唱える。



「わたしも良いと思うよ」



「えっ、でもみんなはどうなの?みんな要さんのこと狙ってたり……」



「あぁー、無理よ!たぶん扱い切れない!って言うか、それ以前に相手にされない。美奈子や咲希もそう感じてると思うよ?」



「……えっ、なんで?」



そう口にした時、

髪をかき上げる彼と不意に目が合い、私は慌てて視線をそらして俯いた。

 


正直、悪い気はしないにしても、

お薦めされても困るワケで……。



私は熱くなりかけた頬を隠すように残りのピーチフィズを一気に飲み干し、御手洗いに行くのを口実にして席を立った。




「………ふぅ」



通路に出てひと息つき、

くすんだ赤色のカーペットに視線を落としながら左へと曲がる。


その先の1本目の筋を右へ曲がれば受け付けと化粧室があったはずだ。



所々にシミの残るカーペットからゆっくり目線を上げると、


1組のカップルが仲良く腕を組み、ちょうど1本目の角を曲がる所だったのだけれど……。




ーーーえ?




見慣れた背中、

よく知る人物……。




ドクン……ッ。



心の奥深い所でなにか重いものがずしりと落ちて、みしりとひびが入る音がする。


追い掛けるように2人が消えた角を目指して走ったけど、足がもつれて上手く走れない。



違うよね?


見間違い……だよね?



つまずきながらやっとの思いで通路の角に辿り着き、震える足に力を入れて手を握り絞めた。



そしてそっと角から真実を確かめるべく、顔を覗かせると。




ーーーそこには、



他の女に腕を組まれて笑う、


浩二の姿があった。



女性は小柄な私よりも更に背が低く、白く柔らかそうなカラダつきはいかにも抱き心地が良さそうだ。



嘘………。



浩二、その子……誰?



一気に全身の力が抜け、ガクリと膝が崩れ落ちる。




………刹那、




「芽依ちゃんっ!?」



そんな私の身体を、

後ろから伸びてきた力強い腕ががしりと捉えて支え起こしてくれた。



「どうしたの? 何かあった?」



気遣うような優しい声。


要さんは支える片腕を、私ごと自分の胸へと引き寄せる。




「………二、……で?」



「えっ?」



「………浩……二、なん……で?」



知らずと漏れる、消え入りそうなか細い声。



「………大事な、接待だっ……て、言ってたじゃ、ない……」



要さんが店の出入り口に目をやり、会計を終え、女の肩を抱いて出て行く浩二の姿を確認した。



きっと勘違いなんかじゃない。



ふたりの醸し出す雰囲気で、

どんな関係なのかが安易に想像できてしまう。



それは彼女としての直感?


それとも女としての確信?





「………彼氏?」





ーーーコクン。




要さんの腕の中で、

私は小さく頷いた。

 



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