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予感 1





結局、2軒目は定番ながらカラオケと決まったものの、どこも大部屋が埋まっていて少し離れた場所へタクシーで向かう事となった。



「………ほら、乗って」



私は半ば強引に後部座席の奥へと押し込まれ、すぐさま続いて彼が乗り込む。


当然彼の肩には私のバックがぶら下がったままで……。



「俺は前の方が楽だから前に乗るわ」



「じゃ、わたし後ろね」



隆之さんと亜紀が素早く乗る場所を決め、亜紀が要さんの隣にその身を押し入れた。


もう1台の方にも、

助手席に大樹くん、後ろに

美奈子ちゃんと沙希ちゃん、敦くんが順に乗り込んでいるようで、

隆之さんが運転手に行き先を伝えて2台の車が動き出す。



遅い時間にも関わらず、

街には煌びやかなネオンが踊り、道行く人々はそれぞれの人生をその胸に抱きながら、陽炎のように揺れ動いていた。


その景色は後方へと緩やかに流れて行き、自分の人生もその内のひとつ、ちっぽけなものなんだという事を思い知らされる。



そんな車内、わずかな沈黙を隆之さんがとんでもない発言でぶち破り、楽しんでいるのか面白がっているのかよく分からない笑みを浮かべながら振り向いた。



「……要、お前かなり芽依ちゃんのこと気に入ってるだろ?」




「んー?まあね」



「……………え」



突拍子もない質問とその回答にギョッとなって目を見開くも、そんな私の驚きの声はあまりにも小さかった。



「お前にしては珍しいな。そもそも今回、なんか乗り気だったし」



隆之さんは前方を少し確認しながら、更に続ける。



「もともとさ、敦たちに咲希ちゃん達へ声を掛けさせたの、こいつなんだよ」



「えぇー、そうなの?」



亜紀が瞬時に割り込んだが、

当の本人、要さんは含み笑いすらせずに背もたれへ深く沈み込み、前方をぼんやりと眺めている。



…………ふうん。


この人が今回のきっかけとなった人か。


って事は、お目当ては美奈子ちゃんか沙希ちゃんなのでは?



……ん?私を気に入ってるって?



「はっ!!!」


私は慌てて身を乗り出し、危うく運転席と後部座席の間にある仕切りに顔面をぶつけそうになった。



「あっ、すみませ……っ!あっ、いや、待って!!私、彼氏いるんで!その、今日はどうしてもって頼まれて……。あの、すみません……っ!」



しどろもどろになりながらも必死に謝罪と理由を訴えたのだけれど、亜紀が間髪いれずに割り込んでくる。



「あんたねぇー!あんなのつき合ってるなんて言えないわよっ!」



まるで『いらないことを言うんじゃないわよ!』と言わんばかりにキッと睨みを利かせる亜紀が、



「ちょっと聞いてよぉー!」



と、私と浩二の今の現状を怒り心頭を発したように語り始めてしまった。



………そ、そりゃあ、


自分自身でも疑問に思ったりはしてるけど……。


一応、立場上は彼氏な訳だし……。




「………悪い、寝る。着いたら起こして。……ゴメン、芽依ちゃん肩貸して」



するとその傍らで話を聞いていた要さんがわずかにこちらへと身を寄せて座り直し、そう呟くように告げると私の左肩へ形の良さそうな頭を乗せた。


サラサラと柔らかな髪が零れ落ちてきて、私の中のどこかがトクンとひと鳴りする。

 



「…………それはないな!絶対にないっ!」



「でしょおー?」



隆之さんと亜紀は私と浩二の関係性について熱く語り合っていて、とてもではないけれど口を挟める状況ではなかった。



ううん、違う。


正確に言えば、そこに間違いがなかったからだ。


その上、自分の彼の事なのに庇おうだとか守ろうだなんて思いが、この時の私には浮かばなかったからだ。


薄情だろうか?

愛情不足だからなのだろうか?




………ダメだ、私も寝よう。


私は小さく鬱々しい息を吐き、頭をぐったりと項垂らせた。



するとその瞬間、ふわんと要さんの髪の香が控えめに舞い咲き、香水の類いではない、恐らく彼自身の発する香りが私を包みだす。



あ、いい匂い………。


確か人間や動物ってその相手の"匂い"によって相性が分かる、なんて事が解明されていて、遺伝子レベルで惹かれ合ったりするんだとか。



肩に乗った柔らかな髪が、私の首筋を風に揺れる綿草みたいに意地悪く(くすぐ)る。



この人がどんな人なのか、

なにを考えているのか、


私にはサッパリ分からない。



でもほんのちょっとだけなんだけど知ってみたいと思う自分もいて、願わくば私の匂いも彼にとって"良い香り"であって欲しいな、だんて酷く欲張りな事を考えてしまう。



………ううん、ダメよ。


きっと気のせいだ。

私には浩二がいるんだから。



でも………。


浩二の匂いってどんなだっただろう?


私、1度でも浩二の匂いを恋しく感じた事なんてあったっけ?



そんな事をうとうと考えながら、私は心地よい振動に身を任せ、静かに瞼を下ろした。




しかしそれは、

しばらく経っての事だった。


薄らしたまどろみの中。



「……………っ」



突如として、なにか温かな感触が左手をなぞった。


その温もりが私の左手に触れるとそっと重なり出すのを感じる。



………えっ?……えっ?えっ!?



要さん、起きてる!?



包み込んでくる大きな手のひらは温かく、冷えた私の手にその温もりを分け与えてくれるかのように、優しくじわりと染み込んでくる。


そして長くしなやかな彼の指がそっと私の指先から指の間、手首辺りまでの肌上をつつつ……とゆっくり撫で滑り、


なにかを探し求めているかのようにしてスルスルと私の手全体を確かめる。



すると……。



「……………っ」



ひくんっと指がわずかに跳ね、自身の反応に心がぴくりと震えた。




「……………ここ?」



「………………っ!」



小指の先端、そしてそこから伸びる手首までの道のり。


要さんは私の首根あたりに低く問うと、そこを重点的に指先で攻め這わせるようになった。


触れるか触れないかの焦らすような指使い。



どうしよう、胸が全速力で走った時みたいにドキドキして痛い。


なんでだろう、ぞわりぞわりと身体に巻きついた導火線に火がついたように、熱が全身に広がっていく。



何だかいけない事をしているような、人には言えない秘め事が出来てしまったような、


だけどなぜかそれを嫌だとは思えなくて、無理に振りほどく気にも逃げる気にもなれなくて、


瞼を静かにおろしてその温もりと感触に身を委ねると、私はいつの間にかその指に自分の指を絡め返していた……。



………なんだろう、この安心感。



すべての事から守られているような、すべての事を許されているような、そんな不思議な感覚。



少なくとも浩二には1度も感じた事のないもの。


やっぱりもうダメなのかな、私達………。



亜紀たちはまた別の話で盛り上がり出していて私達の様子を気にする素振りはなく、ふたりの楽しそうな話し声はなんだかとても遠い所にあるように感じた。





「……そろそろ着きますよ」



業務的で無機質な運転手の声。

その声をまさかこんなにも憎らしく感じるだなんて、想像すらしていなかった。



絡められた指が緩やかに解かれる事を寂しく感じていると、首筋に彼の甘やかな吐息を感じた。



「………彼氏の手と俺の手、どっちが良かった?」



「…………………っ!」



勢いよく顔を上げかけたその時に飲み込まされた言葉の粒は、



「ふたりだけの秘密ね」



私にしか聴こえないその囁きと、

柔らかく湿った唇が首のラインに軽く押し当てられた感触で、泡沫のように宙に消えていってしまった。



彼はゆっくり頭を持ち上げながら、更にまた意地悪く耳端を食む。



「………ねえ、感じた?」



「んな…………っ!!?」




やがて2台のタクシーは目的の場所へと到着し、皆がぞろぞろとタクシーを降りる中、私ひとりが取り残されてしまい……。



「どうしたの?降りないの?ほら」



何事もなかったかのように爽やかな微笑を浮かべ、車内を覗き込みながら手を差し出す彼。


私はその笑顔と手を目にして一気に恥ずかしさがこみ上げてきて、



「……けっ、結構ですっ!」



その手をペチッと払い退けてそっぽを向いてタクシーを降りたのだった。



親切を仇で返された要さんはなぜかツボにハマったらしく、片手でお腹を押さえ、軽く握ったもう片方の手の甲を口元に当てがって背を向けると、またしても……、



「……くっくっくっくっ」



と、小気味よい笑いを漏らしていて。



「芽依ちゃん先輩、どうしたんですか? 顔、真っ赤ですよ?」



「な、なんでもないっ!!」



美奈子ちゃんに顔を覗き込まれ、私は慌ててそれを誤魔化しつつ、ズンズン歩いて沙希ちゃん達に合流を成した。



その後ろで、



「何か良い事あったんすか? 随分、楽しそうっすね」



大樹くんの問いに涙目を擦りながら、



「………ん、かなり。……ぷっ!」



なんて、彼はいかにも楽しげに吹き出していたのだった。

 



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