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運命 4





はじめて踏み入ったそこは薄らと照明が落とされ、邪魔にならない音量で流れるスウィングジャズの音が、ゆったりとした居心地の良さを醸し出す刻香る空間だった。



カウンターを取り囲む形にきちんと並べられた10席ほどある脚の高いスツール達、

2〜3人や4~5人が囲める丸テーブルが各3席ずつと、


おそらく今夜の憩いの場になるであろう大人数用のテーブルが、さりげなく置かれた背の高い観葉植物たちによって、密やかな目隠しの役目をしてくれていた。



ざっと見回す限り、重厚感を感じさせる深みある木製のテーブルと椅子が、品良く店の雰囲気を作り出しているように思える。




「へぇ、いい感じのお店ですね」



私の隣りで小さく囁く咲希ちゃんの声にこくりと頷きを返していると、



「お連れの方々ですか?」



物静かに微笑むホールスタッフの男性が、観葉植物の奥へと長い手を示し伸ばす。



「……あ、はい、そうです」



「ではこちらへどうぞ」



案内されるがままに磨きあげられた床をカツコツ進むと、そこには見慣れたふたりがにこやかに笑みを浮かべて軽く手を振っているのが見て取れた。



「2人ともお疲れぇー」



「亜紀と美奈子ちゃんもお疲れさま、遅れてごめんね」



奥に座る亜紀と挨拶を交わし合って、その斜め横に軽く腰をかけた美奈子ちゃんに笑顔を向ける。



正方形に近い丸みを帯びた長方形のテーブル。


今夜は8人で囲むけれど、少し詰めれば10人は座れそうだ。



「もう!芽衣先輩!職業病は分かりますけど、今はナシですよ!」



美奈子ちゃんの隣へ隙なく腰を落ち着かせた咲希ちゃんの小言にハッと顔を上げると、美奈子ちゃんと咲希ちゃんの前にふたりの男性が静かに鎮座している事に気が付いた。



「……あっ、どうも、こんばんは。遅くなっちゃってすみません」



申し訳なさげに頭を下げると、美奈子ちゃんの前に坐する男性が広げた両手をブンブンと振って、慌てた様子で謝罪を返してくる。



「いえ!俺たちもさっき来たばっかりなんで!」



色素の薄い素直そうな髪をトップから流し、その男性は少し困った風に笑う。



「お疲れさまー、ごめんね、待たせちゃって」



すかさず自分の場所をキープした咲希ちゃんが改めて謝罪を入れてシャラリとバングルを鳴らすと、前に座る少年のような笑みを携えた青年が、更に笑顔を深める。



「おつかれー、大丈夫だよ。それより今日はよろしくー」



満面の笑みで八重歯を覗かせる彼は甘いマスクをしていて、いかにも今風な感じの子だった。


ツーブロックですっきり見せつつ、トップ部分にかけたパーマの毛先をゆるく遊ばせている。



咲希ちゃんがするりとその場を取ったと言うことは、彼が例の"敦くん"なのだろう。



そして椅子に腰掛けていながらも2人の身長の高さが安易に想像でき、亜紀たちと同じくこんな合コンなんて必要あるようには到底思えない。



どの道、数合わせの私には関係のない事だし、美味しい物を食べたらさっさとお暇しよう。


そんな思いから出口に一番近い場所に身を起き、しっとり流れるジャズに耳を傾けていると、

"敦くん"がおもむろに口を開いた。



「あっ、オレ、吉沢(よしざわ) (あつし)って言います。ちゃんとした自己紹介は後にするとして、名前が分かんないと不便だかさ。今日はよろしくね」



「じゃあ俺も。俺は榎本(えのもと) 大樹(だいき)って言います。ちなみに23歳です。よろしく」



爽やかに笑いながらも大樹くんはまたしても困ったように笑みをこぼす。



「すみません、もうそろそろ着くと思うんですが、実は後2人まだなんですよ」



そう言いながら恐らくまだ来ぬふたりにだろう、電話を掛け始めた。


正直、誰でも良いので早く来て早くご飯を食べて早く帰らせて欲しい……。

というのが私の率直な気持ちだった。



ーーするとその時、



〜〜♪〜♪



後方から聴こえる携帯の着信音と、カツンカツンとゆったり近づいてくる革靴の音に不意に振り向いた。



「………大樹、なに?」



そのひとは、


その着信に出るでもなく、

鳴り響く携帯を眺めながら、その場に流れる風を纏うかのようにして、そこに立っていた。


もう片方の手は黒のパンツのポケットに収まっていて、第2ボタンまで外された真っ白なシャツが薄暗い店内にも関わらず、


なんだかやけに眩しい。




「あっ!要先輩!隆之先輩っ!」



鳴っていた携帯を無造作にポケットへしまい込み、白シャツの彼はチラリとこちらへ視線を向ける。



と、同時に……、


夜の闇を吸い込んだかのような深くて黒い瞳が私を捕らえ見て、そこに反射した光が一層輝きを増した……ように見えた。



そして迷う事なく私の隣へとやって来たそのひとは、脚の高いスツールに難なく腰を掛けると長い足を器用に折り曲げる。



一瞬、ふわっと彼から発する香りが私を甘く包み、触れていないにも関わらず、なぜか温もりを感じさせた。


なんだろう、不思議な錯覚………。




「お疲れ様っす! 遅かったですね」



「お疲れ様ですっ!待ちくたびれたっすよー」



大樹くんが少し遠慮がちに、だけれど爽やかな笑顔を向け、


敦くんも子供みたいな無邪気な笑みを2人に注いでいる。



「悪い悪い、なかなか仕事が片付かなくてな。女の子達も随分と待たせて悪かったね」



もうひとりの短髪の男性が亜紀の隣へと進みつつ、顔の前で揃えた手の平でごめんと訴えると、亜紀がそれを雨傘についた雨粒を払うかのように笑ってみせる。



「いえいえ、大丈夫ですよぉー! そのかわり、明日はみんなお休みなんだからこれから朝まで楽しみましょうねっ!」



きっと私たちが到着するまでに聞いておいたのだろう、亜紀がするりとリサーチ済みである男性達の休日を話題に滑り込ませた。



「とりあえずみんな揃った事ですし、何かオーダーしましょう」



美奈子ちゃんが天使の笑みで明るくメニュー表をみんなに配ると、



「……そうだね」



そうポツリと呟き、白シャツの彼が面倒くさそうに黒い前髪をかき上げながら私に見えるようにメニュー表を開いてくれた。



「……あの、こんばんは。お仕事お疲れさまです。遅くまで大変ですね」



それは振り絞った私の精一杯の勇気。


仕事以外のプライベートで、浩二以外の男の人と話した事なんてどのくらいぶりだろう。

隣に住む颯斗くんとだって挨拶程度だし。


いくらお腹を満たして帰るだけだとしても、場の雰囲気をここで崩してしまう訳にはいかない。



「………ごめんね、待った?」



「あ、いえ、私もさっき来たばかりですから」



今思えば、きっとそんな社交辞令の笑顔でさえも、彼にはお見通しだったんだと思う。



白シャツの男性はふわりとした笑みをそんな私に向け、テーブルに肘を立て頬杖をついていて……。



「………本当に待っていたのは俺の方なんだけどね」



「……………え?」



「いや、なんでもないよ」



決して邪魔をしない程度に店内に流れるジャズの音量、咲希ちゃん達の笑い声、そんな全ての音が彼の言葉をかき消していく。


それなのに、なんだか背中がムズムズして落ち着かない……。



私は慌ててメニューに目をやるも、早くも自分の優柔不断さと戦う羽目になってしまった。


いつもは浩二が適当に頼んでしまうから、私に決定権はない。


とは言っても、最近は外に食べに出るなんて事すらなくなってしまったけれど……。




「……メイちゃん、なにが好き?」



しなやかな長い指がメニューをつつつと滑り、ゆっくり私に考える時間を与えてくれる。



「えっと……、これとこれで、悩んでます」



ぽろりと出てしまった心の本音。



「……ん、俺も食べたいからシェアしようよ」



「え、でも……」



「他は?」



「え、えっと、その、これと、これと……って、でも量がっ」



「大丈夫だよ。みんなで食べればいい。だから慌てないでゆっくり選んでいいよ」



「みん……なで?」



それはなんだか特別な響きを持つ眩い言葉だった。



……ああ、そうか。

いつからか染み付いたんだろう。


ここに浩二は居ない。

急かされる事もない。

当然あの人も……居ない。



好きな物を食べればいいし、

食べきれなければ誰かに任せればいい。


きっとそれは、背負った荷物と同じなのかも知れない。



「は、はいっ!」



「………………っ」



一瞬、彼が息を呑む音が聴こえた気がした。



「………そんな風に笑うんだね」



「え?なんですか?」



「いや、なんでもない」



「……………?」



それは社交辞令でもない、営業スマイルでもない、本当の本当に顔を出した本物の私の笑顔だったと思う。




それからみんなで飲み物や軽く摘める物、ガッツリ食べれる物なんかを注文して、徐々に和やかな空気が満ち始めた。


先に着いていた4人は全員が揃うまでは……と、何もオーダーせずに待っていてくれたようで。

短髪の男性は再度、申し訳なさそうに眉尻を下げていた。



「先に飲んでてくれて良かったのに」



するとそんな彼に隣の亜紀が朗らかに笑い、ポンッと逞しい腕を励ますかのようにして軽く叩く。



「大丈夫ですよ、待ってる時間ってドキドキして意外と楽しいんですよ?それに待つだけ待って残念なお相手だったなら、わたし達とっくに帰ってるもの!」



そんな亜紀の軽口に短髪の男性はニッと笑い、こう告げる。



「おー、だったら俺たちは合格点を貰えたって事かな?」



「さぁー、どうかしら?たっぷり吟味させていただくわ」



そんなふたりのやり取りがおかしくって、皆がくすくす笑いを漏らす。



そんな中……。


隣に鎮座する白シャツの彼は頬杖をついたまま私の方だけを見つめ、唐突に私にしか聞こえない声量で問い掛けてくる。



「メイちゃんは?」



「……はい、え?何がですか?」



「俺は合格?」



「え、え?はい!?」



あまりに突拍子のない問い掛けに面食らう私を、細められた黒い瞳がじっと見つめ返してくる。



そんな目で見つめられたら、落ち着かない……。




「大変お待たせしました」



そんな空気を分散するかのように、オーダーされた飲み物や料理が次々と運ばれてきて、テーブルを一気に華やいだ色へと変えていく。




ーーーあれ?



そう言えば私、

まだ名前言って………?



 


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