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運命 3




ーーー翌日。




「…………芽衣ちゃん先輩?どうかしましたか?」



ぼんやり手元のサンドイッチを眺めていた私を、美奈子ちゃんがその大きな瞳を瞬かせながら覗き込んできた。



「………あ、ううん、なんでもないよ」



「やっぱり今日の飲み会、気乗りしませんか?」



心配げに眉を下げた彼女に薄らと笑みを見せて、サンドイッチを頬張る。



「すみません、私たち、亜紀ちゃん先輩と芽衣ちゃん先輩しか他に誘える人が居なくって……」



更に申し訳なさそうに眉尻を下げ、膝に乗せたお弁当箱のウインナーを突く美奈子ちゃん。



美奈子ちゃんは2つ歳下の後輩で、亜紀と同じく会社の顔である受付の任についている。


ふんわりカールのかかった柔らかな髪にほんのり色づく頬、長いまつ毛と潤んだ唇はまるでフランス人形を思わせるように愛らしい。



「う、ううん、どうせ顔出しだけだから大丈夫だよ」



「でもぉ……。やっぱり彼氏さんの事が気になりますか?」



"彼氏"か……。


いつものまったく愛を感じないセックスと、ただ見送るだけの広い背中が脳裏をかすめる。



「うーん、どうなんだろう。正直、最近なんだかよく分からなくなってきて」



それは思わず漏れた苦々しい笑み。

木々から差し込む光の筋が足先を照らし、風の揺らぎに合わせてチラチラと小さく踊る。



「……芽衣ちゃん先輩」



美奈子ちゃんは少し視線を落とすと、春風のように柔らかな声音で私に囁きかける。



「私が言うのもなんですが、"偽物の愛"にはなにも生まれません。今ならまだ戻れます。自分を大切にしてあげて下さいね」



「美奈子ちゃん……」




ーー"偽物の愛"



それを1番よく知っているのは、美奈子ちゃんだ。


見せ掛けだけの、その場限りにしかない愛の虚しさと、その背中を見送る揺らめいた寂しさと痛む闇。


そこには生まれるものも、残るものも、何もないんだ。


残るとしたら、それはきっと消える事のない自身に深く刻まれる心の傷だけ。



「……うん、そうだね。ありがとう」



「ふふっ、じゃあ早く食べちゃいましょう。お昼休憩がなくなっちゃいますよ」



そう言って美奈子ちゃんはほがらかに笑い、転がしていたウインナーをようやくお弁当箱からつまみ上げた。





その後、受け付け前を通る度に亜紀からは

「絶対に来てね!」と念を押され、


同じ部署で今夜のメンバーでもある1つ年下の沙希ちゃんにも、ことある事に耳打ちされる運びとなった。




しかしその日は思いのほか忙しく、なかなか納得のいくデザインが上がらなくて、時計を確認する毎に咲希ちゃんの溜め息が重々しくなっていくのを感じた。




「ーー芽衣先輩!急ぎますよっ!」



それはやっと仕事が片付き、なかば引きずられる形で腕を掴まれて、ロッカールームに入り込んだ頃の事だった。


19時を少し回ってカチコチ時を刻む、シンプルなウォールクロック。



「もぉー!遅くなっちゃいましたねっ」



自身のロッカーに備え付けられた鏡の前、戦闘服に着替えた沙希ちゃんがメイクを直しながらが溜め息混じりにぼやく。



「約束の時間は7時だったっけ?」



「そうですよっ!大遅刻です!」



多少遅れてもいいじゃない、

と言う興味のないセリフは、甲斐甲斐しくも急いで支度をしている咲希ちゃんの後ろ姿を見ながら、そっと飲み込んだ。



沙希ちゃんはモデル並みにスレンダーで背が高く、身長があまり高くない私はいつも彼女を見上げる形となっている。



ミディアムショートの髪をきちんと耳に掛けてスッキリ見せ、


キリッとした目鼻立ちは、

いかにも"仕事が出来る女"っぽい。


形のいい綺麗な眉も、誰にも媚びない彼女の強い意志の表れのように感じさせ、とても魅力的だ。



亜紀や美奈子ちゃんもそうだけど、到底、こういった飲み会が必要なようには見えない。



そんな沙希ちゃんの後ろ姿を眺めながら椅子に腰掛け、毛先のカールを指でくるくる巻いていると、戦闘準備の整った沙希ちゃんに再び腕を掴まれた。



「急ぎますよ、芽依先輩!敦くんが待ってるんですからっ!!」



そう発すると同時に、咲希ちゃんの左手首に巻かれた大きめのバングルがシャランと軽やかに鳴る。



「え?え?あつし……くん?」





話によると2日前の仕事帰り、

美奈子ちゃんと沙希ちゃんが行きつけのショットバーで飲んでいると、超絶イケメンの4人組に声を掛けられたのだとか。



話しをする内に意気投合し、女の子をあと2人誘って一緒に飲もう!


………と、なったらしい。




『君たちの“先輩”で、誰かいい人居ない?』



その中でも飛び切り良い男の言葉を受け、2人は亜紀と私を誘う事を即決したそうだ。



全員、外資系製薬会社のエリート君たち。



「………へえ」



住む世界が違う、

星の王子さま達か。


女に不自由なんてしていないだろうに……。




「芽依先輩、敦くんはダメですからね!」



「はいはい、大丈夫だよ。私、顔出したらすぐに帰るから」



タクシーを降り、前をズンズン行く沙希ちゃんが一瞬足を止めて振り返ると、整った眉を納得がいかないと言わんばかりにくいっと持ち上げた。



「ダメですよ!せめて一次会が終わるまでは絶対に居て貰いますからねっ!」



そんな彼女の横をすいっと通り抜け、数歩前へ出る。




「ほら、着いたよ。ここでしょ?」




時刻は既に、

19時30分。


約束の時間から30分の遅刻……。





BAR

「Destiny」




私達の運命は、

大きく動き出すーーー。




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