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運命 2





「――んじゃ、オレそろそろ帰るわ」



遠く懐かしいあの日に想いを馳せていた私に、服を着終えた浩二が声を掛けた。



あの再会から早や3年。

私は22歳になっていた。




「……あ、うん」



「また連絡する」



「うん……、帰り気をつけてね」



「おー」



こちらを振り向く事なく、後ろ手に手を挙げて浩二は玄関のドアノブに手をかける。


そんな見慣れた光景をベッドにうつ伏せになったまま、玄関から暗い世界へ出て行く浩二を見送った。



ごろりと気怠い身体を転がし、いつもそこにある天井を見上げて手をかざし伸ばす。



ねぇ、浩二、


私たち、本当につき合ってるって言えるの?



いくら身体を重ねても、満たされないこの気持ちはなに?


どんどんと重くなるこの感情はなに?


キスさえ貰えない関係って、一体なに……?




「我が家での滞在時間、わずか40分って……」



ふと出た苦笑いの正体がなんなのか、自分の存在意義とはなんなのか、考えれば考えるほど切なくなってしまう知りたくない答え。




浩二とはつき合って1年目くらいまでは喧嘩も沢山したけれど、それなりに楽しかった。


休みの日は1日中2人でゴロゴロしてたり、買い物へ行ったり、時には遠出だってした。



それが1年目を過ぎた辺りから、お互いの仕事が忙しくなったせいもあるけれど、


徐々にズレ始めた。



まず休みの日が合わなくなり、

たまに休みが重なっても何処へ行くでもなく、一緒に居てもろくに会話すら無い。



週に1~2回ほど、浩二が仕事帰りに家に寄ってくれるのだけど、

何ともお粗末な営みだけをして終わる。


そう、今日のように。



そんな状態が、もうずっと続いていた。



お互い、好きになって始まった関係ではないけれど。

ただの傷の舐め合いだったのかも知れないけれど。


それでも私は信じたかったんだ。



あの日すがった腕の温もりに、未来へ繋がる愛があったと……。



でも所詮は夢物語だったのかも知れない。

現実はそう、理想通りになんていかないものだから。




「……私たち、これからどうなるの?浩二」



独りになったベッドの上で身体を起こし、膝を抱いてそんな疑問符を投げ掛けていると、



ブブブブブ……



リビングの猫足テーブルの上に置いてあるスマホが、ここぞと言わんばかりに振動した。


ベッド脇、ルームランプの横にある時計を見ると、時刻は22時40分を回った頃で。



私は大して慌てる事なく、足元の乱雑に脱ぎ散らかった衣類の中からTシャツだけをすくい上げ、それを歩きながら頭から被った。



ブブ…ブブブブ…



早く出ろと言わんばかりに振動し続けるスマホ。


私はTシャツの袖に右手を突っ込みながら、気怠さの残る左手でのそりとその震える根源を手にして、表示されるディスプレイに

思わず笑みが零れた。



会社の同僚、そして親友でもある亜紀からだ。



「もしもし?」



『もー!出るの遅いっ!』



「あはー、ごめんごめん」



『まさかまた"あいつ"来てたの?』



ーーーあいつ。




「………うん、まあ」



『もういい加減やめなってば!あんなの"彼氏"なんて呼ばないよ!』



亜紀とは高校からのつき合いで

、学歴や経験を重視しないアットホームな社風が気に入って一緒に入社を決めた。


入社当初、亜紀と共に受け付け業務に、と話しが出たのだけれど、

私は手掛けたい職種があった為、その要望を申し出た上、丁重に断りを入れたのだった。



『私はお飾りではなく、戦力になりたいんですっ!』



その頃の生意気だった自分に恥じらいの笑みが思わず浮かぶ。



亜紀は会社の“顔”に相応しく、凛とした容姿が魅力的で艶やかに流れる見事な黒髪は、人の眼を安易に惹きつけるものだ。




「………で? どうしたの?」



私は壁際の赤いお気に入りのソファーに腰を下ろして、電話の主に要件を促した。



『あぁ、うん、それがね……、

急なんだけど、芽依、明日の夜って空いてる?もしかしてあの"バカ"来る?』



「ぷっ、バカってなによ。なんか飲み会があるらしくて来ないから大丈夫だけど……。どうして?」



『よしっ!じゃあ決まり!顔出しだけで良いから、合コン出てっ!!』



「はあ!?」



唐突の申し出に、もたれ掛けていたソファーから思わず身を起こす。


聞く所によると、某有名製薬会社に勤める未だかつてない程の"最上級のお品揃え"だそうで、亜希の興奮状態からしても、いかに逃したくない相手方なのだという事が伺える。



「"お品揃え"なんて失礼だよ。それに私には浩二が居るし……」



『もう芽衣、いい加減目を覚ましなって!あんなのただのセフレみたいなもんじゃん!』



「それは……」



亜紀の的を得た台詞に言葉がうまく出せない……。



浩二は………私のなに?

私の事をどう思っているの?


ううん、本当は分かっているんだ。

本当に問いたいのは、浩二の事を私は一体どう思っているのかって事も。




『芽衣お願い!一生のお願いだからぁー!あいつに何か言われたらわたし達が全力で守るから!』



「はぁー、まったくもう。亜紀の"一生のお願い"っていくつあるの?」



『今度こそ!今度こそ本当の最後!』



電話の向こうで手を合わせる亜紀の姿が容易に目に浮かぶ。



……浩二になんて言おう。



明日、浩二は会社の接待も兼ねた大事な飲み会があるから、うちへは来れないと言っていた。


どの道来た所ですぐに帰ってしまう訳だけど……。




「……もう、本当に顔出しだけだからね?それと私の会費、亜紀持ちね」



『うっ、分かった』



その後、残業で遅れる事を見越して亜紀に明日の場所を聞き、私は電話を切って赤いソファーにボフッと倒れ込んだ。


目の前にある猫足テーブルの湾曲した脚を指先でなぞりながら、ひとつ鬱蒼とした溜め息を零す。



まぁ、良いか……。

どうせ顔出しだけで帰って来るんだし。


そもそも浩二はそんな事気にしないだろう。


だって私たちはもう………。



いつからだろう。

浩二は、私の変化に疎くなっていた。



それは、

“信頼”からくる“安心”?


それとも、

“安心”からくる“無関心”?



昔はどんな小さな変化にもすぐに気付いてくれたのにな……。


だけれどきっと、私もまたそうだ。

微妙な浩二の変化に気付けないでいる。


なぜだか、そんな気がして胸がざわついた。



私達、これから……。


このままで、いいのかな?




「……あ、鍵閉めなくちゃ」



のそりとへばりついていたソファーから起き上がり、浩二が出て行ったままの玄関の鍵を閉めに行くも、



ーーーピンポーン



「……………え?」



鍵に手をかけた瞬間、23時を指す時計、静寂の闇夜に呼び鈴が鳴り響いた。



こんな時間に……誰?


浩二が忘れ物でも取りに戻ってきた?

ううん、浩二ならなにも言わずに入ってくる。

セールスの訳がないし、郵便物が届く時間でもない。




「………ど、どちらさまで」



「あ、夜分遅くにすみません。隣の……」



「あ、颯斗……くん?」



その声の主に、強ばっていた肩が吸い込んだままの息と共に安堵で力が抜け、ドアノブをくるりと回す。



「………あっ、あのっ、こんばん……はっ!?」



「……? こんばんは。ゼミの帰り?」



「はい。あの、これ……っ」



お隣の浪人生、颯斗くん19歳は、今年の春に大学受験を失敗して親元を離れ、ゼミに通いながら

ひとり浪人生活を送っている。



「……あの、これ。ありがとうございました。すごく美味しかったです」



そう小さく呟きながら頬を染め、下を向く颯斗くんから落とさないよう、慎重に差し出されたお皿を受け取りながら柔い笑みが浮かぶ。



「ちょっと待ってて。実は今日も作り過ぎちゃったんだ」



冷蔵庫に入れてある大皿に盛られた今夜の晩ご飯のおかず。


"作り過ぎた"だなんて嘘。

食べて貰えないと分かっていても、浩二の為にと思ってつい作ってしまった可哀想な食材たち。



「はい、良かったら食べて。颯斗くんのお母さんの味には敵わないけど」



「いえ、そんなっ!で、でもいつも悪いです」



「いいのいいの。私ひとりじゃ食べきれないから、良かったら手伝って?」




お隣の浪人生、颯斗くん。



家賃は仕送りをして貰っているそうだけど、ゼミの費用や生活費は週に4日程バイトをして賄っているらしい。


引っ越しの際、お母さまが挨拶に来られた。


風が吹いたら何処かへ飛んで行ってしまいそうな位、細身で小さな方だった。



お世辞にも"裕福な家庭"とは言い難い身なりだったが、タッパーに入れられた温もりを感じる煮物を手に、



『ご迷惑をお掛けしますが、どうぞ宜しくお願いします』



と、深々と何度も頭を下げられた。


颯斗くんの家は所謂、母子家庭で、教師だった亡きお父さまの跡を継ぎ、教職の道を目指しているのだとか。



浪人生活は、

2年間だけと言う約束をして。

 


背はそんなに高くはないが、

母親ゆずりで華奢な骨格、

透き通るような白い肌に甘い栗色のクセのない髪。


薄い唇に、細い鼻筋に乗った理知的な眼鏡の奥には、くすみのない澄んだ瞳が隠されている。



何度か話した事があるけれど、

とても純粋で素直な良い子だ。




「……ありがとう、ございます」



「ううん、こちらこそありがとう。たくさん食べて頑張ってね。じゃあ、おやすみ」



「はい、おやすみなさいっ」



なぜか終始下を向いたままの颯斗くんと軽い挨拶を交わし、安心して閉じたドアにカチャリと鍵をかけるも、自分の犯してしまった失敗に一気に頬が熱くなった。



「……あ、しまった。私ってばこんな格好で」



かぶっただけのダボついたTシャツ、そこからのぞく自分の脚がなんとも気恥しい。



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