揺れる想い 5
この日、芽衣は浩二を呼び出していた。
『話があるから』と。
一晩置いた部屋は夏の熱気がムワッと篭もっていて、窓を開け少し換気をしてからエアコンのスイッチを入れた。
ヤカンを火に掛け、その火が踊る様を見ていると、玄関のチャイムが浩二の訪問を重々しく告げる。
「うーっす、お疲れぇー」
「………いらっしゃい」
浩二を部屋へ通し、芽衣は馴れないコーヒーの支度をぎこちなく始めた。
要さんが作ってくれたカフェオレ、美味しかったな……。
そんな幸せな幸せな想いで心を埋めつくして、キュッと唇を引き締める。
浩二はいつも通りボフッとソファーに座り込んで、取り出した煙草に火を点す。
ーーふう、今日でこの部屋ともおさらばか。
思えば割と居心地が良かったよな。
コイツの躰も悪くなかったし、むしろ手放すのが惜しいくらいだ。
でも、アイツがうるせぇしなぁ………。
お気に入りの桜が描かれた半月盆にアイスコーヒーとアイスティーを乗せ、浩二の前にアイスコーヒーを置くと、カロンと氷たちがぶつかり合う涼やかな音が響き鳴った。
「で?話ってなに?オレ、悪ぃけどあんま時間ねーんだわ」
「………うん、ごめん」
「それに、オレも後で話あんだ。だから早く話せよ」
芽衣はイラつきを見せる浩二をまっすぐ見据え、乾いた息を呑み込んだ。
そして覚悟の決まった意志を口に出す。
「………うん、実はね、別れて欲しい……の」
「はっ、はぁぁーーーっ!?」
ーーちょ、ちょっと待てっ!
それは……オレのセリフだったはずだ……っ!
「突然、ごめん……。好きな人ができたの」
「…………なっ!?」
どうしてだろう、要さんの顔が想い浮かぶ。
風にそよがれるサラサラの黒髪、
穏やかに細められるアーモンドの形をした黒い瞳、
私の使ったご飯を何度も何度も「美味しい」と言って微笑んでくれた優しい声音。
そのすべてが、私の背中を押してくれている気がする。
だから強く、落ち着いた口調で話を続けた。
「それに、浩二にも居るよね?」
「…………はっ?」
突如、浩二の顔が強張った。
火の点いた煙草がジジジッとくすぶる。
「私、見ちゃったんだ。他の子の肩を抱いて楽しそうに笑ってた浩二の姿を。………だから、別れよう?」
あまりの衝撃にだろうか。
浩二は酷く驚いた様子で眼を大きく見開いた。
まさか芽依に好きな奴が……?
一体どんな奴なんだ!?
いつからだ!?
芽依は、オレの事が好きなんじゃなかったのか!?
ーーそれに、知ってたのか?
見た……って、一体どこで?
芽依は立ち上がり、隣の寝室に灰皿を取りに行く。
ーー言えた。
これで、いいんだ。
芽衣はそう自分に言い聞かせ、緊張していた自身の胸を撫で下ろす。
ーーーしかし。
そんな芽依の後ろ姿を見つめる浩二の心には、色んな物が激しく渦巻いていた。
自分から別れを切り出すはずだったのに、芽衣から言われる何て思いもよらなかったからだ。
自分だけのモノだと思ってたのに………。
浩二はジュッとアイスコーヒーへ煙草を放り込み、ゆらりと立ち上がる。
ーーーお前は、誰にも渡さない。
「………やっ!?浩二!?」
芽依の躰をベッドへ押し倒し、説明の出来ない感情の渦を、浩二は吐き出すように好きにさせた。
「なんでだよっ!いつから!?」
「いやっ!痛い!ヤメテッ!!」
馬乗りになって芽依の折れそうに細い手首を押さえつけて、いつもと違う髪の香を感じ、思わず眉間にシワが寄った。
「なんだよっ!その男ともうヤッたのか!?」
「……なっ!?そんなの関係ないでしょ!ちょっ、やめて浩二、痛い……っ!」
芽依は抵抗を試みたが体格差の違う浩二に適う筈がない。
片手で難なく捕らえられた両手を押さえ込まれ、乱雑に纏っている服を剥ぎ取る。
「や、やだっ!やめてよっ!!」
「その男と…………なっ!?」
見開いた眼が更に大きく見開かれる。
「……なんだよ、これっ………!」
白く柔らかな芽依の胸元………。
そこには、真紅の花があたかも「自分のものだ」と言わんばかりに気高く咲き誇っていて。
ーー俺への挑戦状のつもりか!?
「くそっ!!」
泣き叫ぶ芽依の口をシュルリ解いたネクタイで無理やり塞ぐと、浩二は深く覆い被さった。
「んんっ!!んんんっ!!!」
「くそっ!馬鹿にしやがって!!」
嫌っ!!嫌っ!!嫌っ!!
ヤメテ!!ヤメテェッ!!!
痛い!!痛い!!痛いっ!!
要さんが触れてくれた躰なのにっ!!
心の中でそう叫びながら、
芽衣は哀しい過去と重なる今の状況から、心の眼をぐっと逸らせた。
蘇らせてはならない………。
そして決して開けてはイケない記憶の蓋を、キツくキツく閉め直す。
「忘れんな!お前はオレのモノだっ!……また来る!」
そう吐き捨て、欲を吐き出した浩二は部屋を出て行った。
ベッドで身動き出来ないまま虚ろに天井を眺めると、そこは水の底から見ている水面のように揺らめいていて、
糸の切れた操り人形のように身動き出来ない躰はだらりと横たわり、瞬きを忘れた瞳からは、ただただ、涙が流れ落ちていた。
要さん……。
要さん……。
要さん……。
今、あなたが欲しい……。
切望と渇望を繰り返す胸には、
揺れる想いが溢れ、芽衣を切なく締め付けた。




