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揺れる想い 4






「………あっ、要さっ、ダメ……ッ、私、帰らなきゃ……」



食事と洗い物を終え、帰り支度をしている彼女を強く抱き締め、俺はその腕を離さなかった。




ーー帰したくない。


ーー離したくない。



独りになる寂しさ、孤独感、悲壮感、虚無感。

そんな心痛む感情が止めどなく一気に溢れ出てくる。


幸福な時間が強ければ強い程、その後に訪れる孤独な時間もより深い闇となる。



孤独を紛らわす術なんて知らない。

今あるとすれば、それは彼女の存在だけだろう。


幸せの継続のみが、唯一、俺を孤独から救ってくれる。



彼女の躰をきつく抱き締め、

この腕の中へ封じ込めてしまおうか。


逃げられないように、きつくきつく、強く………。



ーーいや、ダメだ。



彼女は、俺が独り占め出来るような人ではない、


ああ、彼女から全てのものが無くなり、俺しか残らないようになればいいのに。



俺は彼女の胸元へと顔を埋め、

そこに深いくちづけを落とした。



ーーきつく、消えないように。


彼女が、自分の事を忘れないように……と。







帰りの車内は静かだった。


時々、隆之さん達の話題で盛り上がるものの、要さんはどことなく上の空で、心此処に在らずといった感じだ。




ーー帰りたくない。


ーー離れたくない。



心の奥が引き裂かれるような痛みにきしきしと悲鳴をあげる。



正直、ぼんやりとした予感はある。

だけど要さんの事、好きなのかどうかはまだハッキリと分からない。


だってまだ逢って2回目だし。

お互いの事、まだ全然知り合えていないし。



でもね、要さんと過ごしたこの1日間、私は凄く幸せだった。


本当に、楽しかったの。


どうしてこんなにも、あなたの隣が居心地良いのだろう。



でも、要さんは?


要さんは私の事、どう思ってるの?


早く私を家に帰して独りになりたい?

それとも好きな子の処へ?


本当は彼女とか居て、やっぱり私は遊ばれてるだけなんじゃ……?



時折見せる、寂しそうな眼。

誰の事を想ってるの?


さっき見た哀しそうな、苦しそうな瞳の意味は?



もうすぐアパートに着いちゃう……。



ーーー今度、いつ逢える?



要さんと離れる事が、こんなにも辛いだなんて………。


この曖昧な気持ちに、一体どんな名前をつけたら良いのだろう。




やがて目的地である私のアパートに着き、ドアが気持ちに抵抗するかのようなに重々しく開く。



「……忘れ物ない?」



「あ、はい」



車を降りて助手席側へと回ってきた彼の手によって、その閉まりたくないと訴える心の扉がぱたむと閉められた。




「………あの、ありがとうございました」



「…………うん」



「気を付けて、帰って下さいね」



「…………うん」



「………それじゃ」



「…………うん」



アパートから100m程の所にある駐車場に車を停め、私を見る事もなく相変わらず沈んだ様子のままの彼の隣に、私も押し黙って佇んでいた。



「要さん………?」



「うん………?」



「………えっと、おやすみ……なさい」



「…………うん」



私は痛みの増す胸をキュッと押さえ込み、その場からそっと離れた。


一歩一歩が重くて、心がズキズキして息が詰まりそうだった。







彼女の柔らかな髪が左右に揺れ、前を行く華奢な身体が冬を抱きしめるかのように、俺の手元を離れてゆく。


彼女が向かう先へ視線を向けていると、鬱々しい溜め息を吐き続けている自分に気づいた。


これが冬場ならば、白い息が空へと還っていくばかりであったかも知れない。



しかし………。



彼女は10歩ほど進んだ辺りで俯いたままピタリと立ち止まり、突然踵を返して俺の元へと走り戻ってきた。


それには流石の俺も驚かされ、飛び込んできた彼女の体を慌てて受け止める。



「どうしたの?芽依ちゃ……っ」



芽依ちゃんは俺の首元のシャツを引っ張り、視線を合わせると俺の唇をその溜め息ごと吸い込んだ。



柔らかくて愛しい感触。

忘れられぬ温もりと熱。



彼女は心を預け終えた唇をそっと離し、どこか少し泣き出しそうな、どこか寂しさを隠したような、そんな瞳の色を俺へと向ける。



そして…………。



「………忘れ物」



そうひと言呟いて、彼女はアパートへと風を切りながら走り去って行った。



2人の揺れる想いが交差する。




「………予想外、過ぎ」



残された俺はしばし全身の力が抜け、片手で顔を覆って項垂れてしまった。


孤独に覆われた暗い心に、彼女はこんなにも簡単に眩い光を与えてくれる。




……………けれど。



俺が動けずに居ると、


しばらくして1人の男が彼女のアパートへと入って行くのが目に入った。



見覚えのある男だ。


あの日、あの男の姿を見て彼女は涙を流した。



彼女に、愛されている男……。



これから彼女は笑顔で彼を迎え、

彼の為に料理をし、


あいつに……その躰を与えるのだろう。


俺は堪らず勢いよく車へ乗り込み、少し乱雑にアクセルを吹かしてハンドルを切った。



「………っんと、ガラじゃ無いよな」







一方、浩二は階段の前で誰かと携帯で話しをしていた。



「ああ、分かってるって!ちゃんと今日言うからっ」



『…………っ!』



「おう、終わったら帰りに寄るから」



ピッ。



「ふう……。3年か。長かったな。あいつ、泣くかな?」



浩二はカツコツ音を立てながら上っていた階段の中央でピタリと止まり、伸びてきた無精髭を何気にザラザラと撫でた。



「しっかし、あいつの話って何だ?まさか子供が出来た……とかじゃねえよなあ?」



再び長い息を吐いて階段を上りきり、



「ま、どっちにしろ今日で終わりだ」



最後になるはずであろう通い慣れた部屋を目指した。






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