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揺れる想い 3







「……ちょっ!要さんっ!!」



「んー?」



「危ないから!……あっ、ダメッ!」



キッチンに立って料理をしている彼女を、後ろから抱き締めにかかるとジタバタと暴れた。



「ここもダメ?」



耳のラインに沿ったなだらか首筋、猫のようにしなる背中、白い内太もも。


この一晩で見つけた、

彼女の"いい"所。



当然の事であろうが、あいつは知っているのだろうな………。




「んもぉー、邪魔しないで下さいっ!作ってあげませんよ!」



「それは困るなあ」



ほのかに染まる頬が膨らむのを確認して、俺は軽く笑いながら渋々とソファーに戻って煙草に火を点けた。


彼女は俺の希望を聞き入れ、昼間に買った食材で腕を振るってくれている。

自炊しているだけあって、なかなか手際が良い。



ーー彼氏にも、そうやって作ってやってるんだろうな……。



幸せの瞬間が、哀しい現実によってかき消されてゆく。

彼女が帰った後の部屋は、きっとしん……と静まり返っていて、酷く広い部屋に感じる事だろう。


今更、孤独を感じる事になるだなんて……。




ーーー昼間、



『今夜も泊まっていく?』



その問いに彼女は俺から眼を逸らし、



『今夜は………』



『………彼氏?』



彼女はゆっくりと、首を縦に振った。



肩越しに窓の外を眺め、沈み行く太陽をぼんやり見つめていると、

自然と鬱々しい溜め息が零れた。




『………要さんが、欲しい……です』



あの媚薬に酔わされたような言葉と、あのぞくぞくする官能的な誘惑はなんだったのか?



『いつものお返し』



本当にそれだけか?


そっと甘く触れた柔い唇。

ぱらり流れるお揃いの髪の香。




「要さぁーん、出来ましたよぉ」



彼女の弾んだ声が、近付く孤独な時間に拍車を掛ける。


これを食べ終えたら彼女は……。



「………食べたく、ないな」



そんな小さな本音はカチャカチャ鳴る皿の音が隠してくれた。



「ん?なにか言いましたか?」



「……いや、なんでもないよ。それより早く食べよう」



そして2人で手を合わせ………。



「じゃあ、いただきます」



「はい、いただきます」



それは覚えたての新しい言葉。

俺のは主に、作ってくれた彼女への感謝の意を込めたものだったけれど。


ごくりと鳴る喉の音は孤独を呑み込む音で、急いている箸先は不安を押し込む無慈悲な道具で、空腹にかき入れろと司令を出す腹奥は、欲望で満ちた沼のようで……。


俺はそれを必死に堪え、ほくほくと上がる湯気を立たせるじゃがいもを箸で摘んで、口の中へと運び入れる。



「…………………っ!」



今は、そんな暗い感情は心の中にある箱にしまっておこう。



彼女の作った料理は、今まで食べたどんな物よりも俺の舌と心を溶かすような、心底を温める物だった。



「うまいっ!美味しいよ、芽依ちゃん!」



俺の様子を見ているのか、どこか彼女は安心したようにほっと息をつく。



「これ、どうやって作るの?」



味噌汁を啜りながら、少し照れ臭そうに頬を染めている彼女に尋ねてみると、



「えっ、普通ですよ?昆布やかつお節でお出汁をとって……。でも便利な顆粒のお出汁なんかも売っているので、それでも充分楽で美味しいですよ」



そう言いつつ、眼をパチパチさせて不思議そうに首を傾げる。



「……と言うか、隆之さんにどんなお味噌汁飲ませたんですか?」



「……えっ?普通にじゃがいもや人参とか野菜類を煮込んで、フルーツやスパイス入れて、豆腐とかワカメなんかと味噌とか……」



俺はその工程を想い出し、彼女に説明を試みた。



「……他に、何入れたんですか?」



「……ソースと、ワイン」




彼女は驚愕の表情を浮かべ、口をあんぐり開けて俺を凝視している。


手に持つ味噌汁の椀と箸が止まったままだ。



「要さん……それ、何て言う食べ物ですか?」



「味噌汁……ではないみたいだね」



「ぷはっ!」



彼女は溜まらずに噴き出し、隆之を憐れむ言葉を声にしていた。







要さんは塩を振って焼いただけの魚にも賛辞を述べ、あげ句の果てには魚に添えた大根おろしにさえにも、



「美味しい!美味しい!」



と褒め称えたのだった。



私はムズムズと擽ったい感情に苛まれ、彼にバレないように熱い顔を必死で隠した。




浩二は普段、私の部屋で食事を摂らない上に、食べても何も言わない。


だから何だか恩着せがましく感じて、ずっと私は『美味しい?』なんて簡単な一言を聴けずにいたんだ。



一度、帰ったら食べれるように、と浩二の部屋で食事の用意をして帰った事があるのだけど、


翌日、浩二の部屋を訪れると、私の作った料理は無惨にも手付かずのままゴミ箱へと捨てられていたのだった。




「………美味しい、ですか?」



私の遠慮がちな問いに、要さんは卵焼きを頬張りながら眼を細めて笑い、



「最高に美味しいよ」



と、ご飯と味噌汁のおかわりをせがんだ。




私はキッチンで背を向け味噌汁を注ぎながら、そっと人差し指で涙を拭った。



ずっと欲しかった言葉。

ずっと聞きたかった台詞。



「………嬉しい」



そう小さく呟いて……。





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