彼の部屋 5
「ゆっくりしてて」
食事を終え、2人で後片付けを始めたのだけれど、そうは言われたもののこんなに素敵なディナーをご馳走になっていて、何もしない訳にはいかない。
「残らなくて良かったですね」
種類は多かったけれど、少なくも多くもない適した分量。
綺麗に食べ終わったお皿をカチャカチャ重ねていると、洗い物を始めた彼が軽く口角を上げた。
「芽衣ちゃん、この間このくらいの量だったでしょ?食べたの」
「え………もしかして」
もしかして、気づいてくれてたの?
それで私に合わせて……?
「じゃ、じゃあ要さん、足りなかったんじゃあ?」
「ん?俺なら大丈夫だよ。自分の量は自分で調整してたから。それに……」
そんな細やかな事にまで気を使ってくれていただなんて……。
「それに?」
「それに、芽衣ちゃんが美味しそうに食べてくれるから、それを見てるだけでお腹いっぱいになっちゃってね」
「……………っ」
どうしてこの人はそういう事をさらりと言えてしまうのだろう。
やっぱりそれだけ女慣れしているって事なんだろうな……。
その癖、
「大丈夫だよ、例え芽衣ちゃんがキューピー人形みたいになっても俺の気持ちは変わらないから」
「んなっ!?」
なんて意地悪な事すら言ってしまう訳で。
それに
『俺の気持ちは変わらない』
だなんて……。
ワインの飲み過ぎかな、身体と顔が火照って頭がくらくらする。
「もう!要さんってギャップあり過ぎますよね」
カウンター裏へ入り、要さんが洗った白い正方形のお皿を拭きながら、私は何気に口を開く。
アルコールの力のせいか、少し緊張の解けた心は幾分、軽くなっていた。
「そう?」
彼は楽しそうにワイングラスを濯ぎながら返して来る。
「そうですよぉ」
そのグラスを受け取って拭き、
少し躊躇ったけれど口にしてみた。
「……そもそも、どうして私なんか?」
洗い物を終えて水を止め、シンクを拭きながら要さんが振り向く。
「"私なんか"とは?」
「だって、要さんみたいな人ならもっと良い人がいくらでも……」
「例えば?」
要さんは私の手からワイングラスを受け取り、カウンター裏の整理された棚へと収める。
私は布巾を手にカウンターを回って、長方形のテーブルを拭きながらその問いに答えた。
「んー、例えば美奈子ちゃんなんて超可愛いですよ?亜紀や沙希ちゃんだって凄く綺麗ですし………」
「だから?」
その返答と同時に、私の躰は後ろから来た要さんに身動きを封じられた。
「……だから?」
再度問われる耳元への低い声音に、全身の産毛が逆立つ。
「何て答えて欲しい?」
ダメだ……脚に力が入らな………。
そう、私は何て答えて欲しいのだろう?
私は、何を期待しているのだろう?
私なんかより、可愛い子も綺麗な子もたくさん居る。
ましてや相手が要さんなら、どんな子だって喜んで連いて来るだろう。
なのに、どうして私にちょっかいを出すの?
お手軽だから?
男に裏切られて傷付いた女に同情した?
それとも、そんな時なら簡単に落とせるとでも思ったの?
1週間も何の連絡もくれなかったのに。
なんで今日、私を迎えに来たの?
私の事、どう思ってるの……?
テーブルに押さえ付けたまま、要さんは私のうなじに噛みついた。
「いっ、んん……っ、要さっ!?」
じんじんする痛みを首筋に感じ、不機嫌そうな彼の瞳に問い掛ける。
「な、なにか怒ってるの?」
「………怒ってないよ」
そう言いながらも、要さんは熱を持ち出した耳端を強く唇で挟み、バスローブの胸元からするりと入れ込んだ大きな手で、私の柔い頂を包み込んだ。
「ぁ……、やっ」
「ダメだよ。離さない」
そんな強引めいた囁きを落としながらも彼の手は温かく、まるで労るかのように優しくて、火照った躰からゆるゆると力が奪われてゆく。
「は……ぁ、んんっ」
「いい声だ。もっと鳴いて」
彼は崩れ落ちそうな私の躰を支え、ふわり持ち上げて宙へと浮かせた。
「………要さ…」
「………ん」
くちに出さない要望に応え、重ねられる湿った唇と、
「……芽衣ちゃん」
「はい………」
言われる間でもなく、彼に代わって遠慮がちに開いた寝室であろう部屋の扉。
私が開けたんだ。
自分の手で。
自分の意思で。
それが一体なにを意味しているのか、
そこにどんな覚悟が込められているのか、
今の私にはもう分かっていたんだ。
浩二への当て付けなんかじゃない。
自分を哀れんでヤケを起こしている訳でもない。
私はただ……。
ただ、この人を感じたかったんだ。




