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彼の部屋 2




むわっとまとわりつく嫌な湿気、

チリチリと肌を突き刺す陽射し、


ソフトクリームみたいなもくもく雲、

清々しくも青々しい夏緑の香り。


季節はゆるゆると変わりつつあるのだろうけど、秋の足音はまだまだ聴こえてきそうにない。



その後、忙しくはあるけれどいつもと変わらない日々がなだらかに過ぎ、再び迎えた金曜日。



あの夜から一週間。


彼からの連絡は無い。



やっぱりからかわれただけか……。


浩二にも真実を聞けないままだし。



寧ろ浩二と一緒に居る事自体に、私の心と身体は嫌悪感を抱きつつある。



浩二を失う虚無感。



それは確かに感じていたけど、そこに"愛"は含まれておらず、

今、自分が感じているものは、ただの"情"だと言う事を私はよく理解していた。



ーーもう、終わりにしよう。



くだらない依存心も執着心も、要らない。


それがこの数日で出した、

私の"答え"だった。



もう傷を舐め合う必要はない。


元々、私達の間には何もなかったんだから。



「はぁ……」



深い溜め息を吐き、更衣室のロッカーを閉めると、



「芽依ちゃん先輩、お疲れ様です」



「芽依、お疲れぇー」



満面の笑みの美奈子ちゃんと亜紀が、手を振りながら歩み寄って来た。



「2人共、お疲れさま」



「駅までご一緒しましょうよ」



「うん、そうだね」



天使の笑顔に快く頷きを返して、更衣室を出てロビーへと向かう。



既に沙希ちゃんは敦くんと約束があるらしく、終了の時間と共に風の如く走り去っていた。



「2人は遊びに行ったりしないの?」



「あっ、私達は明日、一緒にお買い物に行きますよ♪」



美奈子ちゃんは3つ上の大樹くんと波長みたいなものが合うようで、ふんわりした美奈子ちゃんと温厚そうな大樹くんは、見ているだけで雰囲気ごとお似合いだと誰もが頷けるだろう。



「あたしはこれから隆之くんのマンションへ直行!」



それは例外ではなく亜紀たちも同じで、手料理をリクエストされた亜紀は腕捲りをしながら答えた。


思えば最初から気が合いすぎるくらいに合っていたので、そうなるであろう事は自然と理解出来ていた。


きっと、きっと亜紀も大丈夫。

隆之さんなら……。




「芽依ちゃん先輩は?要さんから何か連絡ありました?連絡先の交換はしたんですよね?」



「うん、一応したよ。でも連絡は無いの」



私は心を見透かされないように、わざと明るく振る舞って見せる。


だって、なんだか自分が惨めに思えてきてしまいそうだったから。




「芽依からの連絡を待ってるんじゃないの?」



「私もそう思います。明らかに要さん、芽依ちゃん先輩狙いっぽかったですもん!」




「……いや、それは無いでしょ。ただ単に私がひとり余ってたからだよ」



2人の気遣いとも取れる励ましに力無く笑って返すも、口に出してしまうと本当にそう思えてきて、気分がずんと重くなってしまう。



「まあーたあんたはそうやって自分を卑下する!」



亜紀が若干苦々しそうな顔をして背中をポンッと叩くけれど、その力加減は叩くと言うよりもどこか優しく、励ますように撫でてくれているようなものだった。



「うん、そうだね。私の悪い癖」



「そうよー、恐い気持ちも嫌ってほど分かるけどさ、私達にだって幸せになる権利くらいは………」



亜紀がそう言いかけて、なぜか言葉を突然切った。



「………?どうしたの?」



ロビーを通り抜けて回転ドアから外へ出ると、会社の女の子達がそこで屯して何やらヒソヒソやっていた。



「何かあったんですかねぇ?」



美奈子ちゃんがピョコピョコ飛び跳ねてその現況を確認しようとして、私と亜紀も同じく出来うる限りの背伸びをして前方に目をやる。




………………あっ。



広い歩道を超えた先、会社の前の道路に停まったメタル入りの深い深いブルーの車。


その車にもたれるようにして立つ涼しげな顔をした男。




伊織 要が居た………。




遠目から見てもひと目で良い男だと分かる容姿、モデルだと言っても誰もが納得するであろう立ち姿は、道行く人の眼を容易く引く。



周りのどんな景色にもよく映える綺麗な青色のシャツを纏い、興味なさそうに自身の靴先に視線を落としている。




「ヒュゥ~♪目っ立つぅ~」



亜紀がそう言って口笛を1吹きして、私の脇腹を肘で突いた。



「アレ、BMですかねぇ?流石、要さん。やる事が違いますねぇ」



そして美奈子ちゃんが間抜けな顔をして立つ私の手を強く引き、



「要さぁぁ~ん!」



と、手を大きく振って伊織 要の方へと走り出した。


集まっていた女の子達がザッと道を開け、その後をニヤニヤしながら亜紀が続く。



すぐに私達に気付いた彼は眩いばかりの笑顔になり、黒いパンツのポケットに差し込んでいた手を引き抜いて、軽く上げた。



「お久し振りですぅ。芽依ちゃん先輩のお迎えですか?」



「久し振り。まぁね、そのつもり」



そう言って彼はちらりとこちらを見たけれど、私は慌ててその視線から逃げてしまって。


けれど逸らす事なく向けられる視線を感じて、思わず膝が崩れそうになる。



「何も用事が無ければ……だけどね」



「ないです!ないない!芽依ちゃん先輩、そう言ってましたっ!」



美奈子ちゃんはそう言って私の背中を押し、彼の前へと(うやうや)しく献上した。



「ちょっ、美奈子ちゃ……!?」



「駅まで乗って行く?」



伊織 要は私の言葉を遮り、美奈子ちゃん達に柔らかく微笑む。



「いえ、良いですぅ。近いですから。それより芽依ちゃん先輩の事、よろしくお願いしますね」



「……了解」



彼はクスッと笑い、助手席のドアをカチャリと開けた。



「じゃ、あたし達はこれで。またね、要くん」



「お疲れ様でぇす」



そう言って亜紀と美奈子ちゃんはくるりと背を向け、駅の方へスタスタ歩き出すも、去り際、亜紀が私にウィンクを投げ掛けたのを、私は見逃さなかった。



「……ちょっ!亜紀ぃ!美奈子ちゃん!」



2人を呼び止めようとする私の腰をするりと捕まえ、



「さあ、お姫様、どうぞ」



と、彼は獲物を捕らえたように眼を細めて笑み、助手席へと片手を広げて優雅に導く。



なぜかその腕に抗う事など、


今の私には出来なかった………。




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