静まる景色は明鏡止水
握手をしながら、俺は一つ疑問に思った。
「で、どうするんですか?」
笑顔で握手をし終えたあと、俺が言った。
「え?」
狐の少女と俺はしばらく見つめ合った。
……気まずい。
何故こんな空気に毎回毎回……。
「神様になる方法ってどうやるんですか?」
「神様になる方法は、邪神を倒すことですかね……」
狐の少女は右斜めを向き少し顔を傾けて言う。
邪神を殺す?
それだけ?すぐに終わるな。
強さは知らんけど。
「邪神を倒す?それだけ?」
「大稲荷様から聞いた話だと、神と神の戦いでも勝てば妖気が手に入るので、一緒です。けれど、神殺しとなると邪神よりリスクが伴う場合もあります。邪神の方が強い場合もありますが……」
「それじゃあ案外簡単……」
「ではないです」
狐の少女は俺の言葉を遮る。
「神や邪神を殺しただけでは、完全な神とはなれません。善行を積むことも神となる行い。力と善行をそれ相応行っていなければいけないというのが、神へなる道です」
ん〜……。
面倒くさいなぁ〜そうなると。
「案外面倒いんですね……」
「面倒くさいというか……大変なんですよね……やっぱり。
それと私、大稲荷様の眷属となっているので、勝手に神になることが許されていません」
……ん?
嘘でしょ。
許可貰わなきゃ行けないってことか……?
「つまり……許可を貰わないといけない……?」
「そうです」
やっぱりいぃぃ!早く帰りたいぃ……!
俺は後ろを向き涙目の顔を隠す。
「でも、それでも手伝いをしてくれると言ったのは、貴方ですもんね!」
狐の少女は全く悪意のない笑顔を向ける。
……くっ!あんな約束しなきゃよかった……!
俺は右拳を握り、唇を噛む。
でも、やらなきゃ元の世界には帰れないし……、まぁ、やるしかないよなぁ〜……。
「ふぅ……分かりました。では、行きましょう」
俺は立ち上がり、狐の少女に言う。
そして、襖を開けて靴を履く。
その時。
「ちょっと待ってください」
狐の少女が俺を呼び止めた。
「はい?」
「貴方は別の世界から来たのでしたら、此方の世界の服装などを着ておいた方が良いですよ。『郷に行っては郷に従え』です」
なるほどね。
まぁそっちのほうがいいね、確かに。
「あるんですか?俺の服」
「えぇ。昔の想い人の物が」
おもいびと……?想いびと……。
想い人!?
「えっ!?いいんですか?それ」
「はい。私も正直良く覚えてないので」
……?
神侍は首を傾げる。
どういうこと。
「私、元々は何処にいたのか、何者だったのか、自分が迷い狐だと認識した時から分からなかったんです。けど、一人、その人だけの存在は鮮明に覚えてた。存在の事だけで、顔や声は覚えてないですけどね……」
俺は、黙って狐の少女が服を取り出すのを待った。
狐の少女は、自覚してないが、泣いていた。
そう、泣いていた。
俺は、何も思わなかった。
「はい、これです」
狐の少女が持ってきたのは、黒い袴、朱色で紅葉が書かれた紅色の羽織、黒と一部白色の着物、紅い紐の雪駄と黒の足袋だ。
そして俺は一つの事に気づく。
「綺麗ですね……」
シワ一つ無い綺麗な着物や羽織だった。
「一応手入れはしてますから。ほら、私が着せてあげましょうか」
狐の少女は少し楽しそうだった。
さっきの表情とは打って変わって、俺に着物を着させる。
そして着終わる。
「よし、それじゃあ行きましょうか!」
狐の少女が手招きする。
彼女は少し嬉しそうだった。
俺は少し微笑みついて歩く。
そして、さっき下りてきた道を歩く。
「……これ、降りる意味あった?」
俺が呟くと、それに気づいたのか耳をピクピクッっと狐の少女は動かし口を開く。
「貴方は、家に帰ったら知らない人がいたらどう思います?」
大稲荷様が帰ってくる時、見えた。
だからか。
「……なるほどです」
俺は察したかのように目をつむり下を向いて歩く。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
草をかき分け、巨大な神社につく。
すると、そこには、狐の少女と同じ白色の髪色をした巨大な狐の姿があった。そして、横には少し小さな神社に巻き付く白い龍。
さっきまでの神社に纏われていた神秘的な雰囲気から更に、幻想的な雰囲気を纏っている。
「大稲荷様!」
狐の少女が呼びかける。
それと同時に白い巨大な狐、大稲荷は少女の方を向く。
「あの……えっと……、私、神様になりたいです!」
大稲荷は黙って聞く。
「えっと……この人、天照様に呼ばれて来たみたいで、元の世界に戻りたいと申しており、私はこの人を元の世界に戻したいと思っています。しかも、私だって、ずっと迷い狐のままじゃなくて、この世界を知って、神様になって、色々な人を助けれる様になりたいです!」
なるほど。
俺は、狐の少女が「……神になりたですよ……そりゃ」っと言った理由が分かった。
人助け、ね。
優しい人なのかな。人かは知らんけど。
神様は、優しい神様もいれば悪い厳しい神様もいる。
『人助けをする神様もいれば、人助けではなく悪霊を着けさせる神様もいる』と、他界した婆ちゃんが言ってた。
「お主、神になりたいと言ったか」
大稲荷が優しい表情で口を開かず人の言語を喋る。その姿からはあり得ないほどの美声で、大人びたお姉さんの様な声が聞こえた。
「しゃ、喋った……?」
いや、神様だからそうか……?
俺は無自覚に言葉を溢した。
だが、運良く聞こえてなかったようだ。
「は、はいっ!」
「意味の無い事はしないほうがいいぞ」
狐の少女は驚いた表情で話す。
「い、意味の無いことじゃ……私は本当に……っ!」
「その人間を助けたい、人助けをしたいという神になりたい理由は分かった。だが、お主はまだ尻尾が二本じゃ。そんなものではそこらの妖にも勝てぬぞ」
「………」
狐の少女は黙り込む。
そして俺は勇気を振り絞る。
「そこに関しては俺も手伝います」
大稲荷は俺の方へ顔を向ける。
狐の少女は口を出す事が予想外だったのか、驚き顔を向ける。
「というと?」
「元はといえば俺の我儘から始まったことです。この狐の子が神様になる事には手伝う義務がある。約束もしました。手伝うって……」
「人のお方……」
「…………」
狐の少女は呟き、大稲荷は静かに目をつむり悩む。
そして目を開ける。
「分かった。お主らに試練を与えよう。その試練を乗り越えることが出来れば、狐も旅立ちを許そう」
「「ほ、本当ですかッ!」」
二人の声が被り、「「あ……」」っと言葉が溢れる。
それを見てみて、大稲荷は「クックック」と笑う。
「お主らは合って間もないが仲が良い様じゃ。ほれ、付いてこい」
大稲荷は歩く。
その時、神龍が呼び止める。
「おいババア。狐は分かるがなぜそこの人間も試練をさせんといかんのだ?試練には俺の妖気も使う。二人は面倒くさい」
太く力強い声が聞こえた。その声の持ち主は龍神だった。
「コヤツは天照様に呼ばれた。じゃからじゃ。それと、お主は遅れて此処にやってきた氏神じゃ。稲荷神最高神の私への言葉遣いは丁重にせよ」
龍神は「チッ」っと舌打ちをして四つの手のひらの上に本紫色の炎の様な妖気を灯し、上にヒョイっと飛ばす。
そして、大稲荷も狐火となった炎の妖気の飛ばす。
その瞬間、霧のような煙が辺りを支配し、景色を真っ白にする。
俺と狐の少女は目の前に右腕を添えて目をつむる。
そして……。
「ほれ、目を開けい」
目を開けると、そこには明鏡止水。
暮れた太陽は青暗い灯りを空から照らし、空と反射した地面の水。黒くなった遠くの山々。所々にある鳥居は美しく切ない。
「すごい……」
「綺麗……」
俺と狐の少女の声が被る。
自然と口から出てくる。
「さぁ、試練を始めようかのぅ」
大稲荷の声が、明鏡止水の景色に一つの水滴を溢したかの様に響いた。