【36】魔法の指輪
「剣竜!!」
ランドウが叫ぶ。
「竜使いが荒えぞ、魔王!!」
剣竜がうなりながら縮こまった。
次の瞬間、剣竜の体が爆発する!
……違った。
剣竜の体から、無数の鱗が飛び出したのだ。
魔力を帯びた剣そのものの鱗が、四方八方に飛び出す。
小さくなったあたしを、ランドウがぎゅっと抱きしめていてくれる。
剣は陽光を跳ね返しながら空に舞い、そこに散った数千の火球を、ひとつひとつ跳ね返していった。
ひゅるるるる、と音を立てて、火球が魔法兵団のほうへと戻っていく。
「くっ……!!」
「火球が戻ってくるぞ!! 守れ! 守れ!!」
魔法兵たちは口々に叫び、あちこちに防御魔法の魔法陣が展開されていった。
その中の一部は、防御魔法を張ったまま、前進を試みる。
「前へ!! ひるむな、前へ!! 人間界へ侵攻してきた魔族どもを、一匹でも多く血祭りに上げるぞ!!」
彼らが言うような、人間界へ侵攻してきた魔族なんて、ここにはひとりもいない。
ただの、ひとりも。
魔法兵達だって、本当はわかっているんだろう。
自分達がどれだけむなしくて、胸くそ悪いことをしているか。
わかっていても、目の前には魔法兵団長の入った檻がある。どんな権力を持っていても、セラフィーナたちの逆鱗に触れただけでこうなる可能性があるとなったら、反抗することなんか難しい。
お願い。どうか、できるかぎり、衝突しないで。
あたしは、必死に手を組んで祈る。
そのとき、あたしの指輪がじんわりと光を帯びた。
「これって……」
今までも何かとピンチのときには光った、この指輪。
これって結局なんなんだろう、と思ったとき、指輪から声が聞こえる。
『で、使うの?』
「へっ!? だ、誰!?」
「どうした、ディア」
心配そうにランドウが聞いてくる。
あたしは慌てて、指輪とランドウを見比べた。
「や、その、指輪が……って、ランドウ、指輪の声って聞こえてなさげ!?」
「一体なんの話だ」
不思議そうな顔をするランドウ。
やっぱり、この指輪の喋る声はあたしにだけ聞こえているらしい。
指輪はさばさばした女の人の声で喋り続ける。
『この指輪の継承者にしか、声は聞こえないはずよ。そういう魔法がかかってる』
「てことは、指輪さん、元は魔道士の持ち物、的な……?」
『私の元の持ち主は魔道士じゃない。この大陸で最も有名な聖女、マリーベル』
――マリーベル。
それは、魔王軍と戦って一時停戦を勝ち取った、高名な聖女。
ロビンキャッスル家の親戚で――ランドウの、お母さん。
「ま………………ママッ!?」
あたしは怒鳴り、ランドウは焦る。
「!? ディア、どうした、何がママだ!」
「ちょ、え、あ……」
あたしが説明に困っているうちに、指輪はどんどんあたしに語りかけてきた。
『私はマリーベルが魔界の宝物庫から持って帰った魔法の指輪よ。三回ぶんの真の願いを叶える能力があるの。マリーベルは一回だけその能力を使い、指輪を子孫に残すことにしたわ。で、死後も魂の欠片をこの指輪につなぎ止めて残したの。つまり私はマリーベルの遺品にして、マリーベル本人みたいなものよ』
「あ~~色々むずかしーけど、やっぱママ!!!! お世話になっております!!!!」
『お世話してます~。息子と嫁まで見られるとか、長生きするもんだわ』
とんでもない話だけど、目の前に姑がいるなら挨拶する他ない。
あたしはせっせと頭を下げるが、それを見たランドウはすっかり悲観的な顔になった。
「ディア……戦いが終わったら、景色のきれいなところでゆっくりデートしよう」
「ううう、ランドウ、ごめん……。あたしの発言がヤバいのはわかってる。わかってるんだけど、挨拶しないってわけにもいかないし!! は~~~どうしよどうしよ、挨拶のあと、どうしたらいい!? せめて平和なときなら、茶くらいしばいてもらうのにい!!」
『錯乱しないで。そんなことより、あの魔法兵たちを倒すかどうかだけ、決めなさい』
指輪の返事は、きっぱりしていた。
その内容に、あたしはぴたりと動きを止める。
この指輪、魔法兵を倒す、って、言った……?
「そんなこと、できるんです……?」
おそるおそる、あたしは聞いた。
指輪は事もなげに答える。
『三つの願いを叶える、って言ったでしょ。時間を巻き戻す大魔法に比べたら、そんなのカスみたいなもんよ』
「時間を巻き戻す!? ひえ~~~レベル神すぎっ!!」
あたしはびっくりしつつも、希望が湧いてくるのを感じる。
この指輪に願えば、魔法兵も魔族も無傷のまま、お互い撤退させることもできるかもしれない。
この指輪が願いを叶えてくれる回数は、三回。
そのうちの一回は、マリーベル本人が使ったという話だった。
だったら、「魔法兵も魔族も無傷のまま撤退」で一回。「永遠の和平」で一回、でいけるんじゃないだろうか。
そこまであたしが考えたときに、指輪が呆れ声を出した。
『何? まさか、気付いてなかったの? 私があなたのために、一度時間を巻き戻したのを』
「……へ?」
あたしは、目を丸くして指輪を見た。
指輪は続ける。
『処刑塔に落っこちたあなたは、もう一度やりなおして、私の息子に告白したいと願った。私はその願いを叶えたわ』
言われてみたら、そのとおりだ。
どうして気付かなかったんだろう。
あたしはすでに時間がまき戻る、なんていうとんでもない奇跡に立ち会っていたのに、当然のことみたいに受け入れてしまった。
それは多分、漫画で百回読んだ設定だったから。
でも、あたしの世界には、あたしの世界なりの理屈があって。
あたしを生かしてくれて、あたしに一世一代の告白をさせてくれたのは、ランドウのお母さんで。
そして――
『残りの願いは、あと一回。あなたは、何を願うのかしら?』




