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【35】人間の邪悪

 バリバリっと音を立てて、即席の舞台が破壊される。

 壊しているのは、斧を携えた帝国の魔法兵団の面々だ。


「誰がこんな嘘だらけの芝居を上演していいと言った!! 中止だ、中止!!」


「嘘だらけって……昔から伝わる話だろ?」


「そうだよ、今年は珍しいメンツで演じてるけど、今までは人間だけでずっと演じてた芝居だよ」


 村人たちはためらいながらも、魔法兵団たちに反論した。

 が、魔法兵団たちは聞く耳持たない。本来はこんな雑な作業をするような兵士達ではないのだ。対魔族エリート集団なのである。とにかく言われた作業をとっとと終わらせようと、村人達をかき分けて舞台を解体していく。


「どうする? あの人間たち。しめとくか?」


「いやあ、しかしここで戦うなってのが、ランドウ様のご命令だしなあ」


 雑魚魔族たちも、戸惑い気味で話し合っている。

 普段は結束力などかけらもない彼らも、ランドウが強さを見せまくった後だ。命令違反を躊躇うくらいの能はある。


 そんな彼らをかき分けて、リエトは魔法兵団に近寄っていった。


「なんだい、君らは。祭りの客にしては無粋すぎないか?」

 

 朗らかな笑みを浮かべてはいるが、彼が魔界侯爵なのは人間たちにとっても有名な話だ。

 魔法兵たちは、舞台を壊す手を止めてリエトとにらみ合う。

 

 こんな摩擦は村のあちこちで起こっているようだった。

 あたしはみんなの様子を眺め、青くなってつぶやく。


「やばい……こんなの、絶対やばいよ。魔法兵、百人は居る?」


「うふふ。魔族と人間、まさに一触即発ですわ。魔族と人間の交流文化祭だなんて、実にいい機会を作ってくださいましたね、魔王ランドウ。そして、バカのディアネット。魔族は野蛮ですもの、小競り合いが起こるのは時間の問題。どんなちょっとした喧嘩でも、戦争を正当化することはできるでしょう」


 セラフィーナはにこにこととんでもないことを言う。

 ここまで来たら、もう説得なんていう段階じゃない。

 あたしは気合いを入れて、きっとセラフィーナを睨んだ。


「させない、そんなこと」


「あら。あなたに何ができますの?」


「あたしには、何もできないよ。でも、こんなの絶対人間のほーが悪いじゃん!! 丸見えだよ! 村のみんながちゃんと見てるし、言うなって言ってもぜっっっったい、噂ひろがりんぐ決定だし!! 悪事は、ぜったい、バレる!!」


 あたしは叫ぶ。

 ここがいくら小さい村でも、三百人くらいは村人がいるだろう。

 三百人って言ったら高校一校くらい。その全員に箝口令敷くとか、絶対無理だ。


「みんなが見たものは、消えない。消せない。絶対に」


 力をこめて言うあたしを、セラフィーナは少し不思議そうに見つめる。

 そして、事もなげに続けた。


「じゃあ、村人ごと一帯を焼けば、証拠はなくなりますわね?」


「は……? や、焼く!?」


 セラフィーナが何を言っているのかわからなくて、というか、頭がセラフィーナの言葉を拒否してしまって、あたしの目の前はチカチカし始めた。何これ、何これ、本当に、なんなんだろう。

 目の前のセラフィーナが、得体のしれない化け物に変わっていくような気がする。


 言葉を失うあたしの肩を、ランドウが抱いて引き寄せる。

 そして、言う。


「ディア。ここまで、どうもありがとう」


「へ……? な、なんで、お礼?」


 急なお礼に、あたしは目をぱちぱちさせた。

 びっくりはしたけれど、そのせいでセラフィーナ発言のショックは薄れた気がする。


 ランドウはというと、あたしではなく、セラフィーナをじっと見つめていた。

 彼は告げる。


「セラフィーナは……あれは、ディアのような温かい人間には理解できないモノだ。この世に自分以外の人間がいるということが、根本的に分かっていない。他人の存在が腑に落ちないから、他人が何を感じるかが根本からわからない。自分が受けた傷を百倍、千倍にして他人に返すことばかりを必死に考えている。そういう化け物なんだ」


「ばけ、もの……」


 あたしは、違和感のあるその言葉を噛みしめた。

 ランドウはそんなあたしの頬を軽く撫でると、穏やかに囁く。


「ディアはもう、あんなものは見なくていい。あれをどうにかするのは、俺の仕事だ」


「え、ちょ、ま……! セラフィーナは、あたしがどうにかしなきゃ……温かいのはランドウだって一緒だよ。ランドウだって、やばたにえんな子の相手とか、ヤでしょ!?」


 必死に叫んだあたしの額に、ふわっとランドウの口づけが落ちてくる。

 優しくて、柔らかくて、どこか寂しい感触。


「……!」


 唇はすぐに離れていき、ランドウの紫色の瞳が一気に鋭さを増した。


「俺はこれでも、魔王だからな」


 ランドウは静かに言い放ち、あたしを抱いたままセラフィーナと対峙する。

 セラフィーナは堂々とランドウを見つめ、不敵に笑った。


「あら、少しは魔王らしい顔になりましたわね。その顔、嫌いじゃありませんことよ?」


 セラフィーナは言い、背後に手で合図を送る。程なく、彼女の背後から、奇妙な馬車が近づいてきた。

 巨大な馬にひかれた馬車の荷台には、大型獣を入れるような檻が乗っている。その中には、ひとりの老人がいた。


「……魔法兵団長」


 ランドウがうなるようにつぶやく。


「え? 嘘……」


 あたしも檻の中に目をこらしたが、そこにいるのはかつて見慣れた魔法兵団長の姿ではなかった。

 宮殿ではいつでも真っ白な衣を引きずり、育ちの良さそうな穏やかな笑みを浮かべていた彼。

 今はガリガリに痩せて、乾いた血と泥にまみれたぼろ切れのような衣をまとっているだけ。まるでミイラかゴミの山みたいになった彼の腕が、のろのろと動く。

 その手の先には、本物の枯れ枝があった。


 ――いや、違った。

 あれは、魔法の杖。


「――業火」


 ぽそり、と、魔法団長のなれのはてがつぶやく。

 もはや呪文ですらない、たったひとつの単語で、杖の先が青白い高温の炎に包まれた。

 炎はドッ!! と水のようにほとばしり、超高速でランドウとあたしに向かってくる!!


「いでよ、剣竜!!」


 ランドウが叫ぶと、あたしたちの目の前に、ドドドッ、と巨大な剣が刺さる。

 魔法兵団長が発した炎は、魔力を含んだ剣にぶつかると勢いをなくした。


 ランドウの背で巨大な翼が開き、ランドウはあたしを抱いたまま空に舞い上がる。

 上空から見ると、さっきと少々景色が変わっているのが分かった。

 村はずれに横たわっていたはずの山が、形を変えている。


「あの、山っぽいのって……」


「剣竜だ」


 周囲を吹き荒れる風の音に紛れて、ランドウの声がする。

 そうだ、あの村はずれの山は、山ではない。ランドウが従えた巨大な竜だ。

 剣竜という名の通り、体中に魔力を帯びた剣のような鱗を生やした竜。

 土に浅く埋もれていた彼が、大量の土砂を滝のようにこぼしながら、長い首をもたげて愚痴る。


「おいおいおいおい……俺の役目は、ここで大道具になってりゃいいんじゃなかったかあ……?」


「予定が変わった。次がくるぞ」


 ランドウの素っ気ない声。

 剣竜の目がぎらりと光って、ランドウのほうへ一瞥を送りこむ。


「魔族使いが荒いねえ、唯一無二のランドウはよぉ!!」


 剣竜が喉の奥に高温の炎を溜め、魔法兵団長に向かって吐き出した!

 魔法兵団長も、すぐさま同じ炎魔法で迎え撃つ。

 炎と炎が壮絶な勢いでぶち当たる。

 そして――ばちん!!と、消滅した。


「ほぉ。人間の割りに、やるじゃねえの!!」


 これでかえって剣竜はやる気になったようだ。武者震いでぶるりと全身を震わせると、全身に生えた剣がじゃりじゃり、しゃらしゃらと音を立てる。


「次が来るぞ。人間の魔法の粋、極限の圧縮だ!」


 ランドウが叫び、剣竜が身構える。


「いいぜ、見せてもらおうじゃねえか、極限とやらを!!」


 アライアスやセラフィーナに迫害された魔法兵団長は、もはや自分を守ろうなどと思っていないに違いない。最後の最後、死に際に自分の力を振り絞り、最強魔法を撃つことだけを考えている。


 魔法兵団長の杖からほとばしった三度目の炎魔法が、まっすぐに剣竜を襲う。

 剣竜はすかさず喉に炎を溜め、打ち出そうとした。また、対消滅を狙ったのだ。


 だが、そのとき。

 魔法兵団長の放った炎が、剣竜手前数十メートルで、千々にはじけ飛んだ!!


「な、なに!?」


 あたしは叫び、ランドウの腕から周囲をきょろつく。

 弾けた炎は剣竜の体を避け、幾百、幾千もの火球となって、村中に広がっていく。

 

 まさに、村全体を炎に包もうというかのように。

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