表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/41

【32】魔族大文化祭、開催

 祭りと言えば、金魚すくいに御神輿。

 祭り囃子に、浴衣と法被。


 そうじゃなきゃ、やっぱりあれだ。

 手書きのポスター、慣れない大工仕事、唐突なミスコン、素人演劇。


「ってことで、恋の仕上げには文化祭でしょ!!」


 あたしは拳を宙に突き上げる。

 横では、ランドウが神妙な顔でうなずいていた。


「文化祭。高尚な響きだ」


「高尚ですか? これ。人間達のやる市場の派手なやつってだけじゃねーかな」


 ヒビキは腕を組んで文句をつけるが、マリカはスカートをひらひらさせてくるくる回り続け、大層楽しそうだ。


「うふふ、ふふ、うふふ、人間の~~、文化~~♥」


 そんなマリカを見つめて、ランドウがぽつりと言う。


「しかし、この服装は一体……」


「ランドウ、ここにいるのかい? 言われたとおり、ステージも用意したし……」


 ランドウが言い終える前に、吸血鬼のリエトがあたしたちのいる部屋の扉を開く。

 そして、あたしたちの格好を見つめて固まった。

 しばしの沈黙の後、リエトは美しい顔をくしゃりとゆがめ、その場にしゃがみこんでしまう。


「ら、ランドウが~~……わた、わた、わたしの、大事なランドウが~~~……人間のあばずれにとっ捕まったあげく、下僕にされてるぅぅぅぅぅ……今すぐ死にたい……」


「ちょ、ま!! なんで下僕!? 執事コスのランドウ、めっちゃ美!! だけど!?」


 あたしは慌てて叫び、ランドウを見上げる。


 本日のランドウは髪型をビシッと決めて、ちょっと華美に仕立てた執事服を着ている。極めつけは、眼鏡だ。三流魔道士だったときとはちょっと違う、イケメン眼鏡!

 わざわざ人間界で買い求めたそれをつけたランドウは、魔道士ランドウと魔王ランドウのハイブリッドって感じで、本当に本当に格好いい。


 あたしはあたしでメイド服をまとい、最高のランドウをうっとりと見つめていた。


「はー……ランドウと執事喫茶できるとか、やっぱ最高……」


「しつじきっさ? しつじきっさって、なに? わたしはわたしのランドウに、人間相手に給仕させるために、これだけの祭りの準備をしたの……?」


 膝を抱えてぶつぶつ言うリエトの周りは、なんだか空気がよどんでいる。

 あたしはさすがに申し訳なくなって、慌てて部屋の窓を押し開いた。


「リエト、リエトはほんとにすごいよ……! ほら、見て、この村!」


 窓を開けると同時に、にぎやかな空気が室内に入りこんでくる。

 あたしたちがいるのは、村の宿屋の二階の部屋だ。

 窓からは最高の景色が見える。どこまでも青い空、石畳の広場、噴水からこぼれる透明な水。山の麓には風車があり、山から吹き下ろす風でゆったりと回る。


 ここはもちろん、魔界じゃない。

 人間界の宿屋だ。

 帝国の外れの村で、万年雪を頂く山に囲まれた美しい場所にある。


「こんなステキ村で文化祭できるとか、激ヤバ!!」


 あたしは心の底から言う。

 リエトは小さくため息を吐いて立ち上がった。


「人間界で、わたしたちと一緒に祭りを開いてくれるところ……すなわち、魔族に比較的印象がいいところと言ったら、ここくらいしかない。我が一族の始祖が愛した娘の子孫が作った村だ。度々我が一族好みの美人を輩出するから、わたしたちも保護を与えてきた」


「な~んだ」


「……な~んだ、とは、なんだ?」


「んー? 結局吸血鬼一族も、人間の彼ぴになったことあるんじゃん、て」


 あたしがにこーっと笑うと、リエトは鼻で笑う。


「なーにが彼ぴだ。我々にとってこの村は人間牧じょ、いや待てランドウ殺気を出すな早い早い早いし強い!!」


 ランドウは目に見えそうな殺気を漂わせてリエトを睨んでいたが、殺気はすぐに緩んだ。

 ランドウはあたしの隣に立ち、村を見渡す。


「魔族と人間がわかり合うのは時間がかかる。だが、始めなくてはどうにもならない。まずは魔界の文化を人間に知ってもらう。魔族にも、人間の文化を知ってもらう」


「そーだね。この村のお祭りは有名だから、各地からひとが来る。そのひとたちに、魔族の良さを見てもらお!」


「少なくとも、共に暮らす未来を少しでも想像できる状態には持っていきたい」


「いける、いける。スペシャルなゲストも呼んでるし、きっといけるって!」


 あたしたちの眼下では、すでに様々な催しが行われていた。

 村人たちが出しているのは、お祭り用に溶かした砂糖で飾ったねじりパンや、飾り切りを施した果物を売る屋台。ランドウに叩きのめされ、『人間に危害を加えない』と誓った魔族たちは、目を丸くして馴染みのない食べ物を眺めている。


 串焼き肉の屋台は、ヒビキの親戚である人狼一族が担当していた。


「いらっしゃい、いらっしゃい! 魔界の業火で焼いた肉だよ!!」


「肉の種類は、魔界ものも人間界ものもあるよ。いらっしゃーい!」


 派手な呼び込みと肉の焼ける匂いに惹かれた人間達が、おそるおそる串焼き肉を頬張って明るい顔になる。中には、ごおごおと燃える屋台の火を見て、


「この燃える石……これが美味さの秘密では……?」


と腕を組んで、魔界からの燃料輸入を考える者もいる。


 リエトが仲間と共に組んだという舞台は、野外の舞台にしては凝りに凝っていた。

 彫刻をほどこした優雅な枠に、カーテンがかけられるようになっている。


 舞台上で演じられるのは『ギョウコウの恋』の予定だ。

 つまりそれって、何百年も前の、人間と魔族の恋の話。


 あたしは窓枠に寄りかかりながら言う。


「ね。ランドウのお母さんって、人間なんだよね?」


「そうだな。顔も見たことがないが」


 ランドウはつぶやき、舞台の袖で準備をしている役者達を見下ろす。

 あたしはそんなランドウを見つめ、少し不思議な気分になった。


 なんだろう。

 すべては、当たり前。

 なるべくして、なった。

 そんな気分になったのだ。


 あたしは自分で自分の気持ちに首をかしげ、すぐに気を取り直した。


「ランドウママ、会ってみたかったな。ランドウ似なら、美人かくてーでは?」


「顔は、人間界に伝わっているんじゃないのか?」


「へ?」


 あたしはびっくりして目を瞠る。


「え、そ、そうなの? ひょっとしてママ、有名人?」


「ああ。我が父、ギョウコウに挑んだ勇者一行のひとり。その魔法で魔界と人間界の一時停戦をも成し遂げた、聖女マリーベルだ」


「えっ」


「……? どうした」


 あたしが見事に固まったので、ランドウは心配げな気配を漂わせた。顔にはあまり表情が出ないけれど、ていねいに腰を折って顔をのぞきこんでくれる。


 やさしいランドウの、きれいな顔。

 もちろんキュンとするんだけど、今はそれどころじゃなかった。


 あたしは、目の前のきれいな顔に、見慣れたマリーベルの面影を探す。

 言われてみれば、似ている、かもしれない。

 あの、ロビンキャッスル家の廊下にかかった、マリーベルの肖像画に……。


「じゃ、ランドウって、あたしの、親戚……?」


「何!?」


 ランドウがぎょっとする。

 あたしは慌ててぶんぶん首を横に振った。


「血は! 繋がってない!! マリーベルは魔界から帰ってきてから、おばーちゃんになるまで独身で過ごしたし……ってか、魔界でギョウコウと結婚してたんなら当然なんだけど! で、でも、いろいろぐるぐるーっとして、ウチのお城のお墓で寝てる……」


「そう……か。……そうだったのか……」


 ランドウはしばらくぼうっとしていたようだけど、やがて、あたしを見て、笑った。

 その顔はなんでか、とっても安心しているように見えたんだ。

 あたしもつられて、なんだかほっとした。


 ディアネットの先祖は、一度魔界と人間界の停戦に成功している。それに、魔族と一緒になって子どもも作れている。

 そういうひとがいるなら、あたしだってもっと希望を持てる。


「ん。なんか、ご縁感じるね。あたしの古い指輪も、ひょっとしたらマリーベル時代のやつかもー!」


 あたしがそんなことを言って笑っていると、ヒビキが耳をぴくぴくさせて言った。


「……おっ、客だ。執事喫茶に客が来た音がする」


「っ、ヤバ!! 早く行かなきゃ。いこ、ランドウ! 魔界執事喫茶を成功させて、人間に魔族の魅力、アピらなきゃ!! ひょっとしたら、スペシャルなゲストかもしれないし!」


 あたしは慌ててランドウの手を掴み、そのまま引っ張って宿屋の部屋を飛び出した。

 急な階段を降りて、宿屋の一階へ向かう。普段は酒場、兼食堂になっている場所には、お洒落な円卓がいくつも出ていた。


 心づくしの花で彩られた、手作りの執事喫茶。そこに入ってきたお客は、輝かんばかりの美人だ。


 長い銀髪に、夢みるような水色のドレス。


 あたしは――あたしは、立ち止まる。


 銀髪の美女。

 セラフィーナは、あたしを見ると完璧な笑みを浮かべた。


「――ごきげんよう、お久しぶりですわね、ディアネット」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ