【32】魔族大文化祭、開催
祭りと言えば、金魚すくいに御神輿。
祭り囃子に、浴衣と法被。
そうじゃなきゃ、やっぱりあれだ。
手書きのポスター、慣れない大工仕事、唐突なミスコン、素人演劇。
「ってことで、恋の仕上げには文化祭でしょ!!」
あたしは拳を宙に突き上げる。
横では、ランドウが神妙な顔でうなずいていた。
「文化祭。高尚な響きだ」
「高尚ですか? これ。人間達のやる市場の派手なやつってだけじゃねーかな」
ヒビキは腕を組んで文句をつけるが、マリカはスカートをひらひらさせてくるくる回り続け、大層楽しそうだ。
「うふふ、ふふ、うふふ、人間の~~、文化~~♥」
そんなマリカを見つめて、ランドウがぽつりと言う。
「しかし、この服装は一体……」
「ランドウ、ここにいるのかい? 言われたとおり、ステージも用意したし……」
ランドウが言い終える前に、吸血鬼のリエトがあたしたちのいる部屋の扉を開く。
そして、あたしたちの格好を見つめて固まった。
しばしの沈黙の後、リエトは美しい顔をくしゃりとゆがめ、その場にしゃがみこんでしまう。
「ら、ランドウが~~……わた、わた、わたしの、大事なランドウが~~~……人間のあばずれにとっ捕まったあげく、下僕にされてるぅぅぅぅぅ……今すぐ死にたい……」
「ちょ、ま!! なんで下僕!? 執事コスのランドウ、めっちゃ美!! だけど!?」
あたしは慌てて叫び、ランドウを見上げる。
本日のランドウは髪型をビシッと決めて、ちょっと華美に仕立てた執事服を着ている。極めつけは、眼鏡だ。三流魔道士だったときとはちょっと違う、イケメン眼鏡!
わざわざ人間界で買い求めたそれをつけたランドウは、魔道士ランドウと魔王ランドウのハイブリッドって感じで、本当に本当に格好いい。
あたしはあたしでメイド服をまとい、最高のランドウをうっとりと見つめていた。
「はー……ランドウと執事喫茶できるとか、やっぱ最高……」
「しつじきっさ? しつじきっさって、なに? わたしはわたしのランドウに、人間相手に給仕させるために、これだけの祭りの準備をしたの……?」
膝を抱えてぶつぶつ言うリエトの周りは、なんだか空気がよどんでいる。
あたしはさすがに申し訳なくなって、慌てて部屋の窓を押し開いた。
「リエト、リエトはほんとにすごいよ……! ほら、見て、この村!」
窓を開けると同時に、にぎやかな空気が室内に入りこんでくる。
あたしたちがいるのは、村の宿屋の二階の部屋だ。
窓からは最高の景色が見える。どこまでも青い空、石畳の広場、噴水からこぼれる透明な水。山の麓には風車があり、山から吹き下ろす風でゆったりと回る。
ここはもちろん、魔界じゃない。
人間界の宿屋だ。
帝国の外れの村で、万年雪を頂く山に囲まれた美しい場所にある。
「こんなステキ村で文化祭できるとか、激ヤバ!!」
あたしは心の底から言う。
リエトは小さくため息を吐いて立ち上がった。
「人間界で、わたしたちと一緒に祭りを開いてくれるところ……すなわち、魔族に比較的印象がいいところと言ったら、ここくらいしかない。我が一族の始祖が愛した娘の子孫が作った村だ。度々我が一族好みの美人を輩出するから、わたしたちも保護を与えてきた」
「な~んだ」
「……な~んだ、とは、なんだ?」
「んー? 結局吸血鬼一族も、人間の彼ぴになったことあるんじゃん、て」
あたしがにこーっと笑うと、リエトは鼻で笑う。
「なーにが彼ぴだ。我々にとってこの村は人間牧じょ、いや待てランドウ殺気を出すな早い早い早いし強い!!」
ランドウは目に見えそうな殺気を漂わせてリエトを睨んでいたが、殺気はすぐに緩んだ。
ランドウはあたしの隣に立ち、村を見渡す。
「魔族と人間がわかり合うのは時間がかかる。だが、始めなくてはどうにもならない。まずは魔界の文化を人間に知ってもらう。魔族にも、人間の文化を知ってもらう」
「そーだね。この村のお祭りは有名だから、各地からひとが来る。そのひとたちに、魔族の良さを見てもらお!」
「少なくとも、共に暮らす未来を少しでも想像できる状態には持っていきたい」
「いける、いける。スペシャルなゲストも呼んでるし、きっといけるって!」
あたしたちの眼下では、すでに様々な催しが行われていた。
村人たちが出しているのは、お祭り用に溶かした砂糖で飾ったねじりパンや、飾り切りを施した果物を売る屋台。ランドウに叩きのめされ、『人間に危害を加えない』と誓った魔族たちは、目を丸くして馴染みのない食べ物を眺めている。
串焼き肉の屋台は、ヒビキの親戚である人狼一族が担当していた。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 魔界の業火で焼いた肉だよ!!」
「肉の種類は、魔界ものも人間界ものもあるよ。いらっしゃーい!」
派手な呼び込みと肉の焼ける匂いに惹かれた人間達が、おそるおそる串焼き肉を頬張って明るい顔になる。中には、ごおごおと燃える屋台の火を見て、
「この燃える石……これが美味さの秘密では……?」
と腕を組んで、魔界からの燃料輸入を考える者もいる。
リエトが仲間と共に組んだという舞台は、野外の舞台にしては凝りに凝っていた。
彫刻をほどこした優雅な枠に、カーテンがかけられるようになっている。
舞台上で演じられるのは『ギョウコウの恋』の予定だ。
つまりそれって、何百年も前の、人間と魔族の恋の話。
あたしは窓枠に寄りかかりながら言う。
「ね。ランドウのお母さんって、人間なんだよね?」
「そうだな。顔も見たことがないが」
ランドウはつぶやき、舞台の袖で準備をしている役者達を見下ろす。
あたしはそんなランドウを見つめ、少し不思議な気分になった。
なんだろう。
すべては、当たり前。
なるべくして、なった。
そんな気分になったのだ。
あたしは自分で自分の気持ちに首をかしげ、すぐに気を取り直した。
「ランドウママ、会ってみたかったな。ランドウ似なら、美人かくてーでは?」
「顔は、人間界に伝わっているんじゃないのか?」
「へ?」
あたしはびっくりして目を瞠る。
「え、そ、そうなの? ひょっとしてママ、有名人?」
「ああ。我が父、ギョウコウに挑んだ勇者一行のひとり。その魔法で魔界と人間界の一時停戦をも成し遂げた、聖女マリーベルだ」
「えっ」
「……? どうした」
あたしが見事に固まったので、ランドウは心配げな気配を漂わせた。顔にはあまり表情が出ないけれど、ていねいに腰を折って顔をのぞきこんでくれる。
やさしいランドウの、きれいな顔。
もちろんキュンとするんだけど、今はそれどころじゃなかった。
あたしは、目の前のきれいな顔に、見慣れたマリーベルの面影を探す。
言われてみれば、似ている、かもしれない。
あの、ロビンキャッスル家の廊下にかかった、マリーベルの肖像画に……。
「じゃ、ランドウって、あたしの、親戚……?」
「何!?」
ランドウがぎょっとする。
あたしは慌ててぶんぶん首を横に振った。
「血は! 繋がってない!! マリーベルは魔界から帰ってきてから、おばーちゃんになるまで独身で過ごしたし……ってか、魔界でギョウコウと結婚してたんなら当然なんだけど! で、でも、いろいろぐるぐるーっとして、ウチのお城のお墓で寝てる……」
「そう……か。……そうだったのか……」
ランドウはしばらくぼうっとしていたようだけど、やがて、あたしを見て、笑った。
その顔はなんでか、とっても安心しているように見えたんだ。
あたしもつられて、なんだかほっとした。
ディアネットの先祖は、一度魔界と人間界の停戦に成功している。それに、魔族と一緒になって子どもも作れている。
そういうひとがいるなら、あたしだってもっと希望を持てる。
「ん。なんか、ご縁感じるね。あたしの古い指輪も、ひょっとしたらマリーベル時代のやつかもー!」
あたしがそんなことを言って笑っていると、ヒビキが耳をぴくぴくさせて言った。
「……おっ、客だ。執事喫茶に客が来た音がする」
「っ、ヤバ!! 早く行かなきゃ。いこ、ランドウ! 魔界執事喫茶を成功させて、人間に魔族の魅力、アピらなきゃ!! ひょっとしたら、スペシャルなゲストかもしれないし!」
あたしは慌ててランドウの手を掴み、そのまま引っ張って宿屋の部屋を飛び出した。
急な階段を降りて、宿屋の一階へ向かう。普段は酒場、兼食堂になっている場所には、お洒落な円卓がいくつも出ていた。
心づくしの花で彩られた、手作りの執事喫茶。そこに入ってきたお客は、輝かんばかりの美人だ。
長い銀髪に、夢みるような水色のドレス。
あたしは――あたしは、立ち止まる。
銀髪の美女。
セラフィーナは、あたしを見ると完璧な笑みを浮かべた。
「――ごきげんよう、お久しぶりですわね、ディアネット」




