【30】魔界のお茶会、もしくは作戦会議
「はああああ……ほんっとに、ほんっとにびっくりしましたねえ……」
マリカがしみじみとつぶやき、とぽとぽとお茶を淹れてくれる。薄い陶器のカップに注がれる赤色の液体からは、ベリー系のいい匂いが漂ってきた。
あたしは幸せにその匂いを吸いこんで、行儀悪くテーブルに頬杖をつく。
「ランドウ、ヤバたにえんだったよねえ。一撃で塔がまるっと逝っちゃうとか、もう神? てゆーか? 実際には魔王なんだけど~」
「ヤバたにえんってなんです? 花嫁とはいえ、もーちょっとランドウさまに対する敬意みたいなもんを漂わせられないんですかねえ……。まあ、ランドウ様は明らかに花嫁のキスでパワー全開になってたから、いいんですけど」
あたしの隣に座った、ヒビキはぼやきつつもそれなりに機嫌がいい。
ランドウとリエトの戦いのあと、あたしたちは魔王城の中庭でお茶をしていた。魔界にお茶なんて文化は全然ないけど、ランドウの地道な魔法を使った植物栽培のおかげで、城壁に囲まれた庭は美しいハーブガーデンに生まれ変わったのだ。
緑やグレー、燃えるような赤に、ラベンダー。色とりどりのハーブが繁るガーデンの真ん中には、円卓がしつらえられている。茶器は全部、ランドウが人間界で買ったもの。魔法使いのお給料でちまちま買い集めていたものを、こっそり人間界から持ってきた。
ハーブと茶器と円卓、そして椅子。これだけあれば、魔界でもいくらでもお茶ができる。
「あのときのランドウ、完全にシャイニングだった……バーニングかもしんない。マジ後光さしてたよ」
あたしがため息を吐きながらうっとり言うと、向かいに座ったランドウが淡々と返す。
「雷光のせいだろう。ディア、目の具合が悪くなったら、いつでも……」
「ちがうちがう、ちがーーーう! 光り輝いてたのは、あたしの心の目で見たランドウだよ。もう、びっかびかだったからね!」
「びっかびか」
ランドウはカップを持ったまま遠くを眺め、唇でかすかに笑う。
「……面白いな、びっかびか」
「ひゃ。きゅんっ」
うっとりするあたし。同じく円卓についたマリカが、くすくすと笑う。
「お二人とも、素敵です……ただの人間のカップルっぽくて、とっても萌えますぅ」
「ただの……人間カップルぅ……?」
地獄の底から響いてくるような声がして、あたしたちは円卓の端を見た。さっきからお茶も飲まずに円卓に顔を伏せている、綺麗な銀髪の青年。こんなさらさらで銀糸みたいな髪を持っているのは、魔族の中でもただひとり。魔界侯爵、リエトだ。
ランドウとの戦いの中で塔に潰されたリエトは、生きていた。生きていたけれど、さすがに魔力を使い果たして気絶したところをランドウにとっ捕まって、きれいな客間に寝かされた。そうして目覚めたあとは、すっかり戦意を失って一緒にお茶をしてくれている、ということなのだ。
どういうこと? って感じだけど、ランドウが言うには『何事にも悪気はない奴だから、そういうものだ』ということらしい。
いや、どういうこと?
そんなリエトは、目の下に隈を作った顔で、ぶつぶつとつぶやいている。
「ランドウは人間じゃない……魔族は人間じゃないんだ……人間より強いし……でも、だったらどうして人間の花嫁をめとると力が増すんだ? おかしくないか? おかしいよな。おかしい。でも、その力をランドウが上手く使えるならいいのか……実際強かったしな……なんなら美しかったしな……でも……でもでも……」
「リエト、お菓子、ど? 魔界の炎で蒸したお芋のケーキ」
あたしがふかふか蒸しケーキを載せた皿を押しやると、リエトはきれいな眉間に皺を寄せた。
「君、よくわたしに菓子なんか出してくるね。君の夫を殺そうとしたのに」
「それはまだ怒ってる」
あたしはぼそりと言い、自分も蒸しケーキをかじる。ふかふかもふもふの食感が優しくて、あたしの気持ちも少しだけふわっとする。
ふう、と息を吐き、あたしは改めて言う。
「けど、まだあたしたち、ちゃんと話してないから。ちゃんと話してから、リエトのこと、好きかキライか決める」
「話して何かわかるかな? 戦ったほうがわかると思うよ、わたしは」
つんとして言われたので、あたしもちょっと意地悪な気持ちになった。せいぜい品良くお茶を飲んでから、ちらりとリエトを見て言う。
「ふーん。リエトはあたしとランドウのキスに負けて、何かわかった?」
「………………………………くそっ!!」
リエトの顔は見る見る青くなり、彼は再び勢いよく円卓に顔を伏せた。くらーいオーラをまといつつ、リエトはぶつぶつ言葉を吐く。
「ランドウは……ランドウはわたしが育てたのに、こんな野蛮な格好の野蛮な女に唾つけられるとか……一体わたしが何したって言うんだぁ……」
「何もしなかっただろう」
ぽつり、と言ったのはランドウだ。
あたしたちはみんなランドウを見る。リエトもランドウを見ながら、困った顔で笑った。
「……嘘だろう? 最初の五十年は手塩にかけて育てたじゃないか」
「そうだな。手塩にかけて育てて、あとは寝た」
「慣れない育児で疲れたんだよ……ランドウ、反抗期だったし。なに、ランドウ、さみしかったの?」
リエトは甘ったるい顔で囁いてくる。
ランドウはそんなリエトをじっと見つめ返し、言う。
「うん」
「ひゃっ!! ランドウが、『うん』だって!!」
あたしは勝手に盛り上がるが、リエトは黙りこくった。驚いたような顔でまじまじとランドウを見つめたのちに、ふっと長いまつげを伏せる。
「……そうか。ごめんね」
つぶやいた声は、不思議なくらい力が抜けていて。
なんていうか、素の声だった気がする。
これはこのひとの本心なんじゃないだろうか。
本心の、謝罪。
それを聞いたランドウの気配も、少しゆるんだ気がする。
あたしは二人を交互に見て、そっと言う。
「これからは、一緒できる? 喧嘩しない?」
あたしが聞くと、リエトはやっぱり素の声と顔でこくんとうなずく。
「多分しない。ちゃんと負けさせてもらったからね。ただまあ、お前のことは殺すかもしれない、嫉妬で」
「………………」
途端にランドウから殺気が湧き上がったので、あたしは必死にランドウの腕にすがった。
「ちょいちょいちょい、ちょい待ち、ランドウ! いいじゃん、これだけ正直に言ってくれてんだし!!」
「正直ならいいというわけではないだろう」
ランドウは難しい顔だったけれど、すぐに小さく息を吐いた。
「だが……そうだな。何もかも隠して笑っているときよりは、マシか」
「そーだよ、リエトはランドウパパ第二号なわけだし、仲良しはぴまるだよ! それに……」
あたしは一度言葉を切って、リエトを見る。
リエトは困ったような、曖昧な笑顔になってあたしを見つめ返した。
「なんだい、その、企みのある笑顔は」
「企み、あるよぉ」
あたしは、うふふ、と笑い、自分の考えを披露する。
「ランドウパパ第二号さんって、めっちゃ仲間呼べるじゃん? そしたら……あたしたち、魔界ネガティブキャンペーンの逆ができそじゃない!?」




