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【29】ランドウが卵だったころ

 崩れてくる塔を見上げて、リエトは少しだけ思い出す。

 ギョウコウが死んだあとのことを。



 ギョウコウが黒い塵の山となって消えたあと、そこには魔力の殻に包まれた卵が残った。


 ――こんなもののために、ギョウコウは死んだのか。

 ――殺してやる。


 リエトは力一杯卵を壊そうとしたが、できなかった。

 ギョウコウがそこにこめた魔力は、とんでもなく強かったから。


 リエトはイライラと卵を持ち帰り、寝室に転がした。倉庫に放りこんでもよかったのだが、それでは卵が孵るときを見逃すかもしれない。寝室で絶え間なく見張って、卵が孵った瞬間にギョウコウの子を殺すのだ。

 そう心に誓って、毎日、毎日卵を見つめていた。


 十年ほどの、長い時間がかかった。


 ――お前は本当にのろまだね。

 ――最強だったギョウコウとは比べものにならない。


 毎日卵に毒づいた。


 ――お前はギョウコウの顔も見ずに生まれるんだよ。

 ――哀れな卵。ギョウコウの素晴らしさを知らず、わたしなんかにすぐ殺されるとは。


 卵は何も返さなかった。


 何を言っても、しん、としていた。

 だからリエトは、卵に向かってなんでも言えた。


 ――……ギョウコウは素晴らしかったが、人間界との戦争をやめたのはなんだったんだ?

 ――わたしにも、協力を仰げばよかったのに。共に人間と戦ってほしいと口説けばよかったんだ。


 十年間ギョウコウの思い出をつぶやいているうちに、リエトは少し正直になった。

 本人はよくわかっていなかったが、卵に喋ることはすべて本音になっていた。


 ――ギョウコウはもっと卑怯な手を使ってもよかったと思うよ。とにかくこてんぱんにわたしを叩きのめしてくれれば、わたしもそのまま奴の部下になれたのに。

 ――奴は心が強すぎた。わたしが力を持ったままでいることを許し、卵を作って死ぬときにも少しもおびえず……。


 ――さみしいな。置いて逝かれてしまった。


 ぼそりと言った、その翌日に、卵は割れた。

 浅い眠りを漂っていたリエトは、軽く髪の毛を引っ張られて目覚めた。ぎょっとして目を見開くと、そこには小さな少年がいた。

 生まれたばかりだったが、人間で言えば、四歳くらいの体はできていた。ギョウコウによく似た黒髪と、まったく似ていない紫色の瞳の少年だ。


 彼はリエトが起きたのを確かめると、ほっとしてリエトの脇の下に潜り、丸まって、寝た。

 リエトは、固まっていた。


 卵が孵ったのはわかった。

 それで、どうしたらいいのかはわからなかった。


 ころす。

 殺すのか、これを。


 十年間、そのために卵を見張ってきたはずだった。

 でも、これを殺したら、もう、ギョウコウの思い出話をする相手がいなくなるのだった。

 そう考えるととんでもなく恐ろしくて、リエトは震えた。


 ――さみしい。

 ――さみしい。さみしい……。


 リエトがぶるぶると震えていると、少年が――ランドウが、うっすらと目を開いた。そうして青ざめたリエトの顔を見上げ、心配そうな顔になって、薄い掛布をリエトにかけ直した。少しでも、温まるように。そして、またすぐに眠ってしまった。


 ……リエトは、すぐにランドウを殺すのは諦めた。

 殺したら、もっとさみしくなるのがわかったから。




「……変わってないね、ランドウ」


 卵が孵ってから二百年後。

 リエトはランドウが崩した塔の瓦礫を見上げながら、少し笑う。


 そして、瓦礫に埋もれた。


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