【3】俺は三級魔道士である。正体は魔王だ。
俺の名はランドウ。
姓はない。
なぜなら魔王の家系だからだ。
魔王の家系は唯一無二、姓なんかないし、同じ名前の魔族もいない。いたら無理矢理改名させるか、追放するか。とにかく、俺はこの世で唯一無二のランドウだ。
それってつまり、逃げ隠れできないってことだ。
『ランドウが悪事をやった』と言えば、それは必ず俺のことだ。何を学んで何が得意で何を失敗したか。あらゆることを魔界のみんなが注目している。俺は絶対に逃げられない。
そんな生活に早々に疲れ果て、俺は人間界に入り浸った。
人間と魔族は長い間戦争状態になる。人間界は魔界の憧れだからだ。地下にあっていつも薄暗い魔界と違って、空が青い。土に毒がないから、放っといても作物が育つ。
魔族はどうしても、人間界が欲しい。
俺も人間界が好きだ。
だが、できれば戦争はしたくない。
俺は本当は、人間になりたい。
パンとか粥とか豆とか野菜が好きだ。人間界には、肉食以外は腰抜け、みたいな圧もない。
俺は人間も好きだ。生まれつき魔法が使えないぶん、人間は知恵をしぼる。
弱いなりに頑張って魔法を研究する、人間の魔法使いも好きだ。魔族は生まれつき魔法が使えるから、魔法の研究なんかわざわざしない。ちゃんとした魔法の本があるのは人間界だけだ。
ここ数年、俺は人間界の魔法使いに化けて、図書館に入り浸っていた。誰の目にもつかないよう、頭を低くして、好きなだけ本を読んだ。そして、あの人間に出会った。
『……ディアネット・ロビンキャッスル公爵令嬢に挨拶は?』
ディアネット。
この人間のことは知っている。
誰もやっていない服装を一番にやり、堂々と皇宮を練り歩く。自由な蝶のような人間だ。
この人間の格好は、いつも最初は奇妙に見える。皇宮の人間たちも最初はぎょっとしている。けれどディアネットはひるまない。あまりにも堂々としているから、周りも染まる。気付けば皇宮はディアネットの模倣品にあふれ、ディアネットは彼らの天辺で輝いている。
ディアネットは自由だ。そして、強い。
唯一無二から逃げている俺とは、正反対。
そんな彼女がいきなり俺のテリトリーである図書館に現れた。
つんとして俺を見下ろすディアネットは、遠くから見るより弱そうだった。派手なドレスの中身は思ったよりも丸みを帯びていて、肌はきめ細かくて柔らかそうだ。
俺を見下ろす目も、どこか、強がっているようで……。
かわいい、と思った。
まるで人間界の花みたいだ。
弱くてかわいい、ディアネット。
『はあ。いい天気ですね、ディアネット。読書するなら、席、空いてますよ』
このまま隣に座ってくれないかな、と思って、俺はそう言った。
ディアネットはびっくりしたように目をみはった。
真っ白な頬がふわっと赤く染まって、ふっくらした唇が震えた。
かわいい。やっぱりかわいいな。
もっと喋りたい。もっと見ていたい。
彼女のことを知りたいし、感じたい。もっと近くで……。
『し、失礼な!! 私があなたと一緒に本を読んだり、おしゃべりしたりするわけがないじゃありませんの!! 失礼しますわ!!』
ディアネットは叫び、出て行ってしまった。
俺は落胆しなかった。きっとまた出会えるだろうし、これからもディアネットは皇宮で輝き続けるだろうと思ったからだ。
しかし、その予想は外れた。
以降、ディアネットは一気に転落したのだ。
何者かの陰謀が働いたのはすぐにわかった。
普段は静かな宮殿の隠し通路が騒がしくなり、密偵が右往左往。
ディアネットには大小さまざま、虚実も色々な罪が着せられ、処刑となってしまった。
――人間は弱いな、と、俺は思った。
弱いからこそ、気に入らない相手を殺すのに手間をかける。魔界なら、気に入らない相手とはすぐに殺し合いだ。直接殴り合って、強いほうが勝つ。
人間は、弱い。あれだけ強く見えたディアネットも、処刑前にはろくなことを言えない。
ただ、うろたえて。ただ――。
「ランドウ三級魔道士!!」
名を、呼ばれた。
俺は、慌ててディアネットを見た。
ディアネットは、俺を見ていた。
強い瞳だった。
まっすぐに、射貫くような。
斬りこんでくるような瞳だった。
「あたしっ、ほんとはキミのこと、好きなんですけどッ!!」
好き。君が。
俺を……?
君は俺の正体を知らない。
だとしたら、君は三級魔道士の俺に告白をしたのだ。
公爵令嬢が、三級魔道士に。
君は、やはり、強い。
俺は、震えた。挑まれた、と思った。
君は間違いなく唯一無二だ。俺は、どうだ?
ここで受けて立たなくては、俺はもう、ランドウを名乗れない。
「俺も嫌いじゃない。結婚するか」
告白を受けて立つには、結婚しかない。
俺は覚悟を決めて告げた。
「け、結婚は早くない!? あたしたち、ろくに喋ってもいないし。っていうか私、もう死ぬし?」
ディアネットは可愛く動揺しているが、君が死ぬわけがない。
ここに俺がいるのだ。
「死ななければ結婚してくれるのか? だったら助ける」
「は、はい!?」
俺は立ち上がり、魔力封じの眼鏡を取る。体中に、ドッ、と魔力が巡るのを感じた。魔力の満ちた髪がずるりと伸び、体が元の姿を取り戻す。
「な、何事だ!? おい、あれって魔法か?」
皇子がうろたえて、側近に話しかけている。側近は首をかしげているだけだ。
客席の魔道士たちだけが、俺の気配に気付く。
「こ、これは……!! 魔界の瘴気ですぞ、殿下ぁ!!」
老魔道士が叫ぶ。
そのとおり。俺はぱちんと指を鳴らす。
ごおっと風が吹いた。魔界から呼び出した、すべての力を奪い去る風だ。
漆黒の風は渦を巻き、処刑場の炎を消し飛ばした。
漆黒の渦はそのまま上昇。ディアネットの拘束と処刑椅子を、一気に腐食させる。
「きゃっ、落ちる!!」
ディアネットは大きくよろめき、処刑塔の橋から落ちかけた。俺は長い髪を六枚の翼に変化させ、客席から飛び上がる。六枚の漆黒の翼をはばたかせ、ディアネットのもとへ。
空中でディアネットをキャッチしたところで、攻撃的な魔力が周囲から押し寄せるのを感じた。
「あれは魔族じゃ!! 宮廷のど真ん中まで侵入してきおった!!」
「暗殺目的か!? 殿下を守れ!!」
「殺せ、殺せ!! 宮廷魔法兵団の名を汚すな!!」
老魔道士と魔法兵団の士官が叫び、火球が次々と飛来してくる。俺は、翼と腕でディアネットを包みこんだ。ディアネットは呆然と俺を見ている。
「あの……これ、夢?」
火球は俺の翼に当たっては消えていく。一見無敵の防御に見えるかもしれないが、これは実は結構疲れる。さすが宮廷のど真ん中。魔法兵の火球が重くて熱いのだ。このままでは長くはもたない。
俺は空中でディアネットと抱き合いながら、彼女に言う。
「現実だ。ディアネット、俺に花嫁の誓いの口づけをくれないか?」
「く、口づけっ!? だから、早い、早いって……!!」
ディアネットは真っ赤になってぶんぶん首を振る。
やっぱりかわいい。すごくすごくかわいい。
俺はまじまじとディアネットを見ながら、魔界に伝わる言い伝えを思い出している。
――人間の花嫁を得た者は、希有な魔力を得る。
あの言い伝えが本当なら、ディアネットと結婚した俺は、魔法兵団の攻撃を跳ね返せるだろう。
ここに大きな穴を開け、ディアネットと共に魔界へ行ける。
ディアネットは俺をじーっと見てから、真っ赤になって叫んだ。
「だ、ダメダメダメダメ!! ぜったい、絶対ダメ!!」
ダメか。そうか。
そうか……。
俺は少し、しょんぼりした。
「では、共に滅ぶか」
俺が言った直後、また火球が俺に当たる。
羽毛が焦げるにおいがして、痛みが走る。
がくんと高度が落ちた気がする。
落ちていく。
処刑塔を、ずっと落ちていく。
業火に向かって、落ちていく。
体がじわじわと暖かくなる。
なんだろう。嫌な感じはしない。
独りではないからだろうか。
ディアネットは俺を見ていた。
大きく目を見開いて俺を見て、叫ぶ。
「――ばか!!」
罵倒と共に、ディアネットは俺の襟首をつかむ。
そして、俺にキスをした。
どうっと魔界からの突風が吹く。
処刑塔の底に真っ黒な穴が空いて、俺たちは、そこを落ちていった。
そんなこんなで、陰キャ魔王と元ギャル令嬢のどたばたラブコメを始めました。
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