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【28】あなたは新しい魔王になるの

 真っ赤な空の下、マグマの匂いの風が吹く屋上で、ランドウとリエトは睨みあっている。

 リエトは泣きそうな顔で。ランドウは、強い瞳で。どちらも少年みたいな顔だ。


 ランドウは言う。


「お互いのことがわからないのは、時間と経験が足りないからだ。『普通のお付き合い』で、それを知った。俺たちはお互いを知って、夫婦になる。魔力がどうこうは関係ない」


「ふーふ……」


 あたしは、こんなときなときなのに、ぼんっと赤くなる。


 どうしよう。好きだ。好き。

 あたし、ランドウのことが、凄く好きだ。

 やっぱり、あなたがすっごく好きだ。


 あなたでよかったし、あなたがいいし、今すぐ駆け寄りたい。

 リエトなんかについていかない。奪われない。


 ランドウも同じことを考えているはず。

 だから、きっと、大丈夫。


 ランドウの話を聞いたリエトは、頭を抱えて空っぽの声で笑った。


「あは、はは、あははは……全然、わかんない……わかんないな……お前もギョウコウも、全然わかんない。お互いを知る? わかりあう? 同じことを考える? バカだなあ、他人とそんなことしたら、戦えなくなっちゃうじゃないか!!」


 そのまま彼はきれいな髪の毛をくしゃくしゃにかきまぜ、ぶちり、と数本引きちぎる。


「ひっ、痛そ!」


 言ってから、いや、心臓刺されてるんだから今さらじゃない……? と自分に突っこむ。

 リエトは数本の銀髪をぎゅうっと握りしめてから、魔界の風に乗せた。


「魔族の本性は、戦うことだ。戦いの中で滅ぶことだ。そのことがわからないっていうんなら……」


 ぱらぱらと髪が散っていく。同時に空が黒くなった。

 雲が出たのかな、と見上げてみると、空にかかった黒はざわざわとうごめいている。まるで、無数の黒い生き物がひしめいているような――。


 それを見たマリカが震えてつぶやく。


「う、うそぉ……き、き、きき、吸血鬼一族の、お出ましだぁ……」


「吸血鬼一族って……え? ど、どこ?」


 きょろつくあたしに、マリカは空を指さす。


「空のあれです、あれ、コウモリ!!」


「あれが吸血鬼なの!? ひょっとして、みんな……?」


 さすがにぎょっとするあたし。

 ヒビキも青くなって空を睨む。


「吸血鬼だけじゃなくて眷属も交じってるが、それにしたってすごい数だな。一族総出の勢いだ」


「ひ、ヒビキ~~!! そ、それって、ランドウは平気そ? だいじょぶそ!?」


「正直、わからない。俺もできるかぎりの加勢はするけどな」


 ヒビキがじっと空を睨み、マリカはおどおどとあたしの隣に立つ。


「わた、私も、ディアさまを守るくらいなら……」


「うう、ありがと、二人とも……!」


 お礼を言いながら、あたしはもどかしくて拳を握る。あたしにできることはないんだろうか。ランドウは大丈夫なんだろうか。


 なんの答えも出ないうちに、リエトの目が金に輝く。


「死ねよ」


 冷え切った声で囁き、リエトは、あたしを見た。


「まずは、そっちから!!」


 憎悪に満ちた声で怒鳴ると同時に、リエトがあたしを指さす。

 同時に、空中に広がった黒いコウモリ達があたしに向かって羽ばたく。びりびりと大気が震え、全身の皮膚が痛んだ。


 来る。

 コウモリたちが、あたしめがけて、急降下してくる!!


「目を閉じろ、ディア!!」


 ランドウの叫び。

 何? と思う前に、あたしはぎゅっと目を閉じる。

 どどどっと地面が揺れて、閃光が走った。

 直後、ものすごい爆音!!


「…………っ…………!!」


 耳が壊れちゃうかと思った。

 きーん……と鼓膜が鳴って、何も聞こえなくなる。目も、まぶたごしに光にやられて麻痺している感覚があった。


 あたし、死ぬのかな……とちょっと思ったけど、それでもあたしは目を開けなかった。ランドウが閉じろって言ったんだから、あたしはそれに従う。ランドウはあたしのためを思って、あたしが一番生き残るように立ち回ってくれているはずだ。


 そうしているうちに、馴染んだ腕があたしをぎゅっと抱きしめた。


「ランドウ……!!」


 うっすらと目を開けると、思ったとおり。そこにはランドウがいた。

 ランドウの背後では、真っ白な火花がばちばち言っている。見れば、あたしの周囲には何本もランドウの手槍が刺さっていた。そしてそこから雷みたいなびりびりが発せられて、鳥籠みたいになってあたしたちを包んでくれている。


 さっき襲いかかろうとしたコウモリたちは、このびりびりに引っかかって周囲にうずたかく積もっている状態だ。きっとこれはランドウの魔法。おかげで敵の数は大分減った。だけど、全部やられたわけじゃない。


 肝心のリエトも、へらへら笑ってあたしたちを見つめたままだ。


「あは、は……上手に避けたねえ、ランドウ。弱虫のお前は、昔から避けるのと守るのは得意だったもんなあ!! いくら鍛えてやっても、逃げ回るばっかりで、本当にお前は魔王に向いていないよ!!」


「いくらでも言え。向いてないのは、本当のことだ」


 ランドウが口の中で吐き捨てる。

 その顔がうっすら陰ったのを見て、あたしはぎゅっと眉根を寄せた。


「ランドウ……」


 段々と腹が立ってくる。

 なんでこのひとが傷つかなきゃいけないんだろう。

 魔王らしくないとか、魔王らしいとか、なんなんだろう。


 湧き上がってきた怒りがついにあふれて、あたしは思い切り叫ぶ。


「向いてなくないし!!」


「ディア?」


 ランドウが驚いたようにあたしを見る。

 あたしは彼にすがりながら、真剣に続けた。


「リエトが何を言っても、ランドウパパも、ランドウも、魔王なんでしょ? だったらリエトが思う魔王らしさとか、関係ないじゃん! ランドウらしさが、ほんとの魔王らしさなの!!」


「…………」


 ランドウの目が、大きく見開かれるのがわかった。

 そうしていると、紫色の瞳の奥に金や銀のゆらめきが見えて、とっても綺麗。こんな目をしているのは、この世にランドウだけだと思う。ランドウはひとりだ。ランドウは唯一無二だ。


 そして、魔王だ。

 ランドウが、魔王だ!!


「ランドウらしさが今までの魔族らしさと違うなら、ランドウは、新しい魔王になるの!! それでよくない!?」


 思い切り叫んでから、ほんとにこれでよかったのかな、と、ちょっとだけ思う。この結論でよかったかな。これでランドウは傷つかないかな。


 あたしは興奮と緊張で売潤んだ目で、ランドウの顔を見あげる。

 ランドウは……あたしをまっすぐに見つめ返してくれていた。

 彼はしばらく黙っていたけれど、目を見ているうちに、ちょっとだけ彼の気持ちが分かるような気がしてくる。


 ……多分、あなたも少し、リエトに怒ってるね?

 あなたを育てるだけ育てて、ほっといて、戻ってきて、いきなり文句を言い出すリエトに。だとしたら、あなたの気持ちと、あたしの気持ちは一緒だ。あたしが今、何をすべきかは、よくわかる。


 あたしは背伸びして。


 凜々しく引き結ばれたランドウの唇に、軽くキスした。


 「はあ~~!? わたしが目の前にいるのに、どうして人間といちゃいちゃしてるんだ、ランドウ!! こっちを見ろ。この、わたしを、見ろ!!」


 リエトがぎゃんぎゃん叫びながら、レイピアに力をこめている。ずお……と辺りの空気が動き、レイピアが血色の毒霧らしきものをまとい始めたのが見える。


 あたしはさっとランドウから離れて、数歩後ろへ下がった。

 代わりにランドウがあたしを守るように前に出て、リエトと相対する。

 彼はさっきまでの彼とは違う。見た目は同じはずだけれど、背中に迷いが見えなくなった。あたしは祈る。さっきのキスのときに祈ったのと同じことを、真剣に祈る。


 ――強くなって、ランドウ。


 ――あなたが、望まない相手に膝をつかなくていいくらいに。


 って。


 果たして、ランドウは揺るぎない瞳でリエトを見つめ、震えるような美声で言う。


「魔界侯爵、リエト。父を殺した件は、不問とする。だが……」


 彼の言葉をおどろおどろしく盛り上げるみたいに、ゴロゴロゴロ……と、ひときわおおきな雷鳴が上空で響いた。そして……。


「魔王は、この俺だ」


 猛烈に冷たい宣言と共に、雷光が輝いた!

 雷が、落ちる!


 ど、ど、どどどおん……と、轟音と振動が辺りに広がる。リエトも思わず顔をかばったようだが、すぐに顔をあげた。


「は、は、はははははははは!! 可哀想だなあ、ランドウ! せっかくの渾身の雷撃、外してるじゃない!! 塔なんかに落としちゃって、下手くそなの? お前は本当に、魔王に……」


 魔王に、向いてない。


 そう言う前に、再びの轟音と振動が彼を襲う。

 リエトがはっとして顔を上げた直後――屋上から生えていた石の塔がひとつ、ガラガラガラガラ!! と音を立てて崩れた。

 それは、さっきランドウの雷が落ちた塔だった。塔の半ばには、いつの間にかランドウの手槍が刺さっている。ランドウは戦闘中に手槍を塔に打ちこみ、そこに雷を落とすことで破壊したのだ。


 すべては計算のうちだった。残っていた眷属たちが慌てて飛び立とうとするが、いくらかは落ちてくる瓦礫に巻きこまれていく。


 そして、塔は倒れる。

 リエトの上に。

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