【27】魔王対魔界侯爵、そして、あたし
「言いたいこと? ギョウコウとランドウに対する愛の話なら、あと三日くらい語れるけど……」
リエトはそこまで言った直後、まとっていたマントで、バッと顔を覆った。
直後、そこに尖ったものが数本突き刺さる。ぱりぱりと白っぽい火花をまとった――手槍、だろうか。
「な、何!?」
何が起こったのか、あたしにはよくわからなかった。
リエトの動きも速すぎたし、手槍がどこから出てきたのかもわからない。
呆然とするあたしの前に、マリカが飛び出る。
「さ、下がっててください、ディアさま……! 戦闘が、始まります!!」
「誰と、誰の!?」
バカみたいな質問を投げたけど、答えは明らかだ。
目の前には、紫の瞳に高温の炎みたいな光を宿したランドウとリエトがいる。戦うとしたら、このふたり。手槍を投げたのも、きっとランドウだ。
火花を散らす手槍は、リエトのマントに触れる直前で、空中に静止しているように見える。
リエトはマントの端を持って一振りし、すべての手槍を打ち払った。
ばらばらっと、地面に落ちる手槍。
「語っている暇はなさそうだね!」
リエトは叫び、金色の目を星のように輝かせる。
ランドウが手を伸ばすと、落ちていた手槍は浮き上がり、ひゅんっとランドウの手に吸いついていった。自在に扱われるそれを、リエトはわくわくと見つめる。
「いいね……ランドウの魔法武器、初めて見た!」
「これが最後になるといいな」
ランドウは言い、ざっと手を横に振る。それだけで、複数の手槍はあやまたずリエトに向かって行った。
「ぞくぞくする!! わたしを殺してくれるってことかい?」
リエトは楽しそうに叫び、優雅にマントと軍服の裾をゆらしつつ、ダンスみたいに槍を避ける。その間、ランドウは黙って立っているわけではなかった。手元に残った一本の手槍をくるりと回すと、一体どういう仕組みなんだろう? 槍は急に三倍ほどの長さになった。
「お前が二度と俺の花嫁に手を出すなど言わなければ、二度とこんなもの、使わずに済む!」
ランドウは吠えるように言い、長大な槍を神速で突き出す。
「…………!」
これは、さすがに避けられないんじゃないだろうか。あたしは息を呑む。
実際、リエトは避けられなかった。
いや、違う――避けなかった。
ランドウの槍は吸いこまれるように、リエトの胸を貫通した。
「っ……!」
あたしは息を呑んだ。いくら魔族といえど、胸を刺されて無事とは思えない。
ランドウは険しい表情でリエトの顔を見つめている。
リエトはランドウを見つめ返して、少し悲しい顔をする。そして、言った。
「そんなさみしいこと言わないでよ……永遠に戦おうよ。ランドウ、ギョウコウの代わりになって……?」
「……!」
ランドウの顔が難しそうに歪んだかと思うと、はっ、と何かに気付いた顔になる。
直後、リエトの姿は真っ黒な霧になった。
「っ……!」
とっさに腕で鼻と口をかばうランドウ。
その姿を、リエトが変化した霧が押し包む。
「な、なに、あれ!? リエト、死んじゃったの?」
驚いたあたしが叫ぶと、地面に転がっていたヒビキがのろのろと体を起こしてつぶやく。
「ヤバいな……毒霧に、変化した……」
「ど、毒霧!? それって生きてる? 死んでる? てか、ヒビキだいじょぶ!?」
「休んでるうちに大分傷の再生ができた。そんなことより、マリカ!」
ヒビキが叫ぶと、うろたえるあたしの前で、マリカが祈るように両手を組み合わせる。
「はいい!! か、風っ! 風を起こします、私、それくらいなら、できる……!」
マリカが足を踏ん張り、叫んだ。
「死を呼ぶ季節風、呪いの木霊、魔界の風よ、死神の求めに応じ、吹きすさべ!!」
ざわり、と空気が動いたかと思うと――どっ! と風が吹き付けてきた。
あたしはとっさに髪を押さえて身を縮める。ヒビキがあたしをかばうように肩をつかんでくれた。
マグマの香りを含んだ風は、マリカのドレスを弾きちぎりそうなほどはためかせ、ランドウの髪と軍服をあおり、彼にまとわりついていた霧を引き剥がす。
「やった……」
あたしがほっとすると、マリカが泣きそうな声をあげる。
「だ、ダメですっ……!! これ以上、引き剥がせない!!」
「え、でも……」
できてるじゃん、と言う前に、リエトが変化した毒霧はランドウの背後にわだかまった。霧は瞬きする間にリエトの姿に戻り、マントの下から細く長く優美な剣――レイピアを抜いた。
「やだやだ、絶対離れないからね! 戦う相手もいないんじゃ、魔界はあんまりに寂しいよ……っ!」
駄々っ子みたいに言いながら、リエトはレイピアを、ランドウの背中に突き立てる!!
「や……やだッ!!」
あたしは叫び、駆け出しそうになる。マリカがあたしの腕にすがりついて、懸命に叫んだ。
「ディアさま、ダメ……!!」
あたしは全然聞こえてない。
とにかくマリカを振り切って、ランドウのところへいかなきゃ。それしか考えられない。
「ランドウ、ランドウが……!!」
そればっかり言うあたしに、今度は青い顔のヒビキが語りかける。
「魔王様なら大丈夫だ、信じろ」
まだ軍服を血に濡らしているヒビキを見ると、あたしも少しは正気にもどった。
ヒビキを見下ろし、震える唇で言う。
「で、でも、でも、剣……!」
剣で刺されたら、きっと痛いだろう。苦しいだろう。
そんなことばっかり思ってしまう。実際に刺されたら、痛いとか苦しいだけじゃすまないのはわかっているのに、頭がぐるぐるし続けてしまう。
ヒビキは顔をしかめると、あたしの腕を掴んだ。
「おい、お前はなんだ!?」
「え? あたし?」
急に発せられた不思議な問いに、あたしはヒビキを見つめ直した。
あたし。あたしは、何?
「あたしはディアネット・ロビンキャッスル。元は公爵令嬢で……そんなの、今関係ある!?」
「ある! 今、お前は、なんだ!?」
「今!? 今、今は……」
うろたえながら、あたしは、ふと気付いた。
今のあたし。
それは。
「魔王様の、花嫁……」
ぽつり、とあたしが言うと、ヒビキがにやりと笑った。
「だろう? 花嫁を得た魔王が、あんなもんに負けるか!!」
「…………!!」
あたしは軽く目を瞠る。
そうか。そうだ。そうなんだ。
あたしは、花嫁。
ランドウを強くすることができる、魔王の花嫁。
今のランドウは、あたしを得たことでもとより強くなったはず。
強くなったランドウを信じろ、って、ヒビキは言っているのだ。
ならば、と、あたしは祈るようにランドウのほうを見る。
ランドウとリエトは動いていない。二人してたたずんでいる。
やがて――ランドウが動いた。
ランドウが数歩前に出ると、よろり、とリエトがよろめく。
その胸から、ランドウの手槍が引き抜かれ、リエトの手からはレイピアが落ちた。
「なに? 何があったの……?」
「魔王様は体を硬化させて、レイピアから身を守った。で、脇の下から背後のリエトを刺したんだろ」
ヒビキに教えてもらっても、慣れないバトルを想像するのが難しい。
だけど、戦っている本人たちは何もかも承知のようだ。リエトは胸の傷口を押さえ、口元だけで笑う。
「ふ。ふ、ふふ……ほんと、桁違いになっちゃった、ねえ……花嫁って、すごいや」
どこか皮肉げに言うリエト。ランドウは彼をじっと見つめて、諭すように言う。
「リエト。お前は、花嫁というものをわかっていない」
ランドウの言葉に、リエトは胸に受けた傷でよろめきながら薄ら笑った。
「そうなの? じゃあ、教えてよ……お前にとっての、花嫁って、なんなの……? なんでわざわざ、人間なんか……」
「まずは、デートだ」
リエトの言葉を途中で遮り、ランドウが言う。
「へ……?」
装飾品みたいな綺麗な顔で、リエトが首をひねった。
ランドウはふと何かを思い出そうとする顔になり、指折り数えながら言う。
「いや、その前に、お付き合いだ。互いを知るために言葉を交わし、さらにわかり合うためにお付き合いをする。お付き合いの間は、他の者たちとあまり親しくしない、と約束をする。そして楽しいデートをする」
大真面目に言うランドウに、リエトはなんともいえない、妙な顔をする。
「いやいや……わたしはそんなくだらないことは聞いてなくてね……」
「何がくだらない。俺はこれで、彼女の考えと能力を知り、互いに似ているところがあるのを知り、いつの間にか同じことを考えてることを知った」
ランドウの声は静かだったけれど、ものすごく力強かった。少しも迷いのない、揺るぎない口調でランドウは言い、ほんの少しだけ目を伏せる。
「魔王と人間だって、同じことを経験し、同じことを感じ、同じことを考えられる。そしてそれは――とてつもなく、気持ちがいい」
「ランドウ……」
ついつい、あたしはランドウの名を呼んだ。あたしは必死に両手で拳を作り、全部の指に思い切り力を入れていた。そうしなきゃ落ち着かないくらいに、心が揺れていた。
あたしも、同じだった。
ランドウと、同じだった。
あたしたち、同じことを考えていた。
そしてそれは、気持ちよかった。
――あたしたちは、恋愛を、している。




