【26】『わたしが魔王になってあげる』
えーと、何があったんだっけ。
とにかく、あたしとランドウとマリカは、魔界から人間界に行って、帰ってきて。で、ヒビキに迎えられて。そのヒビキが――倒れたんだった。
初めて見る、とんでもなくきれいな、リエトって魔族に傷つけられて。
そのリエトは、あたしを指さして言った。
「わたしが欲しいのは、お前の花嫁だよ。わたしの、小さなランドウよ」
「…………?」
あまりのセリフに、あたしはフリーズしてしまった。
あたしが、欲しい? このひとが? どうして?
会ったこともないひとが、あたしを? もうランドウと結婚してるあたしを?
ぽかんとして立ち尽くすあたしの横で、ランドウがぱちんと指を鳴らす。次の瞬間、リエトの足下に転がっていたヒビキが消え、ランドウの後ろに出現した。
「おや、前より魔法が上手くなったね」
リエトはヒビキを奪われたことを怒るでもなく、面白そうな顔でランドウを見ている。見た目はどちらかといえばランドウのほうが年上っぽいのに、リエトはまるで大人が子どもを見るような態度だ。
ランドウは、ガチガチの無表情でリエトを見つめて言い返す。
「久しぶりに目覚めたと思ったら、急に親ぶるな」
……親? 親ぶるって、それは……?
あたしはマリカと一緒にヒビキを地面に寝かせながら、頭の上に「?」を浮かべていた。リエトはくすくすと笑って続ける。
「親ぶってはいないよ。本当に育ての親なだけ」
「…………!?!?」
がば、と顔を上げる私。リエトが気付いたらしく、あたしに小さく手を振って言う。
「そうなんだよ、花嫁さん。ラ卵だったランドウを拾って育てたのは、わたしなんだ」
「た、卵!? 魔族って……卵生ッ!?」
「反応するの、そこ?」
リエトが意外そうに目を瞠ったので、あたしは思わずうなずいてしまった。
「だ、だってだって、結婚相手の生態はちょー気になるでしょ。リアルにこの体にふりかかってくるじゃん」
「んー、まあ、そうだろうけどねえ。正確には魔族は赤ん坊で産まれて、親が魔力の殻で包むんだよ。魔界の環境に負けないようにね」
「あ、卵の殻イコール、ビッグラブってことか……なら、よき」
あたしはほっとして胸をなで下ろす。
が、ランドウはずっと険しい表情を崩さなかった。彼は低い声でリエトに告げる。
「俺はお前にビッグラブなど感じたことはない。お前が好きなのは先代魔王だろう」
「うん、それはそう!」
リエトは明るく言い、どこかうっとりと目を細めた。
「先代魔王、ギョウコウはいい魔族だったなあ。何しろとっても強かった。わたしが全力で挑んでも、あっさり返り討ちにしてくれた。わたしが望むかぎり、挑むかぎり、何度でも、何度でも、楽しい戦いをしてくれた」
こくり、とあたしは唾を呑みこむ。
今度は、実のランドウパパの話だ。長命な魔族にはほとんど家族がいないって話だったから、ここまではあんまりランドウの家族について気にせずにきた。でも、知れるものなら知りたい。
ランドウパパは、どんなひとだったんだろう?
ランドウのことを愛していたのかな?
リエトが育ての親って、どういうことなんだろう?
いくつもの疑問が頭の中をぐるぐる回るけど、ランドウは素っ気なく吐き捨てる。
「そして、お前が父を殺した」
「え……」
喉の奥から勝手に声が漏れる。
あたしはランドウを見て、リエトを見る。
ふたりはさっきまでとまったく同じ調子だった。
難しい顔と妖艶な笑顔でにらみ合い、殺し合いの話をする。
「違う。ギョウコウを殺したのは、ランドウ。お前だよ」
何。なんなの。
なんの、話?
ランドウの眉根がぎゅっと寄る。リエトが続ける。
「ギョウコウは子どもを作ったから、子どもであるお前に魔力を譲り渡したから、わたしなどに負けて死んだんだ。お前がいなかったら、未だに魔界の頂点に輝いていただろう。だからギョウコウを殺したのはお前だ、ランドウ。そして――」
そこまで言って、ふらりとリエトの視線があたしに流れる。
「ギョウコウを惑わした、人間の花嫁のせいでもあるね」
妙に虚ろなリエトの声が、あたしの頭の中に響き渡った。また指が痛む。指輪をはめたあたしの指が、酷く痛む。一瞬頭の中がぐにゃっとして、また、徐々にほどけ始める。
……そうか。
そういうこと、だったんだ。
魔族は長命だけど、あえて子どもを作ると命が尽きてしまう。
長命なリエトはランドウのお父さんが好きで。だけど、ランドウのお父さんは人間の花嫁をもらって、子どもを作って、弱って、リエトに殺されてしまって。
ギョウコウが好きだったリエトは、それが悲しくて。
ギョウコウが残した、ランドウを育てたんだ。
……どんな気持ちで?
それは、わからない。
どうして、あたしのことがほしいのかも。
「それでどうして、俺の花嫁が欲しいという話になる」
ランドウが、あたしの気持ちを読んだように言う。
リエトは甘く笑って首をかしげた。
「お前が可哀想だからだよ、ランドウ」
「俺が、花嫁の尻に敷かれているようにでも見えるか」
「まさか! そうじゃないよ。生まれつきお前は魔族らしくなかった。無駄に優しく、繊細で、うまく魔力がふるえなかった。だから、なけなしの魔力を上げるために人間の花嫁を迎えたんだろう? でも……そんなのは、哀れだ」
リエトは語るうちに、段々真剣になってくる。彼は身を乗り出し、自分の胸に手を当てた。
「魔界はお前が迎えた人間の花嫁の話でもちきりだ。剣竜は倒したようだけれど、他の魔族たちも面白がってお前に挑むだろう。戦い、戦い、また戦いの日々になる。だがね、繊細なお前にそれは耐えられないよ。あまりにも哀れだ……だから、もう、いいんだ。わたしに花嫁を渡しなさい。わたしが代わりに魔王になってあげる!」
「…………」
難しい顔で黙りこむランドウに、リエトは続ける。
「大丈夫だよ、わたしは子どもなんか作らない。花嫁は魔力供給源と割り切るし、ちゃんと人間相手の戦争もしてあげる。そうやって、お前を守ってあげるから」
リエト、ものすごく本気だ。
言ってることはめちゃくちゃだけど、魔族なりの善意で言ってるみたい。リエトはランドウのお父さんが好きで、ランドウのことが好きで、それ自体は素敵なことだけど……。
とはいえ、あたしがリエトのところにいくのはおかしくない?
おかしいよね。それでいいんだよね。よくわからなくなってきた。
混乱するあたしの横で、ランドウは静かに口を開いた。
「――言いたいことは、それだけか?」




