表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/41

【26】『わたしが魔王になってあげる』

 えーと、何があったんだっけ。


 とにかく、あたしとランドウとマリカは、魔界から人間界に行って、帰ってきて。で、ヒビキに迎えられて。そのヒビキが――倒れたんだった。


 初めて見る、とんでもなくきれいな、リエトって魔族に傷つけられて。

 そのリエトは、あたしを指さして言った。


「わたしが欲しいのは、お前の花嫁だよ。わたしの、小さなランドウよ」


「…………?」


 あまりのセリフに、あたしはフリーズしてしまった。


 あたしが、欲しい? このひとが? どうして?

 会ったこともないひとが、あたしを? もうランドウと結婚してるあたしを?


 ぽかんとして立ち尽くすあたしの横で、ランドウがぱちんと指を鳴らす。次の瞬間、リエトの足下に転がっていたヒビキが消え、ランドウの後ろに出現した。


「おや、前より魔法が上手くなったね」


 リエトはヒビキを奪われたことを怒るでもなく、面白そうな顔でランドウを見ている。見た目はどちらかといえばランドウのほうが年上っぽいのに、リエトはまるで大人が子どもを見るような態度だ。

 ランドウは、ガチガチの無表情でリエトを見つめて言い返す。


「久しぶりに目覚めたと思ったら、急に親ぶるな」


 ……親? 親ぶるって、それは……?

 あたしはマリカと一緒にヒビキを地面に寝かせながら、頭の上に「?」を浮かべていた。リエトはくすくすと笑って続ける。


「親ぶってはいないよ。本当に育ての親なだけ」


「…………!?!?」


 がば、と顔を上げる私。リエトが気付いたらしく、あたしに小さく手を振って言う。


「そうなんだよ、花嫁さん。ラ卵だったランドウを拾って育てたのは、わたしなんだ」


「た、卵!? 魔族って……卵生ッ!?」


「反応するの、そこ?」


 リエトが意外そうに目を瞠ったので、あたしは思わずうなずいてしまった。


「だ、だってだって、結婚相手の生態はちょー気になるでしょ。リアルにこの体にふりかかってくるじゃん」


「んー、まあ、そうだろうけどねえ。正確には魔族は赤ん坊で産まれて、親が魔力の殻で包むんだよ。魔界の環境に負けないようにね」


「あ、卵の殻イコール、ビッグラブってことか……なら、よき」


 あたしはほっとして胸をなで下ろす。

 が、ランドウはずっと険しい表情を崩さなかった。彼は低い声でリエトに告げる。


「俺はお前にビッグラブなど感じたことはない。お前が好きなのは先代魔王だろう」


「うん、それはそう!」


 リエトは明るく言い、どこかうっとりと目を細めた。


「先代魔王、ギョウコウはいい魔族だったなあ。何しろとっても強かった。わたしが全力で挑んでも、あっさり返り討ちにしてくれた。わたしが望むかぎり、挑むかぎり、何度でも、何度でも、楽しい戦いをしてくれた」


 こくり、とあたしは唾を呑みこむ。

 今度は、実のランドウパパの話だ。長命な魔族にはほとんど家族がいないって話だったから、ここまではあんまりランドウの家族について気にせずにきた。でも、知れるものなら知りたい。


 ランドウパパは、どんなひとだったんだろう?

 ランドウのことを愛していたのかな?

 リエトが育ての親って、どういうことなんだろう?

 いくつもの疑問が頭の中をぐるぐる回るけど、ランドウは素っ気なく吐き捨てる。


「そして、お前が父を殺した」


「え……」


 喉の奥から勝手に声が漏れる。

 あたしはランドウを見て、リエトを見る。

 ふたりはさっきまでとまったく同じ調子だった。

 難しい顔と妖艶な笑顔でにらみ合い、殺し合いの話をする。


「違う。ギョウコウを殺したのは、ランドウ。お前だよ」


 何。なんなの。

 なんの、話?


 ランドウの眉根がぎゅっと寄る。リエトが続ける。


「ギョウコウは子どもを作ったから、子どもであるお前に魔力を譲り渡したから、わたしなどに負けて死んだんだ。お前がいなかったら、未だに魔界の頂点に輝いていただろう。だからギョウコウを殺したのはお前だ、ランドウ。そして――」


 そこまで言って、ふらりとリエトの視線があたしに流れる。


「ギョウコウを惑わした、人間の花嫁のせいでもあるね」


 妙に虚ろなリエトの声が、あたしの頭の中に響き渡った。また指が痛む。指輪をはめたあたしの指が、酷く痛む。一瞬頭の中がぐにゃっとして、また、徐々にほどけ始める。


 ……そうか。

 そういうこと、だったんだ。


 魔族は長命だけど、あえて子どもを作ると命が尽きてしまう。

 長命なリエトはランドウのお父さんが好きで。だけど、ランドウのお父さんは人間の花嫁をもらって、子どもを作って、弱って、リエトに殺されてしまって。

 ギョウコウが好きだったリエトは、それが悲しくて。

 ギョウコウが残した、ランドウを育てたんだ。


 ……どんな気持ちで?

 それは、わからない。

 どうして、あたしのことがほしいのかも。


「それでどうして、俺の花嫁が欲しいという話になる」


 ランドウが、あたしの気持ちを読んだように言う。

 リエトは甘く笑って首をかしげた。


「お前が可哀想だからだよ、ランドウ」


「俺が、花嫁の尻に敷かれているようにでも見えるか」


「まさか! そうじゃないよ。生まれつきお前は魔族らしくなかった。無駄に優しく、繊細で、うまく魔力がふるえなかった。だから、なけなしの魔力を上げるために人間の花嫁を迎えたんだろう? でも……そんなのは、哀れだ」


 リエトは語るうちに、段々真剣になってくる。彼は身を乗り出し、自分の胸に手を当てた。


「魔界はお前が迎えた人間の花嫁の話でもちきりだ。剣竜は倒したようだけれど、他の魔族たちも面白がってお前に挑むだろう。戦い、戦い、また戦いの日々になる。だがね、繊細なお前にそれは耐えられないよ。あまりにも哀れだ……だから、もう、いいんだ。わたしに花嫁を渡しなさい。わたしが代わりに魔王になってあげる!」


「…………」


 難しい顔で黙りこむランドウに、リエトは続ける。


「大丈夫だよ、わたしは子どもなんか作らない。花嫁は魔力供給源と割り切るし、ちゃんと人間相手の戦争もしてあげる。そうやって、お前を守ってあげるから」


 リエト、ものすごく本気だ。

 言ってることはめちゃくちゃだけど、魔族なりの善意で言ってるみたい。リエトはランドウのお父さんが好きで、ランドウのことが好きで、それ自体は素敵なことだけど……。


 とはいえ、あたしがリエトのところにいくのはおかしくない?

 おかしいよね。それでいいんだよね。よくわからなくなってきた。


 混乱するあたしの横で、ランドウは静かに口を開いた。


「――言いたいことは、それだけか?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ