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【21】まさかの魔族ネガティブキャンペーン!?

 あたしの婚約者だったアライアスがどんな男だったかというと……無、だ。


 無。

 つまり、ない、ってこと。


 それってどういうこと? って感じだけど、あたしは彼の心を感じたことがない。彼はいつだって周囲から賞賛されたくて、賞賛されたいように賞賛されないと、キレた。それが彼のすべて。


 仕方ないから、あたしはいつも彼を賞賛していた。

 ちょいアホ発言をしても『さすが!』『知らなかったですぅ』『すごい!』。明らかな上げ底ブーツを履いてても『背が高くて男らしいですわ!』、ベタな贈り物にも『想像もできませんでした……』って感じ。そうやってヨシヨシしてあげると、アライアスは満足げにあたしを見下す。


『お前は何も知らんな。導いてやらねば、すぐに足をくじいて死ぬ子羊だ』


 子羊かあ。そういうものかなあ。まあ、そういうものかもしれないなあ、と、当時のあたしは思った。あたしは弱くて、あたしが陰謀渦巻く宮廷で生き残るには、権力者である皇子と、親友であるセラフィーナの助けは絶対に必要だと思っていた。


 ……結果とししては、その二人に裏切られたわけだけど。


 現在、目の前に現れたアライアスは、やけに胸を張っている。もったいぶって辺りを見渡すと、ばっ、と片手で目の前を払うような仕草をして言った。


「魔法兵団長より報告を受けた! この場に、邪悪極まりない魔物がいると!!」


「っ!」


 あたしはランドウに抱かれたまま、息を呑んだ。マリカはマリカで、あっという間に挙動不審になる。


「ば、ばばっばっ、バレちゃいました!! に、ににっに、逃げないとっ……!」


「落ち着け。あの皇子の言うことだぞ。基本デタラメに決まっている」


 落ち着き払って答えたのはランドウだ。あんまりにもあんまりな言いように一瞬びっくりしたけど、あたしはすぐに納得した。


「……そっか。ランドウも、ずっと宮廷にいたんだもんね。あいつのこともウォッチしてた?」


「まあ、そうだな。奴は臆病で無知だ。ここに俺がいると知っていたら、自分で出てくるわけがない」


「それな!!」


「連れてきている兵団の人員もお粗末だ。兵団長の姿もない……」


 ランドウは落ち着いてアライアスたちを観察している。一方のアライアスは、さらに声を張り上げた。


「強大、かつ、悪辣な魔力を感じるぞ……魔物は、そこだ!!」


 びしい!! と、あたしたちを指さすアライアス。

 あたしとマリカは、ひっ、と固まる。


 や、やっぱりバレてた!? と、思うものの、ランドウは微動だにせず、あたしを抱いてアライアスを見つめていた。


 続いて、魔法兵団の魔法の明かりがふよふよと宙を漂い、あたしたちの上をくるっと回って……あたしたちの横に光を当てる。


 そこに倒れていたのは、ついさっきあたしを襲った錯乱男だ。


「そ、そそ、そっちぃ……?」


 マリカが、安心したような、困ったような声を出す。


 ちなみに、光を浴びた男は、どこからどう見ても人間だった。

 魔族っぽい特徴なんか少しも無いし、あたしはこいつに見覚えがある。確か、あたしとはそこそこ仲良しだった伯爵家の三男坊だ。伯爵家を継ぐわけじゃないけど、歌がうますぎてあっちこっちのパーティーに顔を出していた。才能があって、愛嬌があって、性格もけして悪くなかったはず。


 ただし、あんまり後ろ盾は強くない。

 あたしが宮廷からいなくなったなら、なおさら……。


「捕らえよっ!!」


「はっ!!」


 アライアスの命令で、魔法兵たちは、ただちに杖を振り上げる。杖の先でさらりと描かれるのは、いわゆる圧縮魔法陣だ。人間の魔力の低さを補うため、人間界の魔法は複雑になりすぎた。それをロビンキャッスル家の祖先である聖女が、『圧縮』して簡略化することに成功したと聞いたことがある。


 あんまり趣のない幾何学模様の魔法陣だが、高価は絶大だ。杖の先からいくつもの圧縮魔法陣が生まれ、空中で光り輝く。そして、一気に錯乱男に襲いかかった!!


「ぎゃっ……!!」


 歌えばとんでもなく美しい歌声を生むはずの喉が、可哀想なくらい潰れた悲鳴を漏らす。魔法陣は網のようにべったりと錯乱男を絡め取ってしまった。


 アライアスは目を細めてその様子を眺め、傍らに立つ魔法兵団の士官に訊ねる。


「……もう、危険はないな?」


「はい。間違いございません」


「よぉーし」


 アライアスはうなずき、ひとつ咳払いしてから皆に向き直る。


「聞いて欲しい、我が帝国を愛する者たちよ!! これまでひたすらに隠してきたが、最近帝国のあちこちで、魔族の襲撃が行われているのだ!!」


「はあ? んなわけないじゃん」


 さすがに声に出てしまった。ランドウの顔を見上げなくたって、アライアスの言うことが嘘なのはすぐわかる。ランドウは超のつく草食で平和主義者だから、わざわざ人間界に喧嘩なんか売らない。それにちゃんと仕事ができるから、喧嘩を売るときはもっと上手にやる。


 だけど悲しいことに、他の貴族たちは魔王ランドウの優秀さを知らないんだろう。

 アライアスなんかの言葉で動揺している。


「あちこちで!? そんな、ここしばらくは平和だったのに……」


「大体なぜ、こんな平和なパーティーを荒そうとするんでしょう?」


「それもそうですわね。もっと軍事拠点を攻めるなり、重要人物……魔法兵団の団長なんかを暗殺しようと試みるなり、やりようはありますでしょうに……」


 ざわつく貴族たちの会話を断ち切るように、アライアスはげほんと咳をした。


「とにかく!! 代替わりしたことで魔王が穏健派となった、などという噂はデマにすぎなかった! 魔族たちは再び我々に牙を剥こうとしている。しかも、女子ども、老人たちのいる人間界の奥深くに潜り込むやり方でだ!!」


 ……この言い方は、ちょっと上手いな、と、あたしは思った。

 ひとは隣の家が火事になるまで、火事の怖さをあんまり理解できない。クラスのいじめだって同じ。元からあんまり知らない子がいじめられてるうちは、ふーん、で終わる。で、気付いたら自分がいじめられる番になってしまうんだ。


 アライアスは、魔族の危険をみんなのものとして叫ぶ。


「皇族はなぜ皇族となり、貴族はなぜ貴族となったか? 戦ったからだ!! 遙か昔から続く魔族の襲撃。それを相手に、一歩も退かずに戦った! 友人が、父が、兄が、息子が、魔族の毒牙にかかるのを目のあたりにし、それでも引かずに戦った!! それは、守るものがあったからだ!!」


 そこまで言って、アライアスは一度、言葉を切った。

 何かを思い出そうとするように視線をさまよわせたあと、持ち直して言う。


「我々の守りたかったものは、我々の愛する弱き者であり、普段の生活だ」


 ……うー。やだなあ。すごくイヤだけど、あたしはちょっとじーんとしてしまった。

 もちろん、アライアスの本心じゃないのはよくわかる。誰かの入れ知恵だろう。

 でも、これが本当の言葉ならよかったなあ……って思ったんだ。これが全部本当で、アライアスが他人の愛するものとか、他人の生活とか、そういうものを想像できる人だったら……。


 だったら、あたし。

 アライアスと恋愛、しただろうか。


 考えると、胸がもやっとする。

 このもやっ、は、何?


 答えが出る前に、アライアスは再び声を大きくした。


「それを壊しに来る魔族を、絶対に、許さない!!」


「「「おお!!」」」


「「「許さない!!」」」


 貴族たちはすっかり感じ入って、いきり立っている。そうなんだよね、この世界の貴族って基本的に戦闘民族だから。アライアスみたいな煽り方をしたら、一発だろう。


「鬼エグの、魔界ネガティブキャンペーン……アライアス、魔界と戦争起こそうとしてるじゃん」


 あたしはつぶやく。これはもう、間違いない。アライアスは魔法か何かで後ろ盾のない貴族を魔族に仕立てて、みんなの危機感を煽るのに使ったんだ。こうして貴族達がやる気になれば、戦争がやりやすくなる。


「でも……でも、なんで!? なんで、戦争!? いいことゼロだよ、戦争とか!!」


 あたしは必死に言うけれど、ランドウは何を思ってか黙っている。

 マリカは最初の混乱から抜けたみたいで、すっかり諦めたような声を出した。


「あー……やっぱり、こうなっちゃうんですかねえ……」


「こうって、どう!? やっぱり戦争になっちゃったってこと? 人間界と魔界は、そうなるしかないってこと!?」


 あたしが聞くと、マリカは力なく、えへへと笑う。


「ですねぇ……やっぱり、死神だとかなんとか関係なく、魔族って人間に嫌われちゃうんですねえ。あたしは人間との戦争に参加したこととかないけど、それでもやっぱり、ダメなんだなあって、思いました。人殺しの仲間は、やっぱり人間の敵、ってことなんだなぁ……」


 つぶやいたマリカの顔は、笑っているのに笑って見えなかった。せっかくあたしが綺麗にお化粧したのに、無残なくらいに醜く見えた。絶望だ。絶望が、こんなにもマリカを醜くしている。人間が大好きな、マリカを……。


 あたしは。

 あたしは……。


 腹が、立った。


 もう、どうなってもいい。アライアスを怒鳴りつけてやる。


 あたしがそう思ったとき、不意にランドウが手を挙げる。教室で生徒がするみたいに、はいっ、と。


 ……え……? ど、どういう、こと……?


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