【20】ダンスホールには罠がある
「え、何? 演出?」
つぶやいてから、そんなわけはない、と気付いた。
転生前の世界ならともかく、この世界でサプライズみたいなパーティー演出はあり得ない。ハイクラスのパーティーであればあるほど、伝統的なことが最高とされるからだ。
いくら酔狂伯のパーティーでも、突然の暗転なんてやったら大ひんしゅく。
だからこれは、事故だ。
そこまで考えたとき、マリカが素っ頓狂な声を出した。
「ほえ? ディア様、何か光って……?」
「へ? 光? って、ほんとだ……あたしの指輪、光ってる!?」
言われて見れば、あたしの指にはまった指輪がぼんやりと明かりを発してる。ロビンキャッスル家に伝わる、古い指輪だ。ずっとつけっぱなしだからいつもはほとんど気にしてないけど、光る機能なんかあったんだろうか? 電気とか夜光塗料を使ってるわけはないから、魔法とか?
不思議に思ったあたしは、指輪をした手を目の前に近づける。淡い光が闇ににじんだかと思うと、なぜか周囲がうすぼんやりと明るく見え始めた。この指輪に辺りを照らすほどの光量はないはずなのに、闇の中に人々の輪郭がぼんやりと見える……。
そして――ひとつの人影が、うなりを上げて隣の人影に飛びかかった!
「!?」
息を呑むあたし。
もつれあって倒れる、ふたつの人影。
「う、うわあ!! なんだ!?」
襲われたのは紳士だ。突然の攻撃で床に押し倒され、悲鳴をあげる。
「ぐるるるるる……」
馬乗りになった人影も男性なのだろう。低い声でうなり、紳士ともみ合っている。
普通に考えたら酔っ払いかな、と、あたしは思った。ハプニングはハプニングだけど、よくあることといえばよくあることだ。襲ったほうもそこまで強くなさそうだし、襲われたほうもそこまで弱くなさそうだし、みんなで取り押さえればどうにかなりそう。
「誰か……!」
あたしが辺りを見渡し、誰か手伝って、と叫ぼうとしたとき。
他の誰かが鋭く叫んだ。
「魔族だ!! 魔族の襲撃だぞ!!」
「魔族!? な、なんでぇ!?」
あたしは叫ぶ。あんまりにも常識外れだ。こんなへろへろパンチ打ってる奴が魔族のはずがない。あたしの短い魔界滞在でも、よーくわかった。魔族って本当に野獣だし、肉食なのだ。
そう、ランドウ以外は。
「ディア様ぁ、どうなっちゃってるんでしょう……?」
マリカが心細そうに腕にすがってくる。
あたしはマリカを抱き寄せながら、必死に頭を回転させようとした。
「マリカ、ここって、魔族の気配なんかしないよね?」
「しないです、全然です! そもそも、魔王様が魔族の気配に気付かないなんて……あり得ないです……っ」
「そうだ……そうだよね」
あたしは真顔でつぶやく。
そうなんだ、この会場にはランドウがいる。いくら魔力を抑えているといっても、魔界最強の魔王がいる。彼が雑魚魔族の乱暴に気付かないなんて、あり得ないはず。気付いていても黙認するなんて、ますますあり得ない。
だとしたら……これは、つまり。
「ヤラセじゃん……」
あたしはつぶやく。
ぱちぱちとパズルのピースがはまっていく。唐突に消えた明かり。唐突に暴れた男。唐突に魔族だと叫んだ声。これが全部偶然に重なるなんてことはない。誰かが、何か、悪いことをしようとしている。
あたしは確信したけど、周囲は「魔族だ!」の一声で浮き足立ってしまっていた。
「ま、魔族!?」
「殺されるわ!!」
「もう被害者が出てる!! 早く逃げろ!!」
混乱した声、声、声。その中のいくつかは、やっぱりヤラセだ。『演技が上手すぎる』って感じの声がいくつもあるのだ。あんまりにも堂々としつつ、あんまりにも完璧に緊迫した感じで怒鳴っている。ふつう、パニクったら滑舌はよくなくなるし、的確に人に指示とか出せないと思う。
「ど、どどどどどうします、ディア様、私たちも逃げないとっ!」
マリカは魔族のくせに、すっかり周りの空気に流されている。
あたしは一生懸命言った。
「ちょ、待って!! これ、きっと……」
――ディア。伏せろ。
「へっ? ランドウ!?」
突然、頭の中でランドウの声がした。
あたしはびくっとしたけど、次の瞬間にはしゃがみこむ。
ランドウがこんなに厳しい声を出すんだから、絶対従ったほうがいいと思った。
少し遅れて、さっきから錯乱してる男が、あたしに襲いかかってくる!
「ぐるるるるる!!」
「ひえ! ギリギリっ……!」
錯乱男は、さっきまであたしの腰があった空気を抱き、大きくよろめく。
あたしは四つん這いになって逃げようとする。
そこへ、闇からふわっとランドウが現れた。彼は冴えない眼鏡姿のまま、錯乱男を蹴り飛ばす!
「ぐうううう……!!」
ほんのちょっとのかるーい蹴りで、錯乱男は倒れこみ、ずざざざざ、と床を滑る。
「ランド……わぷ!」
呼び終える前に、あたしはランドウに抱き寄せられた。ぽふん、とランドウの胸に顔をうずめ、あたしは目を白黒させる。
これ、ランドウだよね。これ、この、ピンチのときにめちゃくちゃかっこよく駆け寄ってくれたの、ランドウであってるよね? 三流魔道士のときの格好だから、なおさら頭が混乱する。
あたしが混乱しているうちに、マリカが元気に拳を空に突き上げた。
「魔王様、その調子です~~! このまま犯罪者を血祭りにあげちゃってください~~!!」
「まっっっっっっって!! 血祭りはダメ!!」
あたしは必死に叫んだ。
血祭りはダメ。血祭りはダメだ。
錯乱男はまだ、ろくにひとを傷つけてない。それより何より、悪い予感が強すぎる。宮廷生活でつちかった勘が、あたしに囁く。
黒幕がいるよ、って。
この事件の裏には、仕組んだ者がいるはずだ。
あたしは抱かれたままランドウを見上げる。ランドウならきっとわかってくれる、と信じて。
信じて見上げたランドウの目。宝石みたいにきれいな紫の目は、ゆらり、と揺れた。まるで、超高温の炎みたいに燃えさかる目が、錯乱男を見ている。
「………………ぐるる」
獣のうなりみたいなものが、ランドウの喉の奥で響く。
……ど、どういうことだろう。
これ、ほんとにランドウから聞こえたんだろうか。嘘でしょ、と思いたい。思いたいけど、これだけ側に居たらわかってしまう。空気ごしじゃなくて、お互いの体ごしに声が聞こえてしまう。
「ランドウ……」
「静粛にせよ!!」
唐突に、ホールに薄っぺらい声が響いた。普段からボイトレしてるはずなのに、無理矢理似合わない低音を出そうとして失敗してる、そんな声。
あたしはこの声を、よく知ってる。
あたしとランドウ、マリカ、そして、ホールに残っていたひとたちはみんな声のほうを見た。彼の声には反応しないと不敬だと知っているからだ。
「静粛にせよ。そして、貴殿らの主に道を空けよ。我はアライアス皇子である!!」
安っぽい声で堂々と呼ばわって、ホールにアライアス皇子が、あたしの元婚約者がやってくる。続いてどっとなだれ込んできた魔法騎士たちがともした魔道の光で、ホールは見事に照らされた。
「よかった、助かる……!」
「魔族を退治するために来て下さったのだ……」
みんなからほっと安堵の声があがる。
そんな中、あたしは見逃さなかった。
アライアスの顔が、にやりとほくそ笑んでいたことを。




