【2】二度目は本命に告白します。
「ディアネット・ロビンキャッスル。国益のために尽くすべき公爵令嬢の身でありながら、宮廷での傍若無人な振る舞い!」
青筋を立てて皇子が叫んでいる。
あたしは……。
あたし、つまり、元ギャルの公爵令嬢、ディアネット・ロビンキャッスルは、処刑椅子の上にいる。
……さっき、処刑塔の業火に蹴り落とされたはずなのに。
なぜかまた、処刑塔の上で椅子にのっている。
生きて、いる。
理解した瞬間、あたしは素っ頓狂な声をあげた。
「……はあ!?」
「ひっ。な、なんだ、いきなり!!」
皇子はぎょっとして聞き返す。
あたしは大急ぎで辺りを見渡した。
間違いない。ここは処刑塔だ。
塔の下では火が燃えており、あたしは処刑椅子の上にいて、五体満足。
ドレスのフリルひとつすら焦げてはいない。
「落ち着いてくださいませ、殿下。この悪女は、あなたの動揺を誘っているのでございます」
儚い容姿で皇子に取り入ろうとしているセラフィーナ。
彼女も、さっきとまったく同じ格好だ。
まるで時間が巻き戻ったような光景に、あたしは何度も瞬きをする。
「巻き戻ったような、ってか、マジ巻き戻ってる感?」
「下賎な言葉遣いでよくわからないことを申すな!! とにかく、罪状を読み上げるぞ? 諸外国、国内諸侯との関係を引っかき回したあげく、わたしとの婚約関係をかさにきて、国庫に手をつけての贅沢三昧……」
「はいはいはい質問です!!」
いちかばちか、あたしは勢いよく言う。
皇子はイライラと返した。
「罪人からの質問は受け付けていない!!」
「そうですわ。この期に及んで処刑宣告の邪魔をなさるとは、公爵令嬢らしい態度ではありませんよ、ディアネット様」
セラフィーナが冷たい声で注意してくる。
反射的に心が縮こまりかけたけど、あたしはどうにか気を取り直して叫んた。
「殿下! あの、この処刑って、一回目?」
「処刑に一回目も二回目もあるか! お前は死刑だ、死刑!!」
なるほど。
それを聞いて、あたしは現状を理解した。
ギャルから公爵令嬢に転生したあたしは、今度はタイムスリップしたんだ。
もう一度やりなおせるなら……と考えてたら、本当に時間がまき戻った。
意味も理屈もわからないけど、この展開も漫画で読んだことある。
あたしは処刑椅子に固定された自分の体を確認した。
「ガチ固定されてるし、特別な魔法が使えるようになった感とかもなし。……スペックは前回と同じっぽ。処刑から逃げるのは、無理み……ってことは?」
「処刑人! 死刑を執行せよ!!」
皇子が叫び、処刑人が迫ってくる。
あたしは大急ぎで客席を見渡した。
顔、顔、顔、顔。
おぞましそうなおびえ顔。
憎しみに満ちた顔。
つまらなさそうな顔。
興味なさそうなねむい顔。
無数の顔の中で――見つけた!!
たったひとつだけ真顔の、ものすごいビン底眼鏡をつけた、地味男!!
あたしは、全力で叫んだ。
「死ぬ前に、ひとつだけ言わせて!! そこ! そこのキミ!!」
あたしの視線を追って、客席がざわつく。
「誰だ?」
「俺じゃないよな」
きょろつく客の中で、ビン底君はまったく動かず、あたしを見ている。
あなたはいつもそう。周りが何をしていても気にしない。
最初に会ったのは、社交に疲れて迷い込んだ図書館だった。
地味な魔道士のローブを身につけて、図書館の隅でじーっと本を読んでいたんだ。
『……ディアネット・ロビンキャッスル公爵令嬢に挨拶は?』
『はあ。いい天気ですね、ディアネット。読書するなら、席、空いてますよ』
淡々と返されたその挨拶が、めちゃくちゃ刺さった。
世界がぱあっと明るくなって、一瞬時間が止まった気がした。
あなたは、あたしにこびを売る気はなかったし、頑張って持ち上げる気もなかったし、派手過ぎだからってドン引きすることもなかった。
ただただ普通に扱ってくれた。
あなたがランドウって名なのは、調べればすぐにわかった。宮廷でも最底辺の、陰キャ下級魔道士なことも。公爵令嬢のあたしが付き合っていい相手じゃなかった。
だから、なるべく避けて通った。セラフィーナにも打ち明けなかった。
でも、あたしは。
たぶん、ずっと。
「ランドウ三級魔道士!! あたしっ、ほんとはキミのこと、好きなんですけどッ!!」
あたしの決死の告白は、処刑塔に響き渡った。
周囲からは、ぽかんとした空気が伝わってくる。
「ランドウって……え? こいつ?」
「この埃くせぇ三級を!? あの、派手好きディアネットが!?」
「信じられませんわ、公爵令嬢で、殿下の許嫁だったというのに……」
ざわつきは段々大きくなって、皇子は真っ青になった。
セラフィーナは、私をじっと見つめる。まるで、汚いものを見るように。
あたしはとっさにうつむきかけたけど、どうにかこらえた。
いいんだ。
あたしは、やりたいようにやった。
ギャルなんて前世じゃ、死の運命は変えられない。
でも、最後の最後に告白だけはできた。
どうせ死ぬなら、せめて、最後は本心で生きたい。
たったの数十秒でも、あたしの、本当の心で……。
「俺も嫌いじゃない。結婚するか」
「……え?」
あたしは何度もまばたきをする。
い、今の、ちょい低めの美声は、誰?
え、ランドウ?
えーっ!!
ランドウ、声張ると、こんないい声なの!?
内心盛り上がる私をよそに、ランドウは静かに立ち上がる。
そこであたしも正気に戻った。
「け、結婚は早くない!? あたしたち、ろくに喋ってもいないし。っていうか私、もう死ぬし?」
「死ななければ結婚してくれるのか? だったら助ける」
「は、はい!?」
ちょ、ま、何?
なんか思ったより千倍押しが強いんですけど!?
それに、ほら、みんな笑ってるじゃん。
あなたは三級の魔道士だよ。あたしを助けるなんて無理に決まってる。
お願い、警備の兵士に目をつけられる前に、座って!
あたしが必死に念じている間に、ランドウはビン底眼鏡を取った。
直後、どどっとランドウの黒髪が伸びる。
一瞬で、腰まで。
「……!?!?!?!?」
もう、声も出ない。
呆気にとられたあたしの視線の先で、ランドウは……。
い、いや、ランドウだった存在は、とんでもない黒髪長髪美形に変化していた。
そして、こう言ったのだ。
「俺の花嫁になって、魔界へ来い。歓迎するぞ、公爵令嬢、ディアネット・ロビンキャッスル」