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【18】ドレスは似合うのが一番だから

 久しぶりの人間界は、なんだか水っぽい匂いがした。


 ……っていうと不審だけど、本当に空気が水を含んでる感じがするんだ。魔界はどっちかっていうと火の匂いがする。あちこちでマグマが湧き上がってるからだろう。


 あたしは魔界の匂いも嫌いじゃないけど、慣れた空気はどうしたって懐かしい。

 あたしは思いっきり息を吸いこんだ。


「はー……潤う~~」


「よ、余裕すぎませんか、ディア様……。このひりつく空気の中で潤いを感じられるとか、さすがは世界一お美しくて派手で傍若無人なご令嬢、ディアネット・ロビンキャッスル様……」


「ひりつく空気? どのへんが?」


 マリカに言われ、あたしは周囲をきょろついた。


 ここは帝都の外れにある貴族の館の前庭だ。この家の先祖は、大昔に魔王と戦った吟遊詩人らしくて、今では『酔狂伯の館』という名で有名。広大な敷地内には闘技場やら劇場やら人造の洞窟や水路やら、ありとあらゆる酔狂なものがある。

 言ってみれば、個人が作ったテーマパークって感じだ。


 今日は月に一度の酔狂伯パーティーの日で、庭に並び立つ遺跡風の柱や、木々の幹にも、魔法で光る紐が結びつけられている。ド派手なライトアップの間を歩く男女は、ここぞとばかりに最新ファッションに身を包み、顔には仮面をつけていた。


 マリカは両手を揉み絞り、落ち着きなく周囲を眺めている。


「こ、こう、お洒落じゃない者は死ね! みたいな気配がすごいですぅ……」


「それはそーだけど、マリカはお洒落じゃん」


「ほ、本当に? 本当にお洒落できてますぅ……?」


 びくびくと言うマリカは、今日のために磨き上げた自作ドレスの上に、これも自作の真っ黒なマントをまとっている。肝心のドレスはまだ見えないけれど、奇抜なシルエットの黒マントは充分お洒落だ。


 あたしはこくりとうなずいた。


「超イケだから安心して。それに……」


 ちろり、と視線を流すと、マリカの横に立つ、灰色フード付きマント男の姿が見える。こちらはどこからどう見てもダサい。そのへんの埃かぶったカーテンでも引っつかんで体に巻いてきたのかと思うくらい、ダサい。


 そのはずなのに……あたしの目には、猛烈に輝いて見えた。


「くううっ、まぶしっ!!」


 歯を食いしばって目をしょぼっしょぼさせるあたしに、灰色男こと、ランドウは静かに慌てる。


「すまない、眼鏡に明かりが反射したな。へし折りたいところだが、今これを外すわけにはいかない……なんなら、もう少し離れた草むらあたりで君たちを見守ったほうが……」


「や、いやいやいや!」


 あたしはあたしで、慌ててランドウに返した。


 人間界にやってきたランドウは、正体を隠すために久しぶりの『三流魔道士ランドウ』ファッションに身を包んでいるのだ。彼のびん底眼鏡とマントにはものすごい魔法封じの魔法陣が仕掛けられているそうで、彼の魔力も気配もすべてを覆い隠してしまう便利アイテム。


 ただしデザイン的には最悪最低……の、はずなんだけど。

 今のあたしには、ダサファッションバージョンのランドウもめちゃくちゃに輝いて見えるんだ。


「ランドウはなんにも悪くないよ。てか、せっかくランドウと一緒に人間界のパーティーに来られたんだから、消えないで? ね?」


 あたしはランドウの袖を掴んで必死に主張する。

 ランドウはびん底眼鏡の奥から、少し驚いたような目であたしを見下ろしていた。


「…………君がいいなら、それでいいが…………」


「あは、あはは、むしろ私が消えたほうがいい予感……」


 あたしたちを見たマリカは、曖昧に笑っている。

 今度はマリカのほうを振り向き、あたしは必死に言いつのる。


「んもー、マリカまでそんなこと言って! マリカにはあたしのドレス係になってほしいし、そのためにも自分のドレスに自信持ってほしいし、自信持つために人間界のファッション牛耳ってほしいし! そーゆーことでこれまで頑張ってきたんでしょ?」


「そ、それはそうなんですけど……なんか、魔王様までまきこんじゃいましたし……」


 マリカはおずおずとランドウのほうを見る。

 あたしがマリカのために人間界行きをお願いしたとき、ランドウは結構しぶった。もちろん、しょうがないことだと思う。あたしとランドウは、人間達に猛烈に攻撃されて、魔界に逃げてきたんだから。


 だけど結局、自分が同行する、ってことで人間界行きを許してくれたんだ。


 ランドウはマリカに向き直ると、淡々と告げる。


「マリカ。これでお前がきちんとしたディアの侍女になるのなら、俺は君たちの護衛をするくらい構わない。好きにこき使え」


 ……格好いいなあ。


 あたしはじーんとしてランドウに見とれた。


 ランドウはあたしの婚約者だった皇子とは全然違う。アライアス皇子は派手な格好が好きだったし、偉そうに振る舞うのも好きだった。その割に何を考えているのかはイマイチ不明で、あたしは最後まで彼の本当の好みとか、考え方とか、全然わからなかった。


 ランドウは違う。

 ランドウは自分で考えて、自分で決めて、自分で動く。

 だからこんなに、カッコイイんだろうな。


 うっとりするのと同時に、あたしには徐々に気合いが入る。

 あたしはこんなイケ魔王の花嫁なんだ。

 ランドウの何分の一かでも、かっこよくならないと。


 あたしはぐっと腹に力をこめると、マリカの背を叩く。


「ランドウもこー言ってくれてるし、がんばろ! 酔狂伯の館は基本ぶれいこーっていうの? 身分とか正体とか関係ナシだから、身バレの可能性は低めだし。犯罪者でも、おとなしくしてれば敷地内では捕まらないもん」


「へええええええ……人間、案外野蛮なんですね……」


「それはそー。だからあたしらが潜り込めるとも言う!」


 あたしの言うことに、マリカは、なるほど、と感心した様子だ。

 ランドウはフードを深くかぶり直して言う。


「では行くか。魔界の玉座を長々と空にはできないからな」


 てきぱきと言うランドウをうっとりと見つめ、あたしは深くうなずく。


「おっけー。あたしたち、最速で天下取ってくるから!!」


「最速で、天下……っ! ディア様、今の、最高に格好いいですぅっ……!!」


「はいはい、行くよ~!」


 感動に打ち震えて両手を握り合わせるマリカを引き連れ、あたしたちは酔狂伯のパーティー会場へ向かった。彫刻が山ほどある前庭を通り、長い階段を上って、玄関ホールの受付を通る。


「お次の方。……失礼ですが、お三方はどういうご関係で?」


 白いカツラをつけた召使いが、あたしたち三人を怪訝そうな目で見る。あたしたちは仮面だけじゃなくフードつきマントを着ているし、ランドウはあんまり貴族っぽくないし、男女一対一のペアでもないし、確かに謎な組み合わせなんだろう。


 ランドウは慌てずに白紙の招待状を差し出すと、仮面ごとびん底眼鏡をずらして召使いを見た。途端にランドウの瞳に幻惑の魔法陣が浮かび上がり、召使いの瞳に映りこむ。


「酔狂伯の古い知り合いで、家族と使用人になります。今宵は無礼講とのことで、使用人も同席させていただきます」


 酔狂伯の知り合いって、ずいぶん前に死んだ人なんじゃあ……と思ったけれど、召使いはランドウの幻惑魔法でイチコロだ。


「それはそれは、なんと寛大な主様なのでしょう。伯もお喜びかと思います。どうぞ楽しんでいってくださいね、使用人さん」


 あっという間に笑顔になった召使いが、ぎゅっとランドウの手を握って言う。

 いや、ランドウは使用人じゃないんだけど……と突っこみたい気持ちを必死に押さえ、あたしたちはメイン会場のホールへ向かった。


「おー、湧いてる湧いている。ここが人間界のファッション最前線。酔狂伯のダンスフロアだよ」


 あたしが紹介すると、マリカが目をまん丸にして叫ぶ。


「うっひゃああああ……すごぉ……!!」


 ランドウは逆にフードを深くかぶり、ホールの隅のほうへにじり下がった。


「ランドウ、だいじょぶ?」


「命には関わらないが……色彩に酔いそうだ」


 ランドウの言うことも、ちょっとはわかる。広々としたホールはまるで花畑だ。ありとあらゆる色のドレスを着たご令嬢たちが、同じくありとあらゆる衣装に身を包んだ紳士達と、手に手を取ってくるくると踊り回っている。


 めまぐるしく動く、色と、色と、色。


「みんな、みんな人間だぁ……やっぱり人間服、素敵だぁぁ……」


 マリカはほとんどよだれを垂らしそうだ。

 あたしはというと、以前の宮廷モードに戻ってホールに目を光らせる。


「素敵は素敵なんだけど……なんか割と流行が地味めでは?」


「え? あ、確かに、淡い色が流行してますね?」


 マリカは首をひねっているけど、あたしはムムムと考えこんでいた。

 淡い色は使いようによっては可愛いけど、似合う似合わないがハッキリある。特に水色は場合によっては顔色を悪く見せるし、ドレスの材質がしょぼいと寝間着っぽくなってしまう。


 今日のホールには、似合ってない水色ドレスが多すぎる。


 ――ディアネット様、なぜそんなにこちらをごらんになりますの?


 あたしが思いだすのは、セラフィーナのことだ。

 セラフィーナはとにかく水色がよく似合った。肌も抜けるように白かったし、銀色の髪も水色のドレスにはベストマッチだった。


 この流行は、やはりセラフィーナを意識してるんだろう。

 あたしが魔界に行ったあと、セラフィーナはあたしが持っていたものを全部手に入れたはずだ。公爵令嬢だったあたしの婚約者、ファッションリーダーだったあたしのフォロワー、お金持ちだったあたしのドレスと宝石。


「……わー。なんかめちゃくちゃ、どーでもいーな」


「ど、どうされました?」


 マリカがうろたえてあたしを見る。

 あたしは彼女を見て、にっこり笑った。


「ううん! やっぱドレスは、似合うのが一番だなって!」


「はあ……?」


「いこ、マリカ!!」


 あたしはマリカの手を引っ張って、ホールの真ん中に駆けだした。

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