【16】魔界発のファッションリーダーに、なる!
「ほ、ほんとにいいんですかぁ……私、気持ち悪くありません……?」
「キモくはないよ。ストーカーっぷりはヤバみあるけど」
では、女性同士でごゆっくり……とばかりにランドウが去ったのち、あたしとマリカは部屋の円卓を挟んで向き合って座った。テーブルにはランドウがちぎってきてくれた魔界の花(魔界にもサボテン的な植物がぎりぎり自生してるらしい)を使って淹れた花のお茶がある。
マリカはお茶には全然手をつけず、ぶるぶると震えて言う。
「すすすすすみません……人間好きすぎて、全然がまんできなくて」
「ここで反省ゼロなの、ちょいおもろだね!」
あたしはあははと笑った。
最初はびっくりしたけど、マリカのノリにも大分慣れてきた。ゆっくりとお茶を口にふくむと、甘くてすっきりした匂いが鼻に抜けていく。
魔界でも花は甘い匂いなんだなあ、なんて思うとますます落ち着いて、あたしはのんびりと言った。
「でもそれ、なんかいーな」
「はい……?」
マリカがおびえた目であたしを見る。前世のあたしもこういう時期があったのかなあと思いながら、あたしはうなずいた。
「自分を貫いてる、って感じ」
「そ、そうでしょうか……?」
「うん! てか、その服もじゃない?」
あたしは力強く言い、マリカのフード付きローブを指さす。
こういうローブは人間界でも定番の外套で、どんな服装の上にも羽織れるから重宝されている。下に何を着ているかを隠すためにローブを着る人たちもいる。性的な魅力を発信しちゃいけない聖職者のひととか、ボロい服を着続けなきゃいけない三流魔道士とか、そういう人たちだ。
だけど、マリカのローブはちょっと違った。
「それってカットどーなってんの? あっちこっち攣れて見えるけど、ボリューム爆盛りでカワだし、多分自作? と思って」
あたしはカップを置いて、マリカのローブをじっくりと観察する。
これ系の服はあたしの趣味じゃないけど、デパートとかお洒落タウンの裏路地系でよく見るタイプだ。たっぷりした着心地なんだろうけど、だらしない感じじゃなくて、ちょっとアートっぽいかっこよさがある。
「!!!! わ、わか、わかかかかかか……っ」
あたしの話を聞いたマリカは、小さな目をくわっと見開き、震えながら両手を握りしめた。あたしは慌ててマリカをなだめる。
「落ち着いて!! バグったみたくなってるから、息吸って!!」
「すー……は……」
「案外素直」
ほっとするあたしの前で、マリカは深呼吸をした。そうしてうつむき、自分のローブの裾をつまんでぽそぽそと喋る。
「気付いてくれて、嬉しいです……。私、人間が好きで。人間の服も好きで。まねっこできたら、って思ったんですけど、なんか思ったのと違っちゃって……。こっそり人間界にまぎれようとしても、『あんた、スカートが斜めよ!』とか裾ひっぱられたり、なんとなく避けられたりで。こんなんじゃ駄目だな、とか……」
「全然駄目じゃないよ、めっちゃ高見え服だよ! 技術すごいし。人間界の流行とは違うかもだけど、流行って作るものだし」
「作るもの……」
マリカが驚いた顔で繰り返すので、あたしは深くうなずいた。
思い出すのは、人間界の宮廷時代だ。あたしはセラフィーナの言う通り、ファッションリーダーをやっていた。流行らせた服はどれもイマイチあたしの趣味じゃなかったけれど、あのときのノウハウはまだこの手に残っている。
「あたし、頭に鳥の巣のっけたファッションも流行らせたことある。それに比べたら、マリカファッションのほうがシックでラグジュアリー!」
あたしが言い切ると、マリカの真っ黒な目にはわずかな光が宿った。
「ほ……ほんとですか……? 人間って、こういう服、好きになってくれますか?」
どもりながらも、声が弾み始める。
希望だ、と、あたしは思う。
マリカの中に希望がしみこんできている。人間に好かれたくて好かれたくて、でもきっと無理だろうと思っていたマリカ。受け身なマリカ。彼女はあたしと一緒だ。
誰かに好いてほしいと思うだけじゃ、どうにもならない。
誰かのことを好きだ! と自分から叫んだら、運命は変わる……こともある。
自分で動くんだ。今のあたしならできる、かも、しれない。
「なるよ! きっとなる! なんなら手伝う!」
自分に向かって誓うような気持ちで言う。
マリカの目がきらきらと輝き、両方の手がぎゅうぎゅうと握り合わされる。
「ディアネット……ディアさん!!」
マリカはあたしの名を呼ぶと、長いまつげを伏せた。自分の着ているローブをじっと見つめた後、震える声で言う。
「じ、じゃあ、私、ディアさんのぶんも、服、作ってもいいでしょうか? 一緒にこの服、着てくださいます……?」
「も……」
もちろんだよ、と言いかけて、あたしは思いとどまる。
もちろん、あたしはマリカを応援したい。
もちろん、マリカの力が評価されてほしい。
でも、マリカの服が着たいかっていうと、ちょっと違うんじゃないかな。
嫌ってほどじゃない。着ることはできる。それが役に立つんならそれでいい、のかもしれない。ただ、それが行きすぎると、また同じことの繰り返しになってしまう。
あたしはランドウを思い出す。
三流魔道士の格好をしていても、びん底眼鏡をかけていても、はっきりきっぱりしていて格好良かったランドウを。
よし、大丈夫。
あのランドウをかっこいいと思えたあたしなんだから、今度は間違わない。
「もちろん、って言いたいとこなんだけど。あたしはあたしで推しファッションがあって」
あたしは、なるべく誠実に言った。マリカの顔は戸惑いに揺れる。その顔が悲しみに染まる前に、あたしはマリカの両手を握りしめて叫んだ。
「だから一緒に、それぞれの推しファッション、流行らせよ!?」
一緒に、というところを大声で言うと、マリカの顔はぱあっと明るくなった。マリカはあたしの手を握り返し、頬をほんのり赤くする。
「は……はい……!!」
勢い込んだマリカは、文句なくかわいい。
彼女となら、きっとできる。魔界発の、最先端ファッションを、作る!!