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【15】死神は人間がお好き。

 ランドウが取り出したのは、手のひらに載る小さな香水瓶だった。

 紫からピンクへのグラデーションがかかった水晶で作られた、装飾ごてごてのものだ。ストレートに言って、あたしの好みだ。


「!! 超きゃわでは!?」


 思わず叫ぶあたし。一方のランドウは冷静だ。


「代々伝わる封印の瓶だな。魔王城にあるものも、古いものは結構意匠が凝っている。最近のはゴミだ」


「ご、ゴミって……」


 あたしが困り顔で笑っているうちに、ランドウは瓶の蓋を取る。

 途端にぶわりと黒い霧が瓶からこぼれ、あたしの部屋の床にわだかまった。瞬きする間に霧は黒いフード付きローブをまとった人影に変わる。


「ひ、ひええええ……」


 少々小柄な人影は、情けない声を出して縮こまった。

 フードをかぶった頭を抱えこみ、ぶるぶると震えている。

 あたしは心配になって声をかけた。


「だいじょぶ? どうしてつかまっちゃったの?」


「ひゃあああああ、すみません、すみません、すみませんっ!!」


「今、謝るとこあった!?」


「すみませんごめんなさい私のために喋らせちゃってごめんなさい眼球を動かす労力を使わせちゃってごめんなさい~~~!!」


「!?!?」


 すごい。ひとりでスペシャルBAD入ってる。

 ここまで後ろ向きになれるのは、才能と言ってもいいかもしれない。


 あたしは何も言えなくなって立ち尽くすけど、ランドウは割と平気そうにうながした。


「自己紹介しろ」


「はい……ま、マリカです……私の名前なんかを聞かせちゃってごめんなさい!!」


 マリカと名乗ったその子は、またすぐに頭を伏せて土下座体勢に入ってしまった。

 あたしは慌ててマリカの前に両膝をつくと、その手に自分の手を乗せる。


「あたしはディアネット、ディアでいーよ! てか、その床そんなにきれいくないし、起きよ!」


「ひ、ひえええええ!!」


 マリカは悲鳴をあげると、あたしの手を振り払う。そうしてずざざざと後ろへ下がり、おびえた目でランドウを見上げた。


「す、すみま、せ……ん……!! 花嫁に触ってしまいました……魔王様、手っ取り早く死刑にしてください!!」


「死刑……」


 無表情のまま、なんとなく難しい顔になるランドウ。

 駄目だ、これ、絶対嫌がってる。


「ま、待ってってば!! なんで触ったら死刑なの!?」


 慌てたあたしは四つん這いでマリカを追った。

 マリカはフードの影になった顔で引きつり、必死に叫ぶ。


「だって!! 私、死神なんです!!」


「死神?」


 あたしはびっくりして黙りこむ。

 マリカはこくこくとうなずいて続けた。


「そ、そうです……。もうすぐ死にそうな相手の願いを叶えて、代わりに最後の生命力をもらうだけの下級魔族なんですけど。人間には『死を呼ぶ』って言われてはちゃめちゃに嫌われてて……だから、その、ディアネット・ロビンキャッスル公爵令嬢にも、絶対嫌われるだろうと……」


 あれ、この子ってあたしのフルネームと身分を知ってるんだな……と思いつつ、あたしは答える。


「え……でも、今の説明だと、『死を呼ぶ』は現実にはナシなんでしょ?」


「すごく頑張れば殺せますけど……」


 マリカはおどおどと言う。その瞬間、あたしの頭の中には、ぴかーんと『無罪』の文字が浮かんだ。


「はーーーい! ナシナシナシナシ!!」


「ひっ!?」


 おびえるマリカに、手で作ったバツをつきつけながら、あたしは言う。


「あたしだって、すごく頑張れば人くらい殺せるの! そう……多分……うん、多分殺せる……ハズ……。だから、そんなことでマリカのことディスったりしないよ」


「え、ええ……?」


 マリカは呆気にとられた顔になる。その拍子にフードがずれて、マリカの控えめで可愛い顔があらわになった。あらゆるパーツがちょっと小さいけれど、そこがまた幼くて小動物みがある。真っ黒な目を囲うまつげは最初からくるんとしていて、正直すごく羨ましい。


 あたしは、マリカに顔を近づけて言う。


「そんなことより、魔界で初女子! 仲良くしよ!」


「ふ、ふえええ……」


 マリカはぼうっとしたまま、あたしに手を握られている。死神って言われるとちょっとびっくりするけど、聞いたかぎりでは全然こわくない。

 むしろ魔界で女の子に出会えるのはテンションが上がった。ランドウはこの子があたしの魔界生活を手伝ってくれるって言ってた気がするし、そんなのありがたさしかない。


 ただ、あたしには、この子にひとつだけ言っておかなきゃいけないことがある。


「あとね、マリカ。あんまりランドウに『死刑にして』とか言うのは、ナシでお願いできる……?」


「え……? あ、そこは魔王様に頼らず、きっちり自分で自分のかたをつけろ的な……?」


「ちがーーう!! 違うけど……」


 そこまで言って、あたしはためらう。


 ランドウは草食系で、魔王らしい振る舞いが大体嫌いだ。もちろん処刑だって嫌に決まってる。

 だけど、そのことを他の魔族にはっきり言っちゃうのも失礼だろうか。そうかもしれない。


 新しく友だちになれそうな子に嘘を吐くのも嫌だし、ランドウが嫌な思いをするのも嫌だし……。

 しばらく考えたのち、あたしははっきりと言った。


「あたし、人間だから! 好きぴが誰かを死刑にするのとか、見たくないんだ」


「……好きぴ……」


 ランドウがつぶやいたのがわかる。多分彼は、今、あたしのことを見ている。


 これでよかったかな、ランドウ。

 あたし、これであなたを傷つけなかったかな。


 わからない。わからないけど、今はマリカから目をそらせない。

 あたしは、どきどきしながらマリカの反応を待った。


「へ、え……ええ~~~~!?」


 あたしの話を聞いたマリカは、あたしをじーっと見たあと、顔を真っ赤にして自分の口元をおさえる。嬉しいのか楽しいのか驚いてるのか悲しんでるのか、判断が難しい顔だ。


「ど、どーゆー反応……?」


 戸惑うあたしを前に、マリカは急にまくしたてた。


「す、すみません!! あの、その……ディアネット・ロビンキャッスル公爵令嬢だったら絶対こういうときに私のことを足蹴にして高笑いして部下にむち打たせたあげく、魔王様と一緒にすっごい拷問してくれると思ってわくわくどきどきしてたので、反応が全然違うな、だけど物足りないとかじゃなくて、めちゃくちゃかわいいしいいお姉さんだし私と仲良くするとか言ってくれてるし、ひょっとしたら神なのでは~~~? 的にちょっと動揺してしまって!!」


「ちょ、ま、怒濤すぎん!? あと、あたしについて詳しすぎ!!」


 呆気にとられるあたしの横で、ランドウは重々しく口を開く。


「この死神は、そもそも人間が好きすぎる。よく人間界に遊びに行っては、挙動不審で捕まったり、人間にいじめられたりしていて……。俺がこっそり助けるのを繰り返していた」


「それは人間側がごめんだけど……」


「いや、そうでもない。こいつも、罪もない人間の後をつけ回して日常を脅かしたり、自分が死神だとバラして退治されかける過程を楽しんだりしていたから」


「たのし……たのしい……?」


「今日も、俺が人間の花嫁を取ったという噂を聞きつけたんだろう。魔王城の中庭でなかば土に埋まり、茂みの中から君の部屋を観察しようとしていたのを捕らえた。魔力は弱いが、隠密技能だけはものすごい」


「わー……思ったより治安わる……!」


 段々と青くなるあたしに、ランドウが真顔で告げる。


「ディア。マリカは一応、俺と君には絶対服従を誓った。俺がきっちり契約書も書かせた。それを信じて君の侍女にしてもいいし、封印したまま外に放り出してもいい。どちらにせよ、俺の良心はまったく痛まない」


 ……ふむ。なるほど。


 さすがのあたしも、マリカのストーカーぶりを聞くと迷ってしまった。

 マリカは人間が好きだ。あたしのことも、多分好きだ。

 それは大変ありがたいけど、ちょっかい出したい、いじめられたい、みたいなコミュニケーションを求められると、あたしも友だちづきあいが難しいと思う。


 あたしはもう、宮廷のときみたいな振る舞いはしたくない。

 セラフィーナみたいな友だちも、ほしくない。相手の空気を読むんじゃなく、ランドウみたいに、相手のやってることとか、考えとか、そういうのをまっすぐ見つめるお付き合いをしたい。


 共通の趣味とか話題とかがひとつでもあればなあ……と、あたしはマリカを見つめる。

 そして、はっとした。


「……ランドウ」


「どうする? こいつが駄目なら、他にも侍女を貸してもらう先のあてはあるんだが」


 心配そうに聞いてくるランドウを見上げ、あたしは言い切る。


「あたし、マリカがいい。マリカと仲良くなる!!」

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