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【14】魔界でお洒落は難しい。

 ずっとお洒落が好きだった。

 物心ついたころには、画用紙にクレヨンで夢のドレスを描きまくってた。

 あたしの夢はいつだってお姫様。


 だけど、空気読みが激しいあたしは早めに気付いた。

 本気のドレスを普段から着てる奴は、普通に痛い、って。

 あたしたちは毎日毎日空気を読んで、痛くないよって言ってもらえるレベルの服に手を伸ばす。毎日毎日親や先生の顔色をうかがって、ぎりぎり叱られない程度の制服に腕を通す。


 ギャル服はそんなあたしの夢で、希望で、現実だった。

 みんなにぎりぎり許してもらえるお姫様。

 ちゃんとなれてたと思うんだ。


 そんなあたしが異世界に転生して、本物のドレスを山ほど着て。さらに魔界にやってきて、今。あたしはとっても困っている。


「魔界には、女子服の仕立屋さんが居ない……マジかあ……」


 うーん、と悩むあたしはワンピース型の寝間着姿だ。

 目の前には、トルソにかかったドレスがある。魔界に落ちてきたときに着ていたドレスだ。質はよくても、あたしの扱いが酷かったせいで大分くたびれている。最終的には料理に邪魔だからって、レースをひきちぎってしまった。


「さすがにこれを着続けるのは無理みだし、自力で仕立てるのはますます無理」


 となると、残る手段はひとつ。


「改造」


 ぼそり、とつぶやき、あたしは魔王から借りたハサミを持ち上げた。

 ちょうどそのとき、あたしの部屋の扉がノックされ、開く。


「ディア、見てほしいものがあって……」


「え? なになに?」


 ざく、とドレスのスカート部分にハサミを入れたまま、あたしは扉のほうを見る。

 そこには、魔王ランドウがいた。

 いつもの軍服姿――ではなく、全身土まみれでボロボロの姿で、両手にマンドラゴラを持っている。


 あたしは、思わず叫んだ。


「きゃーーーー!? ら、ランドウ、どしたの!? 誰かに襲われた? ってか手に持ってるの何!? 顔ついてるけど!!」


「…………!!」


 ランドウも大きく目を見開き、マンドラゴラを放り出してあたしに駆け寄る。そうしてハサミを持ったあたしの手を、自分の両手で包みこむ。


「へっ!? えっ……? な、なになになに!?」


「何、というか……」


 ランドウは真剣な面持ちであたしを見つめ、急にはっとしてあたしの手を見た。


「すまない、無遠慮に手を握ってしまった」


「や、その、それは……」


 いちいち気にしてくれるのは嬉しいけど、あんまり気にされすぎるのも他人行儀かなあ、なんて思って、あたしもあたしとランドウの手を見下ろす。ランドウの土だらけの手は、ハサミを握ったあたしの手を包みこんだまま、放そうとはしていなかった。


 あれ、と思って顔を見上げる。

 そこにはランドウの、ちょっと心配そうな顔があった。


「ランドウ……? だいじょぶ?」


「……わからない。その……」


「その……?」


「…………」


 ランドウは黙りこみ、長いまつげを伏せてしまう。

 そうするとどんな表情をしているのか、よくわからなくなる。でも、なんとなく、気持ちは伝わってくる気がした。なぜってあたしたち、まだ手を繋いでいるから。


 ランドウはあたしから、手を放したくないんだ。

 その気持ちだけは、ちゃんと伝わってくる。


 温かな体温が沁みてきて、あたしの体もほんのり温かくなり始める。体中が温まると、頬が真っ赤にほてり出すのを感じた。


 なんだろ、これ、嬉しいな。ランドウが手を握ってくれるの、嬉しいな。

 放したくないと思われるの、嬉しいな。

 ……あたしも、ランドウから手を放したくないな。


 そう思って、あたしはほんのり笑う。


「だいじょぶ、だよ。あたしたち、お付き合いすることにしたんだから。結構、何してもいいし……」


 手くらいでいいなら、いくらでも握っていいんだよ……と言い終える前に、ランドウは顔を上げた。そして、真剣な面持ちで言う。


「ならば、はっきり言ってもいいだろうか。君のドレスを切り刻まないでほしい」


「へ? え? あー……!」


 あたしは目を白黒させたあと、すべてを理解する。


 ランドウが急にあたしの手を握ったのは、あたしがハサミでドレスを切り刻んだせいだ。多分ヒスったとでも思われたんだろう。つまりこれは、ラブっていうより心配だったわけか。


 あたしはがっかり半分、焦り半分でぶんぶんと首を横に振った。


「違うって! 切り刻んでないの、これはアレ、改造!」


「改造……? 防具か武器でもつけるのか?」


「そんなんできるの!? じゃなくて、可愛くしたいだけ!!」


「可愛く……そうか」


 ランドウはつぶやき、ほっと全身から力を抜いた。

 あたしも一緒にほっとして、ぽそぽそと付け加える。


「宮廷ではセラフィーナの好みに寄せてたから、これからはあたしに寄せよっかなって」


「セラフィーナか」


「うん、ダチの子。……あ」


 あたしはふと気がついて、ランドウの顔を見上げる。

 ランドウはきれいな顔に土をつけたまま、首をかしげた。


 今思ったんだけど、付き合ってる相手の服の好みを聞かないでドレス改造に走るのは、実はアウトだったんじゃないだろうか。気付くとさーっと青くなって、あたしはおろおろと問いを投げる。


「あ、あの、ランドウは、服の好みとか、ある?」


「……あるように、見えるか?」


 ランドウは淡々とつぶやき、自分の格好を見下ろす。あたしもランドウの泥だらけのぼろ服を見て、控えめに問いを重ねた。


「あんま見えない、かも。ちな、そのかっこのコンセプトは?」


「農作業をやるときの作業着だ。肉と一緒に野菜を焼いて食べたすぎて、中庭で畑を始めてみた」


「そうだったの!? ひえ~~行動はや、かっこよ!!」


「んんッ、そうか……」


 変な咳をして深くうつむくランドウをよそに、あたしはほっと胸をなで下ろした。

 この調子だったら、服装関係であたしをめちゃくちゃ束縛するタイプではなさそうだ。思えば三流魔道士だったときのランドウも、魔道士のローブ以外を着ているところを見たことがない。


 となれば、思いっきり自分の『かわいい』を追求できる。ここには親も同級生も婚約者もセラフィーナもいないのだ。


「負けてらんない、あたしも改造がんばるね! 人間風の『かわいい』目指すけど、ランドウも気に入るといーな」


「楽しみにしている」


 ランドウは言い、そっとあたしの手を放した。もうちょっと握っててくれてもよかったのになあ、なんてあたしが思っていると、ランドウが続ける。


「何か、改造に必要なものがあれば言って欲しい」


「必要なものかあ。お裁縫道具は一式もらったし、あとは……」


 あたしはランドウを見上げ、思い切って言ってみる。


「お手伝いしてくれるひとがいるとうれし~、かな?」


 お手伝いしてくれるひと。

 それはもちろん、ランドウのことだ。ランドウに手伝ってほしいのだ。

 なぜならあたしが魔王城に来てから、ランドウと会うのはランドウが部屋に来てくれるときと、食事のときだけだから。


 もちろんそれでも充分なんだけど、でも、あたしはもっとランドウの色んなところを知りたい。そのためには、一緒に作業するのが一番だと思うんだ。


 あたしが緊張して返事を待っていると、ランドウの顔はふわりと明るくなった。


「手伝いか。ちょうどよかった」


「え、なになに? ひょっとしてランドウ、暇してた?」


 これは本気で手伝ってくれるかも、と、あたしは身を乗り出す。

 そんなあたしに、ランドウは告げた。


「俺は声なしマンドラゴラの処理で忙しいが、さっき捕らえたものがある」


「捕らえ……? なんて?」


 戸惑うあたしの眼前で、ランドウは懐から『それ』を取り出した。

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