【11】バーベキューは、ガチデート!!
好き。しかも過去形って……。
ガチガチになるあたしをよそに、ランドウはあたしがちぎったレースの痕に指を這わせる。
「君のドレス。宮殿を舞う、蝶々のような姿が」
「あ、そ、そこ~……」
「繊細なレースも、内から輝くような色とりどりの布も、虫の羽……いや、貝の裏側……とにかく、きれいで、好きだった。なのに――俺のために捨てさせてしまった」
ランドウの声が、はっきりと曇る。
この人、本当に、あたしのファッションが好きだったんだ。
そのことが急に胸に迫ってきて、あたしは棒立ちになってしまった。
あたしが『もういらない』って思った、トンデモファッション。
セラフィーナのいいなりファッション。裏では散々ディスられてた、盛りファッション。
ランドウは、好きだったんだ。
好きでいてくれたんだ。
そう思うと、胸の中で堅く冷たくなっていたところが、急にぎゅううんと熱くなった。
あたしに優しくなかった皇宮生活。何もいいことがなかったディアの日常。
それを、ランドウが拾い上げてくれた。
このひとが喜んでくれていたなら、好きでいてくれていたなら、あそこでのあたしの生活は無駄じゃなかったんだ。ダメなとこばかりじゃなかったんだ。あたしが思うほど汚くも、醜くもなかったんだ。もちろん、ダメなところはあったんだけど……。
ランドウはさらに続ける。
「俺は、君の柔らかでか弱いところも、好きだった。だが、柔らかでか弱いものは、魔界ではすぐに傷ついてしまう。それで、悲しくなってしまった」
ランドウの視線は、あたしの足と手に向かっている。
言われてみれば、力仕事をしたあたしの手は真っ赤だ。ハイヒールを脱ぎ捨てたあとの絹の靴下は汚れて破けている。
これを見て、悲しい、と思ってくれるんだ。
セラフィーナなら、元婚約者殿下なら、『みっともない』って顔をしかめたところを。
「どうしよ、好きすぎるんだけど!!」
「!?!?」
あたしがつぶやくと、ランドウは見るからにビクッとする。
嫌がられた!? っていうか、あんまりに急すぎたか。
あたしは慌ててブンブンと首を横に振り、言葉を重ねる。
「ちょ、ま、ちがっ! いや、好き、好きは好き、大好きなんだけど! あのね、あたしはあたしで、ランドウの、その繊細な感じとか、ちょい頑固なとこ、大好き! だなって思って……」
「繊細で、頑固か」
「うん!!」
あたしは力強くうなずいた。
そうしてハイヒール分、つま先立ちになって、ランドウを見上げる。
ランドウの目はまだちょっと悲しそうだ。あたしがドレスを引きちぎり、料理で汚れたせいで、ランドウは悲しんでいる。あたしはこの悲しみを受け止めて、そして、どこか遠くへ投げ飛ばしたい。
あたしは、心をこめて言う。
「あたしのファッション、好きでいてくれて、ありがと。心配もしてくれて、ありがと。でも、あたしはランドウの繊細なせーかくとか、繊細な胃袋とかラブだから料理してるの。だから、いーんだよ」
「胃袋、ラブ」
そうだよ、ランドウ。あなたはとっっっっっても優しくて、頭がよくて、繊細で、真面目で、いいひとで。しかもあたしを猛烈に救ってくれる。
だからあたしは、あなたのきれいな顔と同じくらい、あなたの胃袋にも無事であってほしいよ。
「そ! 服はあとでもっとイカした感じにするから、安心して! でもってこっちは……」
あたしはにっこり笑い、熱せられた包丁に向き直る。
さっき切り出して置いた獣脂を包丁の上に塗ると、じゅうじゅうといい匂いが漂い始めた。そこにステーキ肉を置くと、ますますじゅうーーーといい音がした。
「こうやって焼いてくわけ! ま、それだけなんだけど~。生よりはお腹痛くなんないと思う! ど?」
あはは、と笑って振り返ると、なぜかランドウは真顔で固まっていた。
「……あ、あれ?」
「消し炭にしてない……人間ならではの絶妙な焼き加減。尊敬に値する」
ランドウが真剣に言うので、あたしは思わずのけぞった。
「ハードルミニマムくない!? 焼いただけだよ!? 誰にでもできるよね!?」
救いを求めるみたいにヒビキを見たけど、ヒビキはヒビキで真っ青だ。
「くっ……貴様、俺をそんなことで負かした気になっているのか!?」
「勝手に負けるなし!! こんなんでよければいくらでも焼くし教えるし! てか、塩も振ってないんだよ???」
あたしが叫ぶと、横からランドウが口を挟む。
「塩ならある。魔界の岩塩でよければ」
「あるんかい!!」
思わず叫んだあたしに、ランドウは自ら部屋の隅にあった布袋を追ってくる。開けて見ると、中には拳大の岩塩が詰まっていた。
「ぱない量ある……!! やったー!! 岩塩振ろう、岩塩!」
「わかった」
ランドウがくるりと指を回すと、浮き上がった岩塩が肉の上に移動してくるくると回る。そうして端から崩れて、塩の結晶が肉の上に落ちていった。
「いいね! 盛り上がってきた!」
あたしはにこにこと肉を一口大に切り、ランドウに差し出す。
「はい、どーぞ。魔界風ステーキ・地獄の業火焼きだよ」
「……ありがとう」
ランドウはあたしから短剣に刺さったステーキを受け取り、じっと見つめる。
緊張してる感じだろうか。そりゃそうか、彼は肉が苦手なんだから。
いくら焼いたとはいえ、肉は肉。かなり素材感はある。
「あの、無理そだったら……」
あたしが声をかけた瞬間、ランドウはぱくりとステーキを口に含んだ。
あたしとヒビキは、息を呑んでランドウを見つめる。
ランドウは、肉を噛んでいる。噛んで、噛んで、噛んでいる。
これは……焼きが甘かったかな。オエッとされたらどうしよう。
そのときには、毒を食わせた、とかいってヒビキに殺される可能性ありかも……。
あたしは緊張感に耐えきれず、目を閉じてつぶやく。
「どうせ殺されるなら、首を一撃で……」
「……もう少し、食べてもいいか」
「へっ!?」
あたしはびっくりしてランドウを見上げる。
ランドウも、少しびっくりした顔をしている。
「……食べられた。これなら、もう少し、いける気がする」
「ら……ランドウ~~~~!!!」
緊張が解けて、ぶわっと喜びが湧いてくる。
あたしはうるうるして、とっさにランドウにしがみついてしまった。
ランドウもあたしを抱き留めようとして、ぴたりと止まる。
引かれたか……? とあたしは堅くなるけど、ランドウはためらいがちに聞いてくる。
「ディア、これは、デートとして成立しているのだろうか?」
「してる、と思うよ。バーベキューはガチデートだと思う」
「よし。なら、いい」
ランドウはかすかにうなずいたかと思うと、ぎゅうっとあたしを抱きしめてきた。
「ひえ……」
あたしはちっともロマンチックじゃない声を出す。
自分から抱きつくのは平気だったけど、ランドウから抱きしめられるのは、なんだかすごい。すごくすごいんだけど、何がすごいのかはよくわからない。
心臓が跳ねて、跳ねて、とんでもなくドキドキして……そのあとにじわっと広がってくるこれは、嬉しさと……安心感、なんだろうか。
ランドウの体はどこからどこまでも美しいけど、どこもかしこも大きく、丈夫に出来ていて、こうされていると守られている感がすごい。
「礼を言う、ディア。……いや……違う」
あたしを抱きしめたまま、ランドウが囁く。
違うって何がだろう、と少し顔を上げると、ランドウの両手があたしの頬を包んだ。
じいっとあたしの目を見つめて、ランドウは言う。
「君がここにいてくれて、すごく、嬉しい」
「ひ……ひえええええ……」
魂が抜けるみたいな声が出た。
すごい。すごい。これは、なんか、すごい。
真っ赤になって固まるあたしに、ランドウは少し心配そうに声をかける。
「……君みたいに伝えたいと思ったんだが、伝わっているだろうか……」
「う、うんうんうんうん。伝わる、伝わりすぎて、なんか、成仏しそ……」
「成仏? とは、なんだ?」
ほとんどうっとりしてしまったあたしに、ランドウが問う。
あたしはまだまだぼうっと答えた。
「う? 安らかに死にそー的な?」
「……すまない俺の力が強すぎたな。君に触れるときには魔法の拘束具をつけるのでどうだ」
「いやいやいや、そーじゃなくて!! だいじょぶ!! だいじょぶだから、セルフ拘束やめよ!?」
――と、ドタバタやってるあたしたちの横で、ヒビキが難しい顔で牛串を食べている。
「こんな、丸焦げの肉など……いや、しかし、ほどよい焦げだな。苦くないな。なぜだ? どうしてこうなる。だとしても、きっと生肉の方が美味いはず……もう一本食べればはっきり評価できるか。きっとそうだな。もう一本食べて考えよう」
肉をぱくぱくと食べ進めるヒビキが、不意にびくりと肩をふるわせた。
「どうした、ヒビキ」
ランドウが気づき、ヒビキに声をかける。
なんだろう、と思って見ると、ヒビキは戸惑ったような、嫌がっているような、なんとも言えない表情をしていた。
「いえ。今、コウモリが目の前を横切って、外に出て行きました」
「へー、コウモリ。魔王城っぽさある!」
あたしは少しテンションを上げたけど、ランドウはなぜか、難しい顔で黙りこくってしまった。