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【10】見せてやる、ギャルの本気!

 解体室はあるが、台所はない。

 そう言われてあたしが連れて行かれたのは、学校の教室くらいの部屋だった。


「わ、わぁ~~……マジ、台しかない……」


 呆気にとられるあたしの横で、ランドウが静かに言う。


「生肉しか食わない世界だからな。肉を切るだけならこれでいい、ということだ」


「それはそう。それはそうなんだけど」


 あたしは言葉を濁した。

 黒いタイルが敷かれた部屋の真ん中には石で作った作業台がふたつ。壁にずらりとかけられた肉の塊と、まがまがしい刃物たち。バケツや、あたしと同じ位の背丈の、超・巨大な包丁。


 あるのは基本それだけで、あとは壁に蛇口っぽいものがあるくらいだろうか。蛇口っぽいものからはからこぽこぽと水が流れ続けており、部屋をとりまく溝に流れていく。


「これが水道代わり……?」


 ランドウに聞くと、彼はうなずいた。


「獲物をこの台で解体し、ここの水を汲んで洗い、余計なゴミはここで処理する」


 ここ、と言って、ランドウは床の真ん中にある鉄の蓋を開く。

 途端にごおっと炎の逆巻く音がして、辺りが赤々と照らされた。


「ひぇっ!! 火!? えっ、ゴミ? 火!?」


「ゴミは、魔界の業火で全て燃え尽きる仕組みだ」


「ワイルドすぎんっ!?」


 あたしが思わず突っこむと、ランドウは黙りこむ。

 しばし考えこんだのち、彼はあたしを見た。


「ディア。無理はするな。魔界はどこもこうだ。これでも魔王城が一番設備が整っているまである。料理に関して、魔族は初心者以下……むしろ、赤ちゃんだ」


「赤ちゃん……!!」


 そう言われると可愛く思えてきた。

 正直あたしだって料理が得意なほうじゃない。偏差値で言ったら三十くらいじゃないだろうか。この腕でちゃんとランドウを満足させられるのか、ちょっと不安もあったけど……。


 相手が赤ちゃんなら、いける!!


 あたしはガバッと顔を上げ、改めて辺りを見渡した。

 この部屋を見ると、何かを思い出す。前世で見た……そう、車庫とかガレージ、物置、工場、そういう場所。前世のあたしは都会に近いちょい田舎に住んでたから、ガレージは見慣れてる。


 ガレージでやれる料理となると、もちろん一択。


「よし、見えたっ!!」


「見え……?」


 不思議そうなランドウをよそに、あたしはノコギリを壁から降ろした。


「おい、花嫁! そんなものを使って、指を飛ばしたらどうする!?」


 ヒビキが慌てて駆け寄ってくる。

 あたしは食い気味に聞いた。


「ヒビキ、あたし、肉を小さくしたい! さっきのお肉、ここで切っていい?」


「お前は自分の立場を自覚していないのか!? 魔王様の花嫁なのだ、残飯は下々の者に下げ渡せ。新しい肉が欲しければ、ここにある肉が使い放題だ!!」


「使い放題!? めちゃアガる……!! けど、まずは五百グラムくらいで」


「謙虚か!?」


 叫ぶヒビキを背後に、あたしはドレス姿でノコギリを振り上げる。

 ――行くぞ、肉塊。ランドウの胃腸と、美味しいごはんのために。


「てやあああああああ!!」


 気合いを入れて叫び、あたしは巨大な肉をそぎ落とし始めた。ノコギリは思ったのの十倍くらいよくきれて、作業台にステーキくらいの厚さの肉が溜まっていく。

 ある程度できたところで、あたしは一部をさらにサイコロ状にした。

 そうして、刃が針みたいになった短剣にサイコロを刺していくと……。


「よし!! これで、バーベキューデートの準備、七割完成!!」


 あたしは額の汗をふきながら叫んだ。

 どかんとした肉塊は、美味しそうなステーキ肉と串焼き肉に変身済み。肉が見慣れた形になると、段々気持ちがのってきた。

 あとは、火の用意だけだ。


「で、火はここにあるから……」


 あたしがゴミ箱をよいしょっと開けると、ヒビキはぎょっとする。


「おい、それはゴミ箱だと言っただろうが!!」


「火は火じゃん。あとは鉄板代わりに……」


 あたしは振り返り、目をつけていた巨大な包丁と見つめ合う。

 持ち上げられるかな、これ。

 わかんないけど、やってみよう。


 さっきから裾の長いドレスが邪魔で、引きちぎりたい気分でいっぱいだ。でもさすがにそれは可愛くないから、ハイヒールを脱ぎ捨てた。締め付けられていた足が自由になると、ますます気分が明るくなる。

 

 そうだった。あたしはお洒落が大好きだけど、お姫様ファッションが好きなわけじゃない。頭の上に船とか神殿とか載せるのが好きなわけでもない。あたしが好きなのは、もっと違うものなんだ。


 もういいや、このまま全部捨てちゃえ! とばかりに、あたしは袖のレースを掴んだ。


「レース職人さん、ごめんなさい。火がついちゃったりしたら危ないし、なるべくまた再利用するからね」


 あたしは囁き、ひらひらしてる袖のレースを掴んで、ビッ、とちぎり取った。


「ディア!?」


 ランドウが、軽く目を瞠ってあたしを呼ぶ。

 あたしは彼に、にぱっと笑顔を向けた。


「みっともなくてごめんだけど、ちょい、本気出すから!」


 そうして包丁に取り付き、思い切って持ち上げる!


 見せてやる、ギャルの本気!!


「たあっ……!!」

 

 ぐぐっと力をこめて、包丁の柄のところを背中に担いで……。


「と? ととと……??」


 と、思ったんだけど、あたしの肩に重みがかかったのは一瞬だった。

 ふわり、と巨大包丁は宙に浮き、あたしは思わずよろけてしまう。

 その腰を、ランドウがさっと支えてくれた。


「……これを、どこに置けばいい?」


 ランドウはあたしの腰を抱いたまま聞いてくる。巨大包丁はランドウが魔法で浮かせているのだろう。解体室の中を、ふわふわ、ふわふわとさまよっている。


「あ、ありがと。できればゴミ箱の上に、こう……」


「こうか?」


「おけまる~ばっちり!!」


 あたしはなるべく明るく答えたけれど、ランドウは少し無口だ。

 ど、どうしてだろう?


「こ、ここで獣脂をあっためて、お肉焼いたらバリ美味しいんだけど……そ、その……なんか、テンサゲ? こんな乱暴料理、ヤだったとか?」


 あたしがあわあわしていると、ランドウは腰から手をほどき、あたしの手を取った。あたしは、ひゃっと固まる。腰を抱かれるより、手を握られるほうがびっくりするのはなんでだろう。相変わらず、ランドウの所作が優しすぎるだろうか。


「好きだった」


「ふぇっ!?」


 す、好き?

 しかも、過去形!?

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