ハルカとカナタと8年後の世界で目覚めた俺
ラブコメで書き始めたのですが、「ラブ」でも「コメ」でもないことに気付き、推理にしました。
「知らない天井だ」
まさか、俺があのアニメの有名なセリフを言う日が来るとは……。それにしても、どこだここは!
外にはセミの鳴く声が聞こえる。そんな中、目を覚ました俺だったが目の前に見えているのは見知らぬ部屋の景色だった。
凄く頭が痛い。無意識に頭を押さえた。頭は整髪料だろうかバリバリだ。そんなにヘアスタイルに気を使ったことないはずなんだけど……。
部屋を見渡すと1LDKって感じ? 俺の部屋ではない。家具のセンスや色から見てなんとなく女子の部屋みたいな感じ? 少なくとも俺の部屋ではない。俺の家は一戸建てだし、俺の部屋は2階だ。
あれ? よく見るとベッドは俺の部屋の物だ。ローテーブルも俺の部屋の物と同じ物……いや、俺の部屋の物そのもの? 全く意味が分からない。
しかし、ここは間違いなく俺の家じゃない。窓から見える外の景色は見知らぬものだったし、景色の具合からマンションらしい。
俺の部屋から見える景色は隣の家の2階だったはずで、そこには幼馴染のハルカの部屋があるはずだった。ラノベ主人公みたいな状況は俺の自慢の一つだった。しかも、高校に入ったと同時に俺とハルカは付き合い始めたのだ。
「ピンポーン」
誰か来たらしい。部屋には誰もいない。俺は痛む頭を抱えながら玄関のドアスコープから静かに外を見た。
そして、そこに俺の見知った顔を見つけたので、すぐさま開錠してドアを開けた。
「ハルカ!」
玄関前には制服姿の俺の彼女、ハルカがいた。
「わ! わわっ! 和彦さん! 私です! 私、カナタです!」
俺の胸にすっぽり抱きしめられている少女は変なことを言った。「カナタ」とはハルカの妹でまだ小学生だ。昔遊んでやったので見間違えるはずがない。目の前にいるのは俺と同じ高校の制服を着ているし、見た目も普段と何ら変わりがないハルカだった。
俺は一旦離れてハルカのことを上から下まで見てみたが、いつも通りのハルカだった。
「あ、冗談か」
「違います! ほら!」
ハルカはブラウスを少し引っ張るようにして言ったが、俺には全く意味が分からない。そう言えば、少し背が縮んだ?
俺がなんと言っていいか分からないでいたら、「お姉ちゃんいますか?」と彼女は部屋の中を覗き込んだ。ハルカにも俺にも姉はいない。「お姉ちゃん」とは誰の事だろうか。
「いや……」
「とりあえず、暑いから中で待たせてもらいますね」
俺が抱きしめた為か、外が暑いからか、ハルカは顔を赤くして部屋の中に入ってしまった。
え? ここはハルカは入って来るくらいだから安全なところ? 俺は眠っている間に拉致されてきたくらいのことを考えていたのだけど。
ハルカは慣れた感じで部屋に入るとローテーブルの前にちょこんと座った。俺もとりあえず部屋に入って、適当にフローリングの床に座った。
「ごめんごめん。俺、状況が全然分からない。説明してくれよ」
「どうしたんですか? 和彦さん、顔色もあんまりよくないみたいですし……」
「ちょっと待て、ハルカ。お前は俺のことを『和彦さん』とか一度も読んだことがないだろう。いつも『カズ』って呼ぶだろ⁉」
「だから、私はカナタです! 天川カナタ! ハルカはお姉ちゃんでしょ⁉ どうしちゃったんですか?」
「いや、カナタちゃんはまだ小学生だろ。お前が着てるのはどう見たってうちの高校の制服だし」
「もう、いつの話をしてるんですか! 私だって成長します。今はお姉ちゃんたちが通っていた高校に通ってるんです」
「そんなこと言ったって、俺といくつ歳が離れてると……」
そう言いながら部屋の中にあった姿見に映った俺の姿を見た。そこには見知らぬおっさんがいた。いや、俺……らしいけど、年を取ってる。
「え? 今何年?」
「どうしちゃったんですか? 今年は2023年ですよ? もう、未来から来た人みたいなこと言って……」
え? あれ? 今年は何年だ?
「平成……」
「へいせい? もう令和ですよ?」
「れいわ……ってなんだっけ?」
一層 頭痛が酷くなる。
「ちょ! 大丈夫ですか⁉ 和彦さん!」
◇
話を聞くと、俺は高校なんてとっくに卒業して、大学も卒業して社会人なのだという。
そして、高校時代に付き合い始めたハルカとはそのまま半同棲の様な生活をしているのだとか。
ちなみに、ここはハルカの部屋とのこと。
目の前のハルカ……いや、目の前の少女はハルカではなく、カナタちゃんとのこと。俺の記憶では小学生の彼女が現在は高校生。俺のイメージと7~8年ずれがあるということか。
俺には目の前の彼女がハルカにしか思えない。制服はうちの高校のものだし、髪は後ろで1つに縛っていてポニーテールみたいにしているのもハルカの特徴だ。
顔だって……ハルカの顔……色々考えていると急に頭痛が酷くなってきた。
「大丈夫ですか⁉」
「あ、ああ。ありがと。少し休めば大丈夫だと思う」
頭を触ると黒い粉が出る。この整髪料はあまり質が良くないようだ。
スマホで色々見てみたけど、いまいちピンとこないでいた。
「でも、俺はハルカと同じクラスだし、バスケ部で……」
思い出そうとすると頭が痛くなる。
ハルカが心配して近づいてきてくれた。いや、ハルカじゃなくてカナタちゃんか? 目の前にはハルカがいる訳だし、このまま二人で家に帰ったらいつもの生活が取り戻せるんじゃないのか⁉
いや、俺が歳を取ってるって事実が残る。
「ホントに俺はもう成人したの?」
鏡の中の俺の姿を見ながら、視線はそのままにハルカ……じゃなくてカナタちゃんに訊いた。
「そうですね。数年前、お姉ちゃんと一緒に成人式に行ってましたよ? その頃は二人ともまだそえぞれの実家に住んでたからスーツ姿を見せてもらいましたし」
「……そうなんだ」
「和彦さんカッコよかったですよ?」
「ホント? ありがと」
俺が好きなハルカと全く同じ顔で全く同じ声で言われたら嬉しくない訳がない。思わず笑みが出てしまった。
カナタちゃんの方を見たら顔を真っ赤にしていた。「カッコイイ」って自分で言って、自分で照れたのか? かわいいなぁ。
「ああ、こんなラノベの主人公みたいな状況なら、なにかチート(いいこと)があってもいいだろうに!」
「ふふふ。冗談が出るくらいだから大丈夫みたいですね」
カナタちゃんが笑ってくれた。
改めて、ハルカ……じゃなくてカナタちゃんの前に座った。
「な、なんですか?」
「俺は、きみが好きなんだ。このまま家に帰ったらいつも通りの日常に戻ったりは……?」
「そ、そりゃ、お姉ちゃんさえいなかったら私は……、でも和彦さんはずっとお姉ちゃんのことが大好きで、お姉ちゃんも和彦さんのことが好きで……」
なんかカナタちゃんが混乱気味だ。挙動がおかしくなってきた。
「ホントに俺のヒロインはカナタちゃんじゃないの?」
「和彦さんにはお姉ちゃんが……」
最初は手の込んだどっきりだと思っていたけど、どうもそれも違うらしい。照れて下を向いてしまった彼女の反応は俺の知るハルカのそれではない。この子はハルカではなく、カナタちゃんなのだ。
つまり、ここ数年の俺の記憶がすっぽり抜けている。タイムリープしたのか、記憶喪失になったのか……。
どうせなら、宝くじの当選番号を覚えた状態で過去に行きたかった……。
「和彦さんこれならどうですか?」
ハルカが鞄から生徒手帳を取り出してローテーブルの上に置いた。これには写真も貼られている。
『天川カナタ』
見てみれば確かにカナタちゃんの名前が書かれている。写真もハルカの物だ。いや、カナタちゃんか。こんがらがってきた。
(ガチャガチャ)今度は何だ。玄関の鍵が開く音がした。
「え⁉ カナタ⁉」
玄関で女の人の声が聞こえた。
ハルカのお姉さん……ではなく、これが現在のハルカか⁉
「え⁉ カズ!」
「ハルカ……か?」
「お姉ちゃん! 大変なの! 和彦さん記憶がないみたいなの!」
「ええっ⁉ どういうこと⁉」
ハルカが持っていた荷物を放り出して俺に近付いてきて顔を覗き込んできた。この遠慮がない感じは、確かに俺の知るハルカのそれだけど……。
でも、どう考えても20代のその女性は俺の知るハルカより年上だった。ハルカのお姉さんがいるとしたらこんな感じだったろう。
「……おじゃまします」
もう一人、今度は男の声が入り口から聞こえた。誰だよ今度は。俺の脳みそではもう処理できないよ。
ジーンズにポロシャツを着たメガネの男性は……完全に見たことが無い。少なくとも今の俺は。
「誰だ……?」
「あ、こちらは私の会社の上司で時田透さんです」
メガネ上司は「時田です」と言いながら軽くペコリと頭を下げた。何でもないポロシャツとジーンズをカッコよく着こなしたヤツは歳の頃なら30歳か、もうちょっと上くらいか。
なぜ、ハルカの会社の上司が彼女の家に来るのか? もういよいよ訳が分からない。
何となく遥もメガネ上司も挙動がおかしい。まあ、俺もおかしいだろうからもう訳が分からないけどな。
「カズ、どういうこと? 説明して」
ハルカ……歳取った方のハルカが俺に訊いた。
「ちょっと一旦落ち着こうか」
メガネ上司がみんなをなだめるように言った。
ハルカが麦茶を準備して全員に出した。俺も麦茶を飲んで少し落ち着いたかもしれない。
そりゃそうだろう。目が覚めたら知らない家にいたんだ。しかも、ハルカがいて安心したと思ったら、これは妹のカナタちゃんだと言うし。
そして、本物のハルカがいたと思ったら年取ってる。お姉さんって感じか。俺の知ってるハルカより美人になっているとは思うけど、少し目つきがきつくなっている印象だろうか。
本物のハルカとカナタちゃんを見比べてしまった。
どう考えても、俺が知っているハルカはカナタちゃんの方なんだけど……。ただ、カナタちゃんは俺の知るハルカより少し控えめで俺と目が合うと照れ笑いをする点が違うくらいだろうか。
その仕草がかわいいと思うし、むしろ俺の好みからいえばそちらの方がいいくらいだった。
◇
「じゃあ、カズは目が覚めたら記憶がなかったってこと⁉」
「ああ、そうだ」
本物のハルカが訊いてきたので俺が答えた。
「じゃあ、カナタはなんでここにいるの⁉」
「それはお姉ちゃんが電話して来たんじゃない。なんか慌ててるみたいだったし、途中で切れちゃったから気になって……。学校の帰り道だし」
「そ、そうだったわね。ごめんごめん。料理している時に火を使ってたから」
「そうだったんだ……」
カナタちゃんはハルカが呼んでしまったようだ。
「そちらの方は……?」
「あ、うん。私達のことで、そ、相談に乗ってもらうために今日は来てもらってたの」
「相談……?」
「そう、私達ちょっとケンカみたいになっちゃったからとりなしてもらおうと思って……」
「俺がハルカとケンカ……?」
ダメだ。まったく思い出せない。
ハルカは感極まったのか、その場で目を押さえて動かなくなってしまった。どうも泣いているようだ。俺とのけんかを思い出したのだろうか。
メガネ上司はハルカにハンカチを手渡していた。ハルカもそれを受け取って涙を拭いていた。とても微妙な空気が室内を支配した。
俺は手持ち無沙汰になってなんとなく自分のスマホをいじっていた。あれ? 俺のスマホ丸いボタンが無くなってる。全面液晶になってる……。こういうのを見ると今が2023年で、俺の記憶が無くなっているのだと実感させられてしまう。
そう言えば、俺は始まったばかりのオンラインストレージサービスに画像をアップしていたな……。思ったよりたくさんの写真がストレージに上がってる。ついこの間使い始めたと思ったのに……。
そして、俺はその写真の中からあるものを見つけてしまった。
「あ、もう大丈夫みたいだったら、私 帰っても大丈夫かな?」
ハルカ……じゃなかった。カナタちゃんが言った。
「俺が送って行くよ」
「あ、まだ明るいから大丈夫ですよ?」
少し慌てた様子で答えるカナタちゃん。
「あ、いや、いいんだ。俺が送って行きたいんだ」
「え? あ、じゃ、じゃあ……お願いします」
照れた様子のカナタちゃん。
「ちょっと出てくるよ」と言って、俺はハルカとメガネ上司を部屋に残しカナタちゃんとマンションを出た。
◇
「よかったんですか? あの二人を残してきて……」
カナタちゃんが俺に言った。
さすが女の子。彼女もなにか感じたのかもしれない。
俺は気づいてしまったのだ。なぜ、俺の記憶が無いのか。そして、ハルカが会社の上司を連れて来た理由が。
あの部屋では、少し前に俺かハルカのどちらかが別れ話を持ちかけたに違いない。そして、もめたのだろう。
その中で俺は倒れるなどして、頭を打って意識を失った。血も出たのだろう。多分それなりにたくさん。
そして、それを拭き取った。別に洗った訳じゃない。だから髪の毛はバリバリだった。整髪料だと思っていたこれは残っていた血が固まったものだろう。
さっき見ていた俺のスマホの画像フォルダには、ハルカがあの上司と車に乗っている写真やその車でホテルに入って行く場面の画像が大量に納められていた。
俺も相当な証拠集めをしたみたいだ。
メガネ上司とは不倫なのか、俺からの乗り換えなのか分からないけど、きっと付き合っているのだろう。そして、俺が血を流して倒れて動かなくなってハルカは俺が死んだと思ったのかもしれない。
その上であの家にメガネ上司を呼んだってことは、俺が起き上がってなかったら死体をどこかに始末するために呼ばれた……そんな可能性だって考えられる。
あのメガネ上司との関係がいつからだったのか、どこまでのものなのか、どれくらい本気なのかは今の俺には分からない。でも、もう元に戻らないことくらいは今の俺でも分かる。
俺は目の前のカナタちゃんと共に彼女の家を目指した。隣は俺の実家のはずだ。
ついさっき俺が気づいたことをカナタちゃんに全て話しても、彼女はショックを受けるだけだろう。どこまで話すのか難しいところだ。
カナタちゃん……俺にとっての「ハルカ」。
俺は8年過去に遡ったと考えるようにして、もう一度ハルカ(カナタちゃん)とやり直そう。今度こそはもっといい結末を迎えられるように。
タイムリープしたラノベの主人公もこんなことを考えていたのだろうか。俺のタイムリープは失うものばかりだったようだ。
たった一つ残ったのは、2度目のハルカともいえるカナタちゃんだけだった。そして、最初の難関は彼女ともっと仲良くなることだろうか。




