序.
「あぁ! あぁ! あぁ! うぉおあぁーーーーーっ!!」
真夜中のマンションの一室。男は腰を抜かしてベッドから転げ落ちた。歳の頃は三十か四十かといった所か。半分焦点が合わなくなった目で部屋の隅を凝視している。
「ま、ま、ま、またかよ……。またかよぉ!!」
男の視線の先にあるもの、それは、
暗い、あまりにも暗い顔をして三角座りをする、白いワンピースの髪の長い女。
「い、い、いい加減にしてくれよぉ!」
男は這うように移動して箪笥の引き出しを引っ張り出す。加減をせずに勢い任せにやったものだから、棚が抜け落ちガシャッと音を立てて床に落下し、衝撃で中身が飛び散る。
「あぁもう! 畜生!」
男は毒付きながら飛び散った荷物や引き出しの中身を漁る。そして、
「あ、あった!」
男は遂に目当ての物を見付けた。紅白の糸を撚り合わせた緒に繋がれた、金色に輝く大きめの鈴。
男は緒を握り締めて幽霊の方に突き出すと、ありったけの力で腕を小刻みに振った。
シャリシャリシャリシャリ! と室内に玲瓏な冴えた音が響き渡る。
それに対して部屋の隅の女は、
「……」
チラリと視線を向けただけでそれ以上なんのリアクションも無い。
対する男は声を荒げる。
「畜生! 全然効いてねぇじゃねぇか! 魔除けで有名な神社じゃねぇのかよ!」
男は怒りに任せて鈴を床に叩き付ける。ガシャリン! と悲痛な音を立てて鈴は転がり、女の足元で動きを止めた。女はそれを冷たい目で見下ろすばかりである。
その光景がまた男をヒートアップさせる。
「くそっ! くそっ! くそっ! どっか行け! どっか行けえぇぇ!!」
男はキッチンの戸棚を開けると塩を引っ張り出した。そして
「出てけ! 出てけ! 出てけぇぇ!」
一心不乱に女に向かって塩を投げ付ける。
女はそれすらも、多少嫌そうにしながらも虚な瞳で眺めるだけだった。




